13、アシスタント時代の思い出 (4)
「おい、ライト一個増やして」
「はい!」
「バカヤロー、そっちじゃねえよ! こっち側に置くんだ!」
「はいっ!」
アシスタントカメラマンの仕事は過酷だ。
先輩アシスタントのいうことは絶対で、カメラマンは神様。
カメラマンが作りたい世界を創造するために、使徒である俺達はスタジオ中を駆けまわる。
アシスタントカメラマンになって三年目。この辺りで大抵の人は自分の将来の岐路に立たされる。
優秀なカメラマンに取り入って新しいスタジオに移る者、一歩踏み出して独立する者、才能に見切りをつけて他の仕事に就く者……。
先月、二十九歳の先輩アシスタントが辞めていった。ウェブ広告を扱う会社に転職するらしい。
彼は大学を卒業してから七年間、アシスタントの仕事をしながら様々なコンテストに写真を応募してきたが、残念ながらチャンスを掴むことができなかった。
『――木崎君はさ、彼女とかいるの?』
居酒屋でのささやかな送別会の席。
唐突に聞かれた質問に、幼馴染の彼女がいると俺が答えると、『早いとこハッキリしないと捨てられるぞ』と真剣な表情で言われた。
彼は泣き上戸なのか、目を赤く潤ませながら無念さを延々と語りだす。
付き合って五年になる、同じ歳の彼女がいる。
薬剤師の彼女は、カメラアシスタントの過酷さも貧乏も理解してくれて、ずっと支え続けてきてくれたという。
『最近さ、溜息が増えたんだよ』
彼女は嫌味を言うでも愚痴るわけでもない。
だけどぼんやりとテレビの画面を見つめながら、頬杖をついて深い息を吐く。
『俺がこの溜息を吐かせてるんだよな。いつまでこんな顔させてるんだろうな……って思ったら、いたたまれなくてさ』
だから、三十歳を前にケジメをつけることにしたのだそうだ。
――溜息か……。
彩乃も俺のいないところでこっそりと溜息をついているのだろうか。
不確定な未来を不安に思っているのだろうか。
――だけど、俺達はまだ若い。
目の前の先輩は二十九歳まで七年間粘った。
俺はまだ三年目の二十三歳。七年目になるまでは、まだ四年も猶予がある。
そこまで考えてゾッとした。
――俺は、今からまだ四年間も彩乃に溜息を吐かせて構わないと思っているのか……。
自分と彩乃との格差に鬱々としながらも、日々の仕事に追われてコンクール応募さえままならない日々。
なのに、いつかどうにかなるだなんて、希望的観測もいいところだ。
――身勝手にも程があるだろ。
じつは俺は、今までにもいくつかコンクールに作品を応募していた。
素人が趣味でやるような小さなものなら佳作や優秀賞を取ったことがあるし、ささやかながら賞金も貰っている。
だけどプロの登竜門となる有名なコンクールとなると全く引っ掛からず。
素人とプロの壁を破れずにいる俺は、やはり素人止まりなのかもしれないな……なんて考えながらも、心のどこかでは諦めきれず、どうにかしてその壁を越えられないかと足掻いていた。
「――俺さ、次のコンクールで駄目だったら、今のスタジオ辞めるわ」
『えっ?』
真夜中の彩乃とのオンライン通話。
ここ最近ずっと考えていたことを彩乃に告げたら、しばらく黙り込んだあとで、『雄大はそれでいいの?』と聞かれた。
――いいも何も……。
「誰もがやりたい仕事に就けるわけじゃないし、新しい環境で新しい夢に出会うかもしれないだろ? それにまだ、そうなると決まったわけじゃない」
『うん、そうだね。私は雄大がしたいことをしてくれればいいよ』
彩乃は、俺が決めたことを尊重するし、俺が選ぶ道を応援すると言ってくれた。
――だったら最後に足掻いてみるしかないよな。
忙しい仕事の合間に写真を撮りまくって、これぞという数枚を応募した。
結果は落選だった。
――まあ、現実はこんなもんだよな。
崖っぷちに追い詰められて火事場のくそ力を発揮したら、もしかしたら奇跡が起こって……なんて、心のどこかで甘い夢を見ていた俺は、己の実力を思い知った。
「――駄目だった。ちゃんとした仕事を探す」
『そう……お疲れ様でした』
パソコン画面の向こうで表情を暗くした彩乃に、俺はことさら明るい笑顔を作ってみせる。
「なんだよ、俺以上に落ち込むなよな! これからはバリバリ仕事してお金を稼いで、ブランドもののアクセサリーでも買ってやるからさ。楽しみに待ってろよ」
『うん、待ってる。ペアのマグカップがほしいな……』
「ペアのマグカップか……わかった。だけどハート柄とかベタなのは勘弁な」
『それじゃ、ハート柄のピンクとブルーね』
「マジか」
『ふふっ……』
俺はそれから三日後に退職願を出して、一ヶ月後にアシスタントを辞めた。
俺と彩乃が二十三歳の春だった。




