19、決意した思い出 (2)
「――私ね、なんとなく気づいてたよ」
どれくらい時間が経っただろう。
散々泣き腫らした真っ赤な目で、彩乃が俺を見上げてきた。
くたびれたローソファに並んで座って。
彩乃が俺にもたれ掛かって、俺がアイツの肩を抱いて。
「誕生日当日に欲しいものを言うって言われたときに、雄大は自由が欲しいのかな……って思った」
「うん……」
「雄大が自分の作品を撮りたがってるのはわかってたし……私の写真を撮ってくれない理由も、なんとなく気づいてた」
「ハハッ、お見通しだな」
だから俺が仕事を辞めて、写真に専念したいと言いだすのでは……と思っていたのだという。
それでも構わないと。自分が働けばいいだけのことだと、そう言おうと思いながら帰ってきたのだ……と彩乃は言った。
「それがまさか……海外に行くだなんて……」
「ごめん」
「勝手だね」
「うん……勝手だよな、ごめん」
本当に勝手だよな。夢を諦めたとか言って一緒に住んでおいて、今更なのにも程がある。
「でも、もう決めちゃったんでしょ? ずっと長いあいだ考えて、これまでにも散々悩んで……決めたから私に言ったんでしょ?」
「うん」
そうだ、俺は決めたんだ。前に進むために。
「それじゃ、仕方ないよね」
「ごめんな……彩乃」
「許せないけど……許さなきゃ、しょうがないじゃない。 だって……もう決めちゃってるんだもん」
「ごめん」
彩乃の瞳がフルフルと潤みはじめる。黒くて大きな目を水の膜が覆ったかと思うと、目尻からツーッと溢れでた。
「馬鹿……」
「うん。 俺はどうしようもない大馬鹿野郎だな」
「大馬鹿だ……」
「うん……」
俺の肩に顔を押し付けて、彩乃が肩を震わせる。
Tシャツに生温かい滲みがどんどん広がって、俺の心も震わせた。
――ごめんな、彩乃。こんな勝手なヤツが彼氏でごめん。夢もおまえも諦めてやれなくて、本当にごめんな。
夕食を食べようと思った頃には既に夜食の時間で、俺の誕生日が終了するまで残り一時間くらいになっていた。
彩乃は電子レンジで温め直したオムライスに『26』の数字のロウソクを立ててくれて、あまり上手くもないハッピーバースデイの歌を歌ってくれて。
俺がロウソクの火を吹き消すと、濡れた睫毛を拭いながら、それでも笑顔で拍手をしてくれた。
「私の好物を出してきた時点で、なんかヤバいな……って思ったんだよね」
彩乃は冗談めかして言ったけれど、そのときのコイツの胸中を思うといたたまれない。
自分のオムライスにも旗を立ててほしいと言われたから、メモ用紙を小さく切ってハートを書いて、爪楊枝に巻き付けて彩乃のに立ててやる。
「ありがとう、嬉しい」
泣き笑いの顔が愛しくて、ギュッと抱き締めてキスをした。
「三年待ってほしい」
俺は彩乃にそう告げた。
二十九歳の彩乃の誕生日までには間に合うように帰ってくる。
それで芽が出なければ今度こそ諦める。
日本に帰ってきて、ちゃんとした仕事に就く。
もう二度と我が儘は言わない……と。
「おまえが三十歳になるまでには花嫁衣装を着させてやるからな」
「ふふっ……ギリギリだね」
「まだ二十代だ、ギリギリセーフだろ。 だけど、もしもそれまでに、おまえに他に好きなヤツができたり待ちきれなかったら、そのときは……」
「待ってるよ。 絶対に待ってる」
俺の言葉を遮るように、今度は彩乃からキスをしてきた。
そのまま抱き合って、お互いの気持ちを確かめるように何度も求めあって……。
気付けば日付を跨いで誕生日は終わっていて、 夜中の一時半過ぎにオムライスを食べる気分じゃなくなった俺たちは、冷凍庫から取りだしてきたアイスキャンディーを交互に齧って食べた。
「やっぱりガリガリ君はソーダ味一択だよね」
「だな。……ってか、コレは俺用で、おまえにはダッツの抹茶味を買ってあったんだぞ」
「いいの、今日はこれで。 昔もよく二人で分けっこして食べたじゃない」
「……そうだな」
「あの頃に戻れたらな……」という彩乃の呟きに、俺は何も言ってやれなくて。
そこで彩乃がパッと表情を明るくして、急に思いついたように話題を変えた。
「雄大、私の誕生日プレゼントが決まったよ」
「えっ?」
「雄大との時間。 出発まで、私といっぱい過ごしてよ。 できる限り二人でいたい」
またしても彩乃の瞳が潤みはじめた。
「……うん、そうだな。一緒にいよう」
ギリギリまで、できる限り……。




