第45話 逃避行 〜砂の海〜 その1
「駄目だ駄目だ!他所を当たってくれ」
日焼けしたヒゲ面の男が煩わしそうに兄妹を追い払う。
どうにかして砂漠を渡りたいカイル達は、今朝から妹を連れて大通りに店を広げる砂漠の商人を見つけては手当たり次第に声をかけていた。
しかし、誰一人として彼の話を真剣に取り合おうとする者はいない。ろくに話も聞かず断られるのはこれでもう10人目だ。
「まずは、ガキのお前さん方が俺達にいくら払えるんだ?」
からかう様に声をかけてきたのは、カイルがまだ声をかけていない男だった。いかにも子供だとバカにした態度が鼻についたが、それでもまだ話を聞いてくれるだけこの男はまだマシなほうだ。
「ほうほう――千年霊芝か……。なかなか良いもんを持ってるじゃねぇか」
カイルが肩にかけていた鞄から取り出したのは、王都に持って行けば大金貨二十枚は下らないという幻のキノコ千年霊芝である。村を去ることになったあの日。カイルはこの秘蔵の千年霊芝を深夜にこっそりと家に取りに戻っていたのだ。それは大金が必要となるまさにこの時の為である。
しかし――
「まぁそれで連れていけるのは後ろのお嬢ちゃん一人だな」
男まるで値踏みでもするようにじっとりとカイルを見つめながらそう言った。
「そんな――レイラだけだって?」
「ああ、嬢ちゃんだけだ。そんなキノコ一本じゃお前さんはつれていけねえ。」
それは予想もしていなかった反応だった。カイルはこの《《虎の子》》を見せれば誰だって大金に釣られて前のめりで話に乗ってくると思っていたのだ。妹一人だけなんて、あまりにもふっかけ過ぎである。
「あんた、この千年霊芝の価値をちゃんとわかってるのか?」
足元を見られたと思ったカイルは堪らずそう言い返した。
しかし、カイルがその言葉を口にした途端。突然、辺りの商人達からどっと笑いが起きた。
「わかってねぇのは兄ちゃんのほうだ」
そう言ったのは、ついさっきろくに話も聞かずカイル達を追い払った男だ。
「俺達砂漠の民ってのはな、爺さんの爺さん、そのまた爺さんの昔
代からず~っと金になる商品しか運べねぇって決まりがあんのさ。だからいくら大金を積まれたって兄ちゃんは連れて行けねぇんだよ」
つまりこの男は問題は金額では無いと言いたいのである。だがそれならば――レイラを連れて行くと言ったさっきの男の言葉はおかしい。問題が金額じゃないのなら彼女だって連れて行くことは出来ないはずなのだ。
「はぁ?そんなこともわからねぇのか?だからガキだとからかわれるんだ。べっぴんの女は別だろう?売っ払えば当然金になる――」
男の言葉で、また商人達から笑いが起きた。
カイルは居ても立っても居られずに、妹の手を取って男達に背を向けた。まだ子供だからと侮られるのは耐えられる。しかし、可愛い妹を売り扱いされることだけはどうしても我慢ならなかった。
だが、商人達に怒りをぶつけたところでどうにもならないことはカイルも十分に承知していた。それどころか下手に揉め事を起こして役人達が集まってくれば、カイルがお尋ね者だとバレてしまうかもしれない。
「い、妹は売り物ではありません――」
悔しさと不甲斐なさに押しつぶされそうになりながら、カイルはどうにかその一言を絞り出す。が、その後に彼の言葉は続かなかった。
カイルは背中隠れるようにして立っていた妹の手をグッと引いた。
「もうここにいる意味は無い。行こうレイラ――」
肩を落とし俯く兄と、その背中を不安そうに付いて行く妹の姿を、商人達はただ黙って見送る。
しかし、その時。
「みんな、いい加減からかうのはおよしよ!」
男達の沈黙を破るように、張りのある大きな女の声が大通りに響き渡った。




