9、初体験の思い出 (3)
彩乃の足が回復して松葉杖もはずれると、登下校の道では彩乃が俺の髪を触ったり頬を突いてみたりとじゃれついて、またいつもどおりの光景だ。
ダンス部の練習にも戻れるようになった。
窓から流れ込んでくるアップテンポな洋楽。はしゃぐ女子の声。
それを頬杖ついて窓から眺めていると、部活仲間に話し掛けられた。
「おまえさ、あんなにたくさん部員がいても、彼女だとすぐに見つけられるもんなの?」
「いや、アイツはポニーテールがピョンピョン跳ねてるから目立つんだよ」
「ポニーテールの子なんてウジャウジャいるだろ」
「う~ん……だけどアイツのは違うんだよ。なんかピョンピョンしてて、とにかく目に飛び込んでくるっていうか」
「ふ〜ん……愛だな」
――まあ、愛だよな。
言われて照れながらも、嬉しいし満更でもない。
ニヤケつつ再び窓から下を覗き込むと、彩乃が笑顔を浮かべながら、胸の前で遠慮がちに小さく手を振ってきた。
俺が手を振り返すと、彩乃がパアッと笑顔を輝かせ、白い歯を見せる。
『もう足は大丈夫だよ』と伝えたいのだろう。ピョンピョン跳ねてみせながら、手を大きくブンブン振った。
速攻で先輩に注意され、肩をすくめている。
「ブハッ、馬鹿だな」
思わず呟いたら、彩乃がそれに気付いてベーッと舌を出す。
だけどすぐに俺の後方に視線を移すと、恥ずかしそうに頬を赤らめて、そしてペコリと頭を下げた。
「えっ?」
バッと振り向いたら、後ろから俺の友達も顔を出して彩乃に手を振っている。
「おまえの彼女、相変わらず可愛いな〜」
「うん、本当に可愛い」
素直に認めたら、「くそっ、リア充爆発しろ!」と首をグイグイ締める真似をされた。
笑いながら友達の腕を引き離しつつ、また窓の下を見る。彩乃は既に練習に戻って真剣にダンスをはじめていた。
左右に跳ねるポニーテール。
ショートパンツから覗く、スラッとした真っ直ぐな長い脚。
――綺麗だな……。
さがす必要なんてない。
ピョンピョン動くアイツの姿だけが、自然と目に飛び込んでくるんだ。
可愛くて素直でちょっとエッチな俺の彼女。
――丸ごと俺のものにしたいな。
あの日保健室で触れた白くて丸っこい膝小僧と柔らかい胸の感触を思い浮かべながら、改めてそう思った。
そんな俺達がはじめて結ばれたのは、高二の冬休み。
カレカノになってから一年三ヶ月後、新年を迎えてすぐのお正月のことだった。
あの保健室でのディープキス以来、洋服の上からちょっとだけ胸も触らせてもらえるようになって、俺達の関係はほんの少しだけ進展していた。
だけどそこで膠着状態。
俺的にはその先も視野に入れていたけれど、童貞にはあまりにもハイレベルな領域で、簡単に『お願いします』とも言いづらく。
――タイミング的にはクリスマスか。
だけどそれはどう考えても無理だった。
クリスマスの日はいつも、両家一緒にフライドチキンとケーキを食べて過ごすことになっているのだ。
毎年恒例の健全なクリスマスを過ごし、元旦の夜は夜勤だった明美さん以外の五人で近所の神社に参拝した。
翌日は朝から父親の実家に行くことになっていたけれど、俺は風邪をひいて一人だけ家に残った。
もちろん風邪だなんて大嘘だ。
新年に父親の実家に行くのはわかっていたから、『その日は一人だけ家に残ることにする』と、前もって彩乃には伝えてある。
『親が出掛けた。くる?』
『行く』
メッセージを送りあって、ほんの十分くらいで彩乃がきた。
玄関の鍵をかけて、自分の部屋の鍵もかけて、ベッドに並んで座って、すぐにキスをする。
その日の俺の頭の中はセックスのことばかりで、とにかく興奮していた。
脳みそを沸騰させたまま、ひたすら長いあいだキスを繰り返す。
もう慣れたディープキスをしながら白いセーターの裾から手を入れ、ブラジャー越しに胸に触れる。
頭の中で何度もシミュレーションしたように彩乃をゆっくり押し倒したら、「ちょっと待って」と下から胸を押されて愕然とした。
――えっ、ここでまさかの拒絶⁉︎
だけどそうではなかったようで、彩乃は「シャワーを浴びてくるね」と立ち上がる。
最初からそのつもりでいたらしく、学校のスポーツバッグの中に勉強道具と一緒に着替えも入れて持ってきたのだという。
「わかった。そのあとで俺もシャワーする」
「うん」
新年の真っ昼間。
カーテンを閉めても薄っすらと光の差し込む六畳間のシングルベッドで、俺と彩乃は結ばれた。
感動した。正直言って世界観が変わった。
彩乃のナカはめちゃくちゃ気持ちよくって温かくて……天国ってこんな感じなのかもしれないと思った。
繋がったままギュッと抱き締めていたら、彩乃が真珠みたいにキラキラした大粒の涙を零す。
「ごめん、痛かったよな。俺、止められなくて……」
「ううん、いいの。嬉しい」
「彩乃、ありがとうな。おまえのこと、一生大事にするからな」
すると彩乃は、「しあわせ……」って呟いてまた泣いて、俺の胸にそっと唇を寄せる。
大切な処女を俺なんかに捧げてくれた彼女がただただ愛しくて。
身体中が『好き』で一杯になって、溢れ出して止まらなくて。
「好きだ……彩乃」
――絶対にしあわせにする。
彩乃の憧れの白いウエディングドレスは、俺が必ず着せてやる。最高の笑顔にさせてやる。
そう心に誓った。
その後も長い付き合いのあいだで、何度かわからないくらい彩乃を抱いた。けれど、あの一番最初、はじめてのときのあいつの笑顔と涙は一生忘れない。
そう思っていたのに。
忘れるはずがなかったのに……。
再び白い閃光。
カシャッ! カシャッ!
懐かしいシャッター音。
ああ、この音は……。
N社のD7500。
俺がはじめて自分のお金で買った中古カメラ。
ああ、そうか……これは専門学校に通っていたころだ。