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思い出さなければよかったのに  作者: 田沢みん
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28、彩乃の記憶 (2)


「姉さんさ、成瀬さんのことをどう思ってるの?」

「えっ、成瀬先輩?」


 ――この会話は……晴人と彩乃。


 いつの間にか画面が切り替わり、見たことのある場所で、晴人がコーヒーを飲んでいた。

 くたびれたローソファーと、食卓代わりのガラステーブル。

 ここは……俺と彩乃のマンションだ。


「成瀬さん、俺や母さんの誕生日にもプレゼントを贈ってくれたよ。 母さんには籠に入った花のアレンジメント、俺にはC社のカメラ」


 ――C社のカメラか……。成瀬先輩は昔からC社派だったんだよな。 高校時代はEOSシリーズを愛用してたしな。


 ……って、どうして成瀬先輩が彩乃の家族にプレゼントを贈ってるんだよ!


「カメラって……そんな高級品をどうして受け取るのよ! そんなの返しなさいよ! あなた一体どっちの味方なの?!」


「宅急便で送ってきたやつをわざわざ送り返せるかよ。俺は中立っていうか……そりゃあ雄大が好きだし、姉ちゃん達を応援してるよ。 だけど、これだけ誠意を見せられたらさ、姉ちゃんのためには成瀬さんとくっつくのがしあわせなのかな……とか考えちゃうんだよ。仕方ないだろ」


「私のしあわせなんて、雄大に決まってるじゃない。そんなの他人が決めることじゃないわ」


「でもさ、姉ちゃん二十八歳だし、見合い話もことごとく断っちゃうしで、母さんが心配するのも仕方ないと思うよ」


「約束までまだ一年ある……あと一年で雄大は帰ってくるもの」


 ――彩乃……。


 目頭が熱くなる。胸が痛い、苦しい。


 俺だって……俺だっておまえを想っていたよ。

 沈む夕陽を見つめながら、エメラルド色の海を眺めながら。

 シャッターを切るたびにおまえのことを考えて、彩乃に会いに行ける日を夢見て……。


 パシャッ!


 軽めのシャッター音。C社のカメラだな。

 成瀬先輩は昔からC社派で……。


「悪かったね、僕のせいで困らせてしまったみたいで」


 今度は成瀬先輩の声が聞こえてきた。


 ――えっ、成瀬先輩?!


「ちょっと休憩にしようか」

「はい」


 またもや場面が切り替わり、目の前には俺が昔働いていた場所と似たような景色が現れる。


 三脚とカメラ。白いラフ板。煌々と照らす大きなライト。床を這ういくつものコード。


 正面ステージに置かれた紅いビロードの長椅子は、洒落た猫脚のアンティーク調。

 その上に寝そべっていた白いドレス姿の彩乃が起き上がり歩いてくると、カメラの横のパイプ椅子に腰掛けた。


 ――ここは……。


 そうか、たぶんここは、成瀬先輩のスタジオだろう。

 彼のスタジオを見たことはないけれど、まだ新しくて小綺麗だし、何よりカメラマンが成瀬先輩だ。


 そしてモデルが……。


 ――彩乃、おまえは……成瀬先輩のモデルをしたのか……。


 俺がいないあいだに彩乃は成瀬先輩と会っている。

 これは仕事だ、仕方がない。俺に文句をいう資格もない。

 だけど……痛い。苦しい。心臓が雑巾を絞ったみたいにギュッとなる。


「彩乃、疲れただろう、はい」

「ありがとうございます」


 成瀬先輩がストローを挿した水ボトルを差し出すと、彩乃がペコリとお辞儀をして受けとった。

 先輩は彩乃がストローに口をつけるのを見届けてから隣の椅子に座り、ニッコリと微笑みかける。


 懐かしいな、高校時代に女子が騒いでいた、王子の微笑みだ。

 ……っていうか、今、『彩乃』って呼び捨てにしなかったか⁉︎


 ――まさか彩乃の結婚相手は……先輩なのか?



「彩乃が写真集の話を引き受けてくれてよかったよ。断られると思ってたから」

「……そうですか」


「どうして引き受けてくれたの? 僕はてっきり、木崎くんに操を立てて渋られるかと……」

「渋りましたよ」


「えっ?」

「先輩の初の写真集のモデルが私だなんて申し訳ないし、雄大もいい顔しないだろうし」


 ――彩乃……ちゃんと俺のことを気にしてくれてたんだな……結局引き受けてるけど。


「だけど社長に説教されたんです。〝二十八歳のおばさんになっても写真集を出せるなんて、とてもありがたいことなのよ! おまけにカメラマンが人気の成瀬駿! あなたと噂になってることだし、話題性バツグンなの! これで引き受けないようならモデルを辞めなさい!〟……って」


 ――くそっ! あの女狐みたいな女社長、彩乃のことをおばさんなんて言ったのか!


 待てよ、聞き捨てならない言葉が聞こえたぞ。

『噂になっている』って……彩乃と成瀬先輩のことだよな。


 そうか……そうなのか……。



「ハハッ、正直だね。まあ、僕としては社長に感謝だな」

「物好きですね。大事な初写真集に年増のモデルを使うだなんて」


「自分で年増だなんて言うなよ。彩乃はまだまだ現役じゃないか」

「……ありがとうございます。 それにしても、先輩に名前で呼ばれるのはまだ慣れないです。ずっと〝森口さん〟だったから……」


 ――そうだよ! なに勝手に呼び捨てにしてるんだよ!



「最初に言っただろ。撮影中は僕を恋人だと思って熱い視線を向けてほしいって。僕も彩乃を恋人だと思ってシャッターを切る。擬似(ぎじ)恋愛だよ」

「疑似恋愛……ですか」


「そう。タイトルが『愛しい人』だからね。写真集を見た人が彩乃からの愛を感じられなきゃ。だから名前呼びも早く慣れてよ」


 ――職権乱用も(はなは)だしいな!


 これはどう見ても全力で口説きにかかっている。

 高校時代にフラれてるのに、まだ未練たらたらじゃないか。しつこいな。


 でもこれで、彩乃の結婚相手が成瀬先輩じゃないのは確定だ。


 ――それじゃいったい誰と……。


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