第37話 剣聖への道 〜萬寿香(マンジュコウ)〜 その4
藪漕ぎと言う言葉があるのを知ってるかい?
この三つ目の山っていうのは、この藪漕ぎをしながらでないと入って行けない非常に面倒な山でね――読んで字のごとく下草や笹、そして柴と言う言葉で一絡げに呼ばれる低木なんかが生い茂る藪の中を、まさに船を漕ぐようにしながら進んでいかなきゃならない全くもって難儀な山なんだ。
もちろん他の山と同様に道なんて無いから、目の前の枝をナタで打ち払い、生い茂る下草や笹を鎌で刈り取って一歩ずつ山の中へ分け入っていくんだけど――
ほら、ここなら俺のナタ捌きや鎌捌きのテクニックを妹に見せつけるには絶好の場所だと思わないかい?
しかし、まぁ……
そんな小学生の林業体験の如く、妹にナタと鎌の使い方を教えると言う最悪の事態も、俺がついさっきどうにかこうにか掴み取ったヒント(たった十数分の努力の結果)のおかげでなんとか避ける事が出来そうである。
俺は、鬱蒼と茂る藪を目の前にして、久しぶりに威厳のある態度をとってみる。
突然、俺が厳しい表情を作り黙り込めば妹だってつられて神妙な顔をして姿勢を正す。
ノリが良いのか、それとも大真面目でやっているのか――しかし、たかがごっこ遊びのつもりだったこの修行も、なんだかんだ言いながらもけっこう様になってきたではないか。
さぁ、ここからが次の修行の始まりだ。
『千年九剣 第四層 無形式』
十回剣を振るえば十通り、百回振るえば百通り。そして千回剣を振るえば千通りの剣を振るうこの無形式は、文字通り決まった形を持たない剣。
「2日と同じ剣を振るな。百日あれば百。千日あれば千の剣を振るえ。そして正しい剣を振るえば、その正しさを、誤った剣を振るえばその誤りを考えろ」
もちろん俺は、今回の修行も雰囲気と理屈で押し通す気満々である。
失敗も経験。成功も経験。十の経験より千の経験だ。そして最終的にため込んだその膨大な経験の中から自分にしか無い最適解を導き出せば良い。
「これぞまさに剣術界のディープラーニング!」
なんて小洒落た事を言っとりますけれども――まぁ要するに相変わらずの自分で考えろ作戦なのである。
しかし、さすがに妹も今の言葉だけでは何をどうしたら良いのか戸惑っている様子。でもまぁこのキョトンとした妹の表情も相変わらずのことだ。
だが今回も、雰囲気と威厳で押し通す!
「よし。始めろ!」
そんな俺の言葉に、妹はとまどいながらも剣を構えた。あまり様にはなっていないが、この四層では格好を求めているわけでは無い。
ぶっちゃけて言ってしまえば――質より量だ!
しかし今回にかぎって何か妹の様子がおかしい。いくら待てども妹が剣を振るおうとはしないんだ。横目でチラッチラッっと俺を見ては何かを待っているみたいに――えっと俺、今さっき始めろって言ったよね。
「ん? どうした? 好きに剣を振っても良いんだぞ」
俺は確かめる様にそう言った。今度こそ『第四層』の修行の始まりだぞ。「さあ、どうしたレイラ。何を戸惑っている。早く剣を振るえ!」俺は視線にそんな無言の圧を最大級にかけて妹を見つめる。
だけどその時――
俺の圧に耐えきれなくなった妹は、なんて言ったと思う?
「あの……いつもみたいに、お兄ちゃんのお手本を見せて欲しい」
だってさ――
その瞬間、俺は全身から一瞬にして血の気が引いたよ。そう言えばやってたわ。第一層の時はオハジキの数を数えてみたり、第二層の時は――ちょっと忘れちゃったけど、第三層ではあらかじめ岩を割っておいたりさ。
どうする俺――今回は完全に丸腰だぞ。
だが、今までも幾度となくピンチをくぐり抜けて来た俺は――ここに来てついに俺史上最高傑作と言ってもいい空前絶後の言い訳を発見するのである。
「駄目だ。もし俺が手本を見せればその姿は必ずお前の脳に焼き付いてしまうだろう。そしてお前は知らず知らずのうちにその姿を真似る。つまりそれは無意識の型となってしまうのだ。『無形式』は型無き剣だ。ここから先は言わなくても分かるな。」
どうだ。師匠としての威厳も保ちながらも、なおかつ自分は何もしなくても良い――これこそ最高の言い訳だろ。
そして、どうやら今の俺の言葉は、妹に心に火をつけたようだ。この『第四層無形式』の真髄を知った妹の目にはもはや迷いの色など無い。
「それって、私の好き勝手にやっても良いってことだよね」
明るく弾むような声。やっぱりレイラはこう言う時が最高に可愛い。
だから――
「あぁ、好きにしろ。どのように剣を振るおうがお前の自由。幸いな事にこの山はいくら切っても良い柴に覆われているぞ。いっそのことその剣でこの山の柴を全部刈り尽くしてしまえ!」




