22、思い出作りの思い出 (3)
夕食が来る頃に慌てて浴衣を纏って、澄ました顔で配膳を待つ。
「今までイチャついてたって丸わかりかな」
俺の耳元に湯上りの火照った顔を近付けて、横から彩乃が囁きかける。
バレッタで留めた髪はまだ乾ききっていなくて、一筋こぼれ落ちている後れ髪が色っぽい。
目の縁と頬が上気したピンク色で、なんともいえない艶っぽさを醸しだしている。
「まあ、確かに……今まで風呂場でヤってました感が凄いな。今のおまえの顔、エロいもん」
「うっわ〜、これでも清純派で売ってるのに」
彩乃が両手を頬に当て、困ったように肩を竦めてみせた。
「二十六歳で清純派って、ぶりっ子かよ。温泉宿に男と来てる時点でそんなもんアウトだろ」
「そっか……これからは熟女キャラでいくかな」
「熟女って……AV女優みたいだな」
俺がそう言うと、怒った彩乃に背中をバシッと叩かれた。
「失礼だな。私は大人の女性への脱皮を目指しているのです。……っていうか、雄大ってAVとか持ってるの? オカズ用にどこかに隠してる?」
ふざけて俺の浴衣の袖を覗きこんでくる。誰がそんなとこにAVなんか隠し持つか!
「AVは一本も持ってねーし、そんなので抜かなくたって、精子が溜まる暇もないくらいヤリまくってるだろ。今だってもう、スッカラカンだよ」
「それじゃ、今日はもうシないの?」
チロリと上目遣いで言われたら、そんなの降参するしかない。
「するよ、ヤルに決まってるだろ」
俺が即答したら、彩乃にキャハハと笑われた。
「何よ、全然スッカラカンじゃないじゃん」
「……本当だ」
「ふふっ、絶倫大魔王だ」
「変なあだ名つけるなよ。強そうだからいいけど」
そんなしょうもない会話を交わしていると目の前に料理が運ばれてきた。
ビールで乾杯してから上州牛のしゃぶしゃぶや刺身の盛り合わせ、松茸入りの茶碗蒸しに舌鼓を打つ。
食後はぶらりと温泉街を散策することにした。
俺は彩乃の身バレを警戒して宿から出るつもりはなかったのだが、当の彩乃がどうしても出掛けたいと言い張ったのだ。
「せっかくはじめての二人旅なんだよ。観光地なんだよ。浴衣姿で街をブラついて温泉まんじゅうを食べるのが定番でしょ!」
最後に、「だって、一つでもたくさん雄大との思い出がほしいの。雄大との時間が私への誕生日プレゼントだって言ったじゃない」そう言われてしまえば、躊躇していた俺も頷くしかない。
行き先は彩乃の希望で湯畑とその周辺の土産物屋。
俺は宿を出ると何げに彩乃から距離をとり、周囲をキョロキョロと窺う。
今のところ特に注目されている様子はなさそうだ。
「雄大、何してるの? 早く行こうよ」
俺がこんなに警戒しているのに、彩乃のほうはそんなのお構いなしで俺の腕に抱きついてくる。
「おい、マズいって、離れろよ」
「嫌だよ。せっかくのデートなんだもの。くっついてたいよ」
「おまえなぁ〜、俺はおまえのためを思って……」
「だったら一緒にいて」
俺の言葉を遮るその声が少し低くて真剣さを含んでいたから、俺は彩乃を見下ろして立ち止まる。
「……バレたっていいよ。人気がどうとか、そんなのどうだっていい」
「彩乃……」
「雄大が私の彼氏だって言いたい。恋人らしく手を繋いで堂々と歩きたい。だって……だって明後日には離れちゃうんだよ! 一緒にいられなくなっちゃうんだよ!」
「わかった! 彩乃、わかったから落ち着け!」
徐々に声を荒げる彩乃の手を引き、通りのすみの目立たない場所に移動する。
そこで俺は彩乃を抱き寄せると、なだめるように背中を撫でた。
「わかったよ、彩乃。一緒に歩こう。二人でお土産を見て、温泉まんじゅうを食べよう……なっ?」
そして彩乃の両肩に手を置き顔を覗きこむ。
「楽しい思い出を作ろう。だけど社長との約束を覚えてるだろ? 慎重にならないと……わかるだろ?」
俺が目を見つめて子供を諭すかのように言うと、彩乃は唇を尖らせながらもコクリとうなずいた。
そうだよな、そんなの俺に言われるまでもなく、彩乃本人が一番わかっているんだ。
自分は有名人で人気商売で、人の目を気にしなくちゃいけないってことを。
社長との約束を破るわけにはいかないということを。
――それでも俺との思い出づくりをしたいと願ってくれたんだな。
だったら俺も彩乃の願いを叶えたい。
目立つ行動は駄目だけど、少しでも恋人らしいことをしてやろう……と心の中で誓った。




