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思い出さなければよかったのに  作者: 田沢みん
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3、夏の思い出 (2)

 彩乃がはじめて写真部の部室に現れたときは、部員の驚き具合が半端なかった。


「雄大、お待たせ。帰ろっ!」


 ザワザワッ……。


「おい木崎、おまえ、森口さんと付き合ってるの?」


 先輩の一人が驚いて大声を張り上げると、ほかの部員も耳をダンボにして注目する。


 俺達二人は「えっ?」と顔を見合わせて、

「ちっ、違いますよ! 俺達は……」


「「ただの幼馴染みです!」」


 綺麗に声をハモらせた。


 そして唖然(あぜん)としている周囲をよそに、彩乃はいつもの調子で俺に話しかけてくる。


「雄大、真理子(まりこ)さんが帰りに牛乳とパンを買ってきてって。 今夜はクリームシチューだから」

「ええっ、 俺はビーフシチュー 派なのに」


「あっ、真理子さんからどっちがいいかってメールがきたから、クリームシチューって返事しておいた」

「マジか。 なんで俺の母親が息子じゃなくておまえに聞いてんだよ」


 そう言いながら俺は机の上に置いていた鞄を手に取り、彩乃と並んでドアへと歩きだす。


「そりゃあ、真理子さんとの信頼関係の差じゃないの?」

「それこそ息子を信頼しなきゃ、おかしいだろ……あっ、お先に失礼します!」


 ドアのところで俺が振り返って先輩にお辞儀をすると、隣の彩乃も俺にならってペコリと頭を下げる。

 誰かが「若夫婦かっ!」と突っ込みを入れたのが聞こえてきた。


 彩乃が「ふっ」と頬を緩ませ俺を見る。


「ふふっ、若夫婦だって。それじゃ私が『うちの夫がいつもお世話になっております』とか言って挨拶したほうがよかったのかな。菓子折り持って」

「アホか。そんなことしたら俺がおまえのファンに睨まれる。勘弁してくれ」


 夫婦(めおと)漫才みたいな会話をしながら部室を出ていく俺達を、みんなが呆気にとられて見送っている。

 そんなとき、俺はほんの少しの優越感を感じていて……。


 こんなの、どこからどう見ても俺達が付き合ってるって思うだろ?

 だけど俺達は、本当にただの幼馴染で同級生で。

 少なくとも俺にはそれ以上の気持ちがあったけれど、ずっとそれを言いだせずに居心地のいい関係を続けていたんだ。



 彩乃はモテるくせに誰と付き合うでもなく、いつも俺を追いかけてきた。


 俺達はクラスが違ったものの教室は隣同士だったから、廊下で俺を見かければ彩乃のほうから駆け寄って背中に飛びついてきたし、俺が体育の授業でグラウンドを走っていれば、窓から「雄大、ファイト〜!」なんて大声を張り上げて、(まわ)りをまったく気にせず手をブンブン振ってくる。


 そんなことが日常茶飯事でアイツの通常運転だったから、男子生徒達は俺を羨ましがりながらも、『まぁ、幼馴染ならしょうがないな』と、仲良し兄妹を見ているような感覚で、俺達を生温かく見守ってくれていた。


 世間的には、どちらかというと彩乃のほうが一方的に俺に(まと)わりついていて、迷惑がろうが恥ずかしがろうがお構いなしのアイツに俺が振り回されている図に見えていたと思う。


 だけど本当は俺がそれを喜んで受け入れていて、ずっとこのままでいたいと望んでいたんだ。

 


 高校で俺が写真部に入ったのは、友達に誘われたという単純な理由から。

 俺は元々写真に興味があったわけでもなく、カメラに関してはまったくのド素人だった。


 俺達の通っていた高校は部活に力を入れていて、生徒は全員何かしらの部活に所属していなくてはならない。


 熱血スポ根の青春を目指していない生徒は必然的に文化系の部活を選ぶことになり、そのなかでも幽霊部員狙いの奴らは(ゆる)そうな部活に入る。


 だから週に二日しか活動日がない写真部は狙い目だと思われやすく、仮入部には俺達を含め、結構な数の新入生が集まっていた。


「――写真部の活動日は月曜日と水曜日の週二回ですが、その日は余程の理由がない限り、きっちり顔をだしてもらいます。それ以外の曜日にも写真を持ち寄って意見交換したり、暗室作業など、自主活動をしていただいて構いません」


 屋外での撮影会や文化祭での展示のほかにも、行事ごとに担当を決めて活動風景の撮影に出向く。

 更に外部のコンクールでの入賞を目指して本格的な活動をしている……と、部長の成瀬駿(なるせしゅん)先輩が説明すると、大半の生徒が『予想と違った』という表情で顔を見合わせはじめた。


「部が所有している貸し出し用のカメラがありますが、入部したら自前の一眼レフがあったほうがいいと思います。自分のカメラで手入れの仕方から覚えたほうがいい」


 ここでさらにザワつきが大きくなり、「マジかよ」とか「金が掛かるのは無理」なんて呟きが聞こえてくる。


 隣にいた俺の友達も、こちらを見ながら申しわけなさそうに「なんか想像と違ったな」とポツリと零す。

 そして彼は案の定、『読書クラブ』なる、本を読んで時間潰しするだけの楽な部にサッサと移っていった。


 誘った当の友人が仮入部の時点で見切りをつけたのに、なぜ俺が写真部に残ったかというと、カメラのシャッター音に惹かれたから。


 顧問の先生が使っていたN社のカメラの、カシャカシャという大きなシャッター音が耳に心地よくて、自分でも使ってみたいな……なんて思ってしまったのだ。


 あとで聞いたところによると、成瀬先輩がいきなり厳しめの説明をしたのは意図的だったらしい。


 彼は写真部の部長で三年生で、眉目秀麗、成績優秀な学校の王子様的存在だ。


 前年度はイケメン目当てのミーハー女子の入部希望者が殺到して大変なことになったそうで、今年は最初からガツンと言ってメンバーを絞り込もうと、前もって顧問と決めていたのだという。


「厳しいことを言って部員が減っても、別にそれで構わない。やる気が無い奴らにカメラの使い方を教えるだけ、時間の無駄だ」


 成瀬先輩がそう言っていたけれど、たしかにそれは正解だったと思う。

 実際仮入部を経て残った生徒は本当にやる気があるカメラ好きの生徒ばかりで、俺も大いに刺激を受けて、どんどん写真の世界にのめり込んでいったのだった。


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