21、思い出作りの思い出 (2)
目標ができると、時間が過ぎるのはあっという間だ。やるべきこと、やっておきたいことが沢山ありすぎて、一日が二十四時間ぽっちじゃ足りやしない。
その二十四時間の殆どを、俺は出発準備と彩乃との思い出作りに費やした。
日中は煩雑な渡航手続きに走り回り、彩乃が仕事から帰ってくると、磁石がくっつくみたいに二人寄り添って過ごす。
一緒に料理をするのはかなり楽しかった。
高校卒業後から芸能界で働きづめの彩乃は食事を外食や弁当で済ませることが多く、料理が大の苦手だ。
俺に教わりながらオムライスを作ったときにはフワトロどころか焦げこげになり、「これじゃお嫁さんになれない!」と真っ赤な顔を両手で覆った。
「ハハッ、料理なんて俺ができるから問題ないだろ。彩乃のオムレツが卵の殻でジャリジャリしてても真っ黒焦げでも俺は完食する自信があるし、料理なんかしなくても俺が嫁にもらうから心配するな」
すると彩乃は顔を覆った指の間から俺をチロリと見て、口を尖らせる。
「本当に? インドでめちゃくちゃ美味しいカレーを作る美女に迫られても浮気しない?」
「そんなもんするかよ。俺は日本のレトルトカレーで十分だし」
「でも、胸が大きくてエキゾチックなインド美人なんだよ。スタイル抜群の美女が香ばしい焼きたてのナンを差しだしてくるんだよ」
「ハハッ、すっげー想像力」
俺は彩乃が作った黒こげオムレツを俺用のチキンライスに載せ終えると、フライパンをシンクに放り込んで彩乃の腰をグイッと抱き寄せる。
「俺はデカパイよりも焼きたてのナンよりも、彩乃のペチャパイが好きだ」
「ふふっ、何それ、褒めてないし。それに私はちゃんとCカップあるんだからね!」
「褒めてんだよ。おまえが公称Cカップだろうが本当はBカップしかなかろうが、そんなのどうでもいいんだ。俺は彩乃がいいんだよ。ずっとおまえだけ」
俺がコツンとオデコを合わせて呟くと、彩乃の笑顔がグニャリと歪む。目の前の大きな瞳がみるみるうちに濡れていく。
「雄大……大好き……ずっと待ってるからね」
「ん……待ってて。必ず帰るから」
唇を重ね、背中にまわした腕に力をこめる。
そのままベッドに移動して、朝まで飽きることなく愛を確かめあう。
その頃の俺達はそんなふうに寝る間も惜しんで、ひたすら心と身体にお互いの存在を刻みつけていた。
彩乃と二人で一泊二日の旅行に出掛けたのは、俺の出発間際の十月二十四日のこと。
草津の老舗の温泉旅館。
彩乃の誕生日の前日で、俺たちの思い出作りのクライマックスだ。
明日の午後にマンションに帰ったら、その翌朝、俺は日本から旅立つ。
仲居さんに案内された部屋は、かなり豪華な離れの間だった。
入ってすぐの部屋は黒い座卓の置かれた畳敷きの和室で、テラスからは湯煙ただよう街並みが見渡せる。更にその和室とは別に寝室もある。
どうして俺達がこんな立派なところに泊まれたのかというと、この旅行が俺の両親からのプレゼントだったから。
長らく日本を離れる息子と、娘みたいに可愛がっている未来の嫁への餞別らしい。
馬鹿息子が苦労をかけている彩乃への、両親からのお詫びの意味もあったんじゃないかな……と思う。
「雄大、見て、凄いよ!」
先に寝室に入っていった彩乃が大声で俺を呼ぶ。
「マジか……おっ、本当だ。父さん達、奮発したな」
俺が和室と隔てていた擦りガラスのドアをガラリと開けると、そこは板張りの洋間になっていた。キングサイズのベッドがドンと置かれている。
その向こう側にはガラスで仕切られた浴室があり、中から彩乃が手招きしていた。
「雄大こっちにきて! お風呂から中庭が見渡せる!」
彩乃の言うとおり、内風呂は中庭に面していた。
天井までのガラス窓に囲まれた空間はかなり広く、大きめの檜の浴槽と、壁際には同じく檜のベンチがこしらえてある。
緑の木々に囲まれているため隣の部屋が全く見えず、プライバシーの守られた静かな空間になっていた。
両親がこの部屋を選んだのは、たぶん彩乃の立場を考えてのことだろう。
「これなら大浴場に行かなくてもここで済んじゃうな。イチャつき放題じゃん」
「ふふっ、イチャつき放題……雄大スケベだね」
「なんだよ、イチャつくだろ?」
「イチャつくよ……三年分」
一瞬気まずい沈黙が落ちて……湯気の立ちのぼるガラスの部屋の内側で、俺は彩乃の細い身体を勢いよく抱きしめた。
有無を言わさず唇を重ねると、彩乃も唇をひらいて応じてくる。
啄むように何度も口づけながら、お互いの服を脱がせあう。
「風呂……一緒に入るだろ?」
「うん」
これから二人を隔てる距離に負けませんように。
会えない時間を耐えられますように。
笑顔で彩乃に会いに戻れますように……。
俺は心の中で繰り返し祈りつつ、彼女の白い肌にいくつもの痕をつけていく。
全身に散った赤紫の花びらが、ずっと消えなければいいのに……そう思いながら、普段は言わないようなベタな愛の言葉を囁いて、俺は何度も何度も熱を放った。




