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第29話 敗北を知りたい妹 〜破門〜 その1

エデン少年のいた王城前広場を後にして、レイラとアイシアの二人は再びお祭り騒ぎの人々でごった返す中央通りへと戻って来ていた。


「申し訳御座いませんでした。せっかく団長がお探しになっているというお兄様の手がかりを見つけたと言うのに、私の短慮のせいで――」


アイシアがレイラに頭を下げるのはこれで三度目だ。


「もういいよ、さっきから――。このパンケーキでチャラだってさっき言ったろ。」


レイラは眉をしかめて呆れたように言った。


「しかし。団長は生き別れになったお兄様の手がかりをずっと探しておられたのですよね。そのためのこの大会なんでしょ?」


「ああ、そうだよ。この国中――いや、この大陸中から腕に覚えのある武芸者を集めれば、もし兄がこの王都に現れなかったとしても、武芸者達の噂で兄の手がかりが掴めるんじゃないかって、そう国王が言ったんだ。」


「だったら――だったらやっぱり私がもう一度広場へ行ってあの少年を探して見ます。もしかしたら他に場所を移してまたあの芸を披露しているかもしれませんから。」


こんな大がかり大会を開催してまでレイラが探していた兄の手がかり。アイシアはそれを自分のせいでふいにしてしまったのだ。白騎士としての誇りと剣聖レイラに並ならぬ憧憬の念を抱くアイシアがその責任を感じ無いはずが無かった。


しかしその一方で、当の本人レイラの反応は何故かつれない。


「もういいよ……。あの少年も明日の予選には出るんだろ?今からアイシアがわざわざ探しに行かなくても明日には会えるじゃないか。それに――お祭り気分はいいけれど君だってうかうかしてられないんじゃないか? 今年はあんな強敵が出場してくるんだよ」


「それは、そうなんですが――」


確かにレイラの言う通りである。予選とは言えアイシアは試合を明日に控えた身。本来なら今日はさっさと寮に戻ってあの変幻自在の棒術の対処法を考えるべきであるのだが……切り返す様に予選の話題へと話を移したレイラの様子が、どことなくアイシアを煙に巻こうとしている様にも思えた。


はたして本当に「もういい」のだろうか――


レイラの様子がいつもと何処か違う――それは、常日頃から団長の側近としていつもレイラの側に仕えているアイシアだから感じ取れる違和感であった。


隣を歩くレイラは、既に3つ目のパンケーキを満足そうに頬張っていた。


「単なる取り越し苦労なのだろうか――」思考が先回りして何時も空回りをするのはアイシアの悪い癖である。


と、その時。


不意にアイシアの目の前へとレイラから茶色い紙袋が差し出された。


「そんな事よりも、君も一緒にこのパンケーキを食べよう。私一人ではこんなに食べきれない。」


それは、さっきアイシアがレイラに買ったパンケーキが入った紙袋。いつもは感情をあまり表に出さないレイラが、珍しくニコリと笑ってパンケーキの入った紙袋をアイシアに差し出している。


「あ、ありがとうございます――。」


「君が買ったんだぞ。礼など言わなくたっていいよ。」


「はい……。ではいただきます。」


紙袋に手を差し入れながら、アイシアの少し不安そうな視線が、一瞬だけちらりとレイラの瞳の奥ををうかがった。


もちろん、レイラがその視線を見逃すわけが無い。


「もしかして、気になるのかい? 私の態度が――」


少しの間をおいて、レイラがアイシアの心の中を見透かす様にポツリとそう言った。


アイシアが最初にレイラの様子がおかしいと思ったのは、彼女があの大道芸の少年と立ち合った後だった。


始めは気が立って冷静な判断ができなかったアイシアだったが、違和感はその後レイラが少年をそのまま見送ってしまったことだ。


いくらアイシアと少年の間に揉め事が起こったとは言え、あれほど渇望していた兄の手がかりである。なのに、レイラは少年に何一つも尋ねること無く、店を畳んで去っていく姿ををそのまま見送ってしまったのである。


そして自らもすぐに屋台のパンケーキにかこつけて、広場からも逃げる様に立ち去った。


武芸者は気まぐれだ。金で動く者もいれば誇りや勝敗にこだわる者もいる。だからこそ彼らの言葉に絶対は無い。そんな百パーセントの保証がない中で、あの少年が明日の大会に出場すると言う言葉を鵜呑みにしたあげく、あそこまで追い求めていた兄の情報をレイラが本当に「明日でもいい」などと思うことがあるのだろうか。


「はい。団長が先ほどから何かを避けておられるように思いました――」


意を決したアイシアは思いっきってそう答えた。こんどはその視線をまっすぐにレイラへと向けている。


「やっぱり、隠しおおせるものでは無いか……」


とうとう観念したレイラが、逸らしていた視線をようやくアイシアへと向けた。


「すみません――出過ぎた事だとは思うのですが」


「気を使わないでくれ。ただ――正直言うと私は今、心の置き場を失っていてね。甘いものでも食べれば少し気が軽くなるかと思ったんだけど……どうも上手くいかないみたいだ。心に波風を立て無い為の精神鍛錬もさんざんやって来たというのに、兄のことになるとやっぱりこれだ。気持ちをどうしても抑えきれない――」

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