第71話 徴兵官殺し 〜あの日〜 その5
何とかしてレイラだけでも守らなければならない。
しかし、必死に思考を巡らせたところで、現実的な打開策は一つも浮かばなかった。
剣を抜けば当然妹にも剣が向く。では自分が囮になったて妹を逃がしたとして、それでも妹を逃がしきれる保証はない。
結局、カイルが出した答えは――無抵抗の投降。
それしか無かったのだ。
カイルはゆっくりと腰の剣を抜くと、それをポンと軽く投げ、徴兵官の足元へ転がした。
「……参ったよ。抵抗はしない。だから……妹には手を出さないでくれ」
両手を頭の後ろに置きながら、静かにそう告げる。
みっともないほどに震えた声。それでもカイルは、言葉にはっきりとした意思を込めたつもりだった。
徴兵官がニヤリと口角を上げる。小男の顔に浮かんでいるのは卑屈な勝者の余裕だった。
「ふん。なかなか素直じゃないか。安心しろ。いくら私でも無抵抗の子供には手は出さんよ」
そう言いながら、後方に控えていた兵士に顎をしゃくる。
「拘束しろ」
すぐさま2人の兵士が背後から迫り、カイルの両腕を掴むと、がっちりと挟みこむようにしてその体を拘束した。
その間、突然の兄の行動にレイラは一歩も動けずにいた。
何が起こったのか理解が追いつか無い。ただ拘束された兄の姿を見つめるしか無かった。
(この方法しか無かったんだ――)
カイルは胸の奥で言い聞かせる。
レイラに剣を握らせるわけにはいかない。もし妹の剣が抜かれれば、周りを取り囲む兵士達の剣も抜かれる。たとえそれが子供相手だろうと、彼らに情けなどは期待できないだろう。
「お兄ちゃんに任せておけば大丈夫だ。だから……抵抗はするな」
兵士に押さえつけられながらも、カイルはレイラにそう言い聞かせる。
レイラは、ただじっと立ち尽くしたまま動かない。が、その小さな瞳にはわずかに涙が滲んでいた。
カイルは両脇を兵士に固められながら、ずるずると引きずられるようにして徴兵官の前へ突き出された。
その横には、あの盲目の男――万寿香に魅せられた哀れな狂人が、相変わらず不気味な余裕を纏って佇んでいる。
「……少しは抵抗するかと思ったが、思いのほか腰抜けだな。」
徴兵官は冷ややかな視線を落としながら、皮肉混じりに言った。
何もできない自分への苛立ちと、妹を守るためにはこれしかなかったという忸怩たる思いに、カイルは唇を噛みしめる。
しかし、そんなカイルにはどうしても納得出来ない事があった。
この徴兵官の男。たかだか戦争が恐ろしくて逃げ出した一人の少年を、何故このような僻地まで追いかけてきたのだろうか。
執拗に自分にこだわる理由はなんだ?
だがそのとき――
徴兵官はそんなカイルの疑問に答えるように、そしてカイル自身が全く予想もしていなかった言葉を口にしたのである。
「貴様は、今も持っているんだろう? 非常に貴重な生薬とやらを――」
徴兵官は抜き放った剣の切先で、カイルの顎をくいと持ち上げながら、囁くような小さな声でそう呟いた。
カイルの目が驚きに見開かれる。
「……お前も、万寿香が目当てだったのか!」
カイルの叫びに、徴兵官は一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに小さく首をかしげて言った。
「はて、そんな名前だったかな?」
それを聞いた盲目の男が、脇から静かに口を挟む。
「千年霊芝でございますよ」
「ああ、そうだ、それだ」
徴兵官は顎を撫でる様な仕草をしながら、口元を歪めて笑った。
「あの日。貴様の家をちょいと調べさせてもらったんだがな。薬棚の奥から妙な香の瓶と、"千年霊芝"って書かれた紙切れが出てきた」
その言葉に、カイルの顔が強張る。
「そしたらちょうど、近くにいた村の老人が教えてくれたのだ。どうやら、そいつはとんでもなく高価な薬草らしいってな」
「……そんな話、誰に……」
「誰だったか名前までは覚えてねえ。だが『それひとつで小さな家が建つ』なんてことを言っていたな。そんなこと聞かされて、放っておけると思うか?」
徴兵官は薄ら笑いを浮かべたまま、再びカイルの喉もとに剣を突き立てた。
「おかげで、貴様を捕まえる理由がもうひとつ増えたってわけだ。正直、貴様がどんな罪を背負おうが俺の知ったこっちゃねぇが――」
徴兵官はそう言うと、にやりといやらしい笑みを浮かべた。
「大金を背負って逃げているとなれば話は別だ。そりゃ、多少の手間も惜しくはないさ」
遂にその賤しい正体を現した徴兵官。
カイルは苛立ちのあまり男の顔をキッと睨む。
しかしその途端――
「なんだその目は。立場をわきまえろ!」
男のヒステリックな声とともに、カイルのみぞおちに徴兵官の蹴りが入った。




