4、夏の思い出 (3)
そんな俺も、入部して一ヶ月も経つとカメラの扱いに慣れてきて、親戚から譲ってもらったお古のN社製D300sを手に、あちこちで写真を撮りまくるようになっていた。
「ねえ雄大、私の写真も撮ってよ」
「う〜ん、まだ下手くそだからなぁ。もう少しまともに撮れるようになったらな」
それがこの頃、俺がよく彩乃と交わしていた会話。
べつに勿体ぶるようなことでもなかったけれど、はじめて俺が撮る彩乃の写真は最高の出来じゃなきゃ! なんて、勝手に意気込んでいたんだと思う。
「それじゃ、雄大のモデルさん第一号は私にしてね」
「おう」
「絶対だよ! ほかの子は絶対に撮っちゃ駄目だからね!」
「ハハッ、わかったから、それまでに腰のくびれを作っとけよ」
「失礼っ! これでも痩せてるって言われてるんだからね!」
――知ってるよ。
おまえはスタイル抜群で可愛くて完璧だよ。何一つ変わる必要なんてないんだ。
そのうちに最高の一枚を撮ってやるからさ、楽しみに待ってろよ。
あのとき、素直にそう言っておけばよかったのにな。
告げるタイミングを失ったクサい台詞は、その後もアイツに届けることもなく宙に浮いたままで……。
そんなふうに俺が入部当時のことをぼんやりと思い出していたら、窓の外でガヤガヤと騒がしい話し声が聞こえはじめた。
ダンス部の練習が終わったんだろう。
――そろそろ俺も帰り支度をするか。
勉強道具を鞄に片付けはじめたそのとき。
「森口さん、綺麗だよね」
不意に後ろから声がして、俺はビクッと肩を跳ねさせた。
振り向くとそこには成瀬先輩が立っていて、俺と同じように窓から外を見下ろしている。
俺と目が合うと柔らかく微笑んで、なぜか隣の席に座ってきた。
「君達って付き合ってるの?」
「えっ?」
「森口さん……いつも一緒に帰ってるよね。木崎君の彼女なのかな」
ドラマや小説に出てきそうなお約束のセリフ。なんだか嫌な予感がする。
「いえ、俺達は……」
もう何度も繰り返し吐いてきたその台詞を口にするのに、今だけは一瞬躊躇した。
――俺達は……。
俺達は、お隣さんで幼馴染で腐れ縁で同級生で……小さい頃に結婚の約束をしていて……。
はっ、あんなのは子供の頃の他愛もないやりとりだ。
お互いまだ結婚の意味だってわかっていなかった。
アイツだってどうせ忘れてるはずだ。
俺はちゃんと覚えてるけどな。
――ハッキリ、ちゃんと覚えていて……。
うん、俺は覚えてるんだ。ずっとずっと、そうなればいいな……って。
だけどそんなの、何の拘束力も持っちゃいない。
だから俺達は……。
「俺達は……ただの幼馴染です」
「だったら僕が彼女にモデルを頼んでも構わないよね?」
* * *
――駄目だ! その台詞を言っちゃ駄目なんだ!
目の前で先輩と向かい合っている過去の俺へと必死に叫ぶ。
だけどその声は俺に届かなくて……。
「べつにいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ」
パシャッ!
またもや白い閃光。
これはカメラのフラッシュだ。
窓の外から流れる洋楽を遠くに聴きながら目を閉じると、次の瞬間にはまわりの景色が変わっていた。
ああ、これは……そう、帰りの電車だ。