2、夏の思い出 (1)
目の前で白い閃光が弾け、思わず目蓋を閉じた。
それでもなお目蓋の外からの強い光を感じ、眩しさにクラクラする。
眉間をギュッと指で押さえて俯く。
しばらく肩で荒い息を繰り返していると、徐々に呼吸が楽になってきた。
ゆっくり目を開けたそこには……懐かしい部室の景色と、高校の制服を着た自分がいる。
――これは……夢なのか?
『君達って付き合ってるの?』
『いえ、俺達は……』
『だったら僕が彼女にモデルを頼んでも構わないよね?』
――違う、これは夢なんかじゃない。俺の記憶そのものだ。
だってこのあとに起こることを俺は知っている。
だとしたら、これから俺は……。
――駄目だ! 断れ! 彼女は俺のだって、モデルなんてさせないって言うんだ! そうじゃないと……。
必死に叫ぶ俺を無視して、高校生の俺が口をひらく。
『別にいいんじゃないですか? 俺の許可なんて必要ないですよ』
三階建ての白い校舎。
校庭に流れるアップテンポな洋楽。
カーテンを揺らすそよ風に乗って、ダンス部員たちの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
そう、これは……高校一年生の夏の記憶だ。
* * *
――おっ、頑張ってるな。
俺が所属している写真部の部室は校庭に面していて、いつも座る窓際の席からは、運動系の部活の練習風景が見渡せる。
グラウンドの片隅で、ダンス部員が二つのグループに分かれて振り付けの練習をしているのが見えた。
二つのグループの上手いほう……レギュラーチームの輪の中に、俺の幼馴染、森口彩乃の姿がある。
女子にしてはやや高めの身長に、スラリとした長い手足。ピョンピョン揺れるポニーテール。
ダンス部は総勢七十名ほどいるらしいが、俺はいつでもアイツをすぐに見つけることができる。
伊達に十五年間も幼馴染みをしているわけじゃないのだ。
二階の窓から見下ろして、見慣れた姿を目で追っていると、それに気付いた彩乃がパアッと明るい笑顔を見せて、小さく手を振ってきた。
俺が「よっ」と片手を上げると、彩乃は口をパクパク動かしながら、俺のいる場所を指差してくる。
『そこで待っててね』と言っているんだろう。
いつものことだからわざわざ言わなくたっていいのに。
「おう!」
俺が軽く頷いてみせると、彩乃は安心したようにダンスの練習を再開した。
俺達が通っている高校のダンス部はコンクールで入賞したりテレビで取り上げられたりと本格的に活動しているので、練習が毎日あるし帰りがかなり遅くなる。
外が暗くなっていて危険なので、俺が彩乃の部活が終わるのを待って、一緒に帰るのがお約束。
対して写真部の活動日は月曜日と水曜日の週二回のみ。
それぞれが撮ってきた写真を見せあって評価するのがメインの活動で、あとは文化祭や体育祭の写真係やコンクールへの参加など。
部活以外の日でも暗室を使うため、基本的に部員は出入り自由。
だから俺はそれをいいことに、いつもこの場所でこうして外を眺めたり宿題をしたりして、時間を潰すことにしているのだった。
俺、木崎雄大と彩乃は家が隣同士の同級生。
親同士も仲がよかったことから、物心がつく前、それこそ母親のお腹にいるころから一緒に過ごしてきた。
俺は地味でも派手でもなく、太っても痩せてもいない、ごくごく普通の男子高校生。
身長は最終的には百七十八センチまでひょろりと伸びたけれど、その当時はそこまで高くはなかったと思う。
そんな普通な俺が、高校に入学してしばらくするころには、多くの生徒に注目される存在になっていた。
隣にいる子が普通じゃなかったから。
彩乃はクリッとした大きな瞳で可愛らしい顔をしているし、明るくて社交的なため昔から人気者だった。そして高校入学後ダンス部に所属してからは、アイドル並みの騒がれ方をするようになっていた。
俺達は学校でクラスは違うものの登下校が一緒だし、彩乃が何かと俺にくっついてくるから、付き合っているんじゃないかと聞かれたことは一度や二度じゃない。
そのたびに俺達は口を揃えてこう答えるのだ。
『ただの幼馴染』。