12、アシスタント時代の思い出 (3)
「高校のダンス部とのコラボだってさ」
若者をターゲットにした炭酸飲料のCMキャラクターに、彩乃が抜擢された。
コンセプトは『弾ける泡、弾ける青春』。
ドリンクに三種類のテイストがあることから、三種類のダンスで三種類のCMを製作する。
出演は彩乃と高校ダンス部。
そして宣伝用のスチール撮影を手掛けるのが、人物の美しい一瞬の表情を見事に捉えることで定評のある、新進気鋭のカメラマン成瀬駿、その人だ。
「──大手の仕事だから事務所の社長は大喜びらしいけど、姉ちゃんは雄大が気にするだろうからって、あまり乗り気じゃないみたいだった」
「ハハッ、まさか。俺はそこまで小っさい男じゃないっつーの。よかったじゃん、CMに出るなんて」
「……だよな。姉ちゃんが浮気するとかありえないし」
「……だろ? 俺は彩乃を信じてるし、成瀬先輩だって今は彼女の一人や二人いるんじゃねーの?」
そう言って乾いた笑いで誤魔化したけれど……そんなの嘘ばっかだ。
俺は小っさい男だし、成瀬先輩の存在もめちゃくちゃ気にしてる。胸がモヤモヤジリジリして、苦しくて仕方がない。
その夜、彩乃からも電話があった。
『──今度、成瀬先輩と一緒に仕事をすることになったんだけど……雄大、嫌だよね……』
「何でだよ、そんなの仕事だろ?」
『うん、そうなんだけど……』
「大丈夫だって。せっかくのチャンスなんだ、頑張ってこいよ。応援してるからな!」
彩乃にはカッコつけてそう言ったけれど、本音じゃそんなの嫌に決まってる。
でもさ、俺が嫌だって言ったって、どうしようもないだろう?
俺がそんな仕事を引き受けるなって言って、彩乃が言うことを聞いて断って……そんなの駄目に決まってるじゃないか。
それこそ俺がアイツの足を引っ張ることになる。
だから平気なフリして明るい声を張り上げた。
『成瀬先輩によろしくな!』
地元の星の陰で全く輝けていない平凡な男の、精一杯の痩せ我慢だった。
CM撮影当日、俺達の地元は大騒ぎだった。
それは俺が働いている写真スタジオでも同様で、昼に皆で撮影現場の見学に行くのだと盛り上がっている。
「なあ木崎、おまえって成瀬駿や森口彩乃と同じ高校出身だったんじゃね? あの二人と接点とかなかったの?」
先輩アシスタント達から興味津々で聞かれて、俺は「成瀬先輩とは写真部で一年間だけ一緒でした」と答えるにとどめた。
彩乃と幼馴染で、しかも付き合っているなんて言ったら大騒動になる。
「それじゃあさ、もしかしてその頃からあの二人って付き合ってたとか? 美男美女揃いでおまえの母校ってすげぇな」
そう言われて俺は苦笑するしかなかった。
そうだよな。誰がどう見たってあの二人はお似合いで、俺はしがないモブ扱いだ。
今この瞬間、彩乃の隣に立っているのは成瀬先輩で、俺はスタジオで汗まみれで雑用をやらされていて……。
──くっそ! 彩乃は俺の彼女なんだよ!
喉元まで迫り上がった言葉を呑み込んで、俺は黙々と照明のセッティングに取りかかった。
CMの撮影現場である俺達の母校は、まるでお祭りのような騒ぎだった。
混乱を避けるために撮影を平日の昼間におこなったにもかかわらず、どこから集まったのか大勢のギャラリーが詰めかけて、パトカーまで出動する始末。
そして、成瀬先輩は終始ニコニコと彩乃に話しかけていて、どう見ても彼女にまだ未練がありそうだった……らしい。
らしいというのは俺がその場にいなかったから。
俺はその現場に行かなかった。行けなかった。
地元の星の二人が仲睦まじくしている姿も、それをお似合いだと囃し立てるギャラリーも見たくなかったんだ。
詳細はあとで晴人から教えてもらったけれど、それさえも聞いたのを後悔した。
俺は自分と彩乃達との違いと己の不甲斐なさを再確認させられただけだった。
* * *
「――それでね、本格的にダンスをしたのは久し振りだったから、全身が筋肉痛になっちゃって……」
「姉ちゃん一人だけ年増だったもんな。でも、ピチピチの現役JKに囲まれて、まあ頑張ってたほうなんじゃないの?」
「うるさい、晴人、黙れ!」
彩乃の母親と晴人も招いての、我が家での夕食会。
母校に凱旋した彩乃は後輩との共演がよほど嬉しかったらしく、さっきから上機嫌で今日の撮影の様子を語っている。
「それで、成瀬先輩が集合写真を撮ってくれるって言ったら、ダンス部の子たちが〝先輩も一緒に入ってくださ〜い!〟なんてキャーキャー言っちゃってね。結局スタッフの人が写真を撮ってくれて……」
そこまで話したところで、彩乃がプツリと会話を途切れさせた。
ずっと黙りこんでいる俺の不機嫌そうな表情に気がついたんだろう。
「あっ、ねえ、雄大のいるスタジオは相変わらず忙しいの?」
媚びるような声音にイラッとする。
わざとらしく話題を変えようとするから、こっちから突っ込んでやった。
「そうか、先輩は卒業しても相変わらずみんなの王子様か。彩乃、会えてよかったな。 盛り上がってメアドの交換でもした?」
――あっ、言い過ぎた……。
その場の空気が一瞬で氷点下まで冷え込んだ。
マズい、こんな嫌味を言うつもりなんてなかったのに。ニコニコしながら話を聞こうって決めて帰ってきたのに……。
「雄大! 彩乃ちゃんがせっかく帰ってきてるのに、あなたって子は……」
「ご馳走様でした。……彩乃、みんなも、ごゆっくり」
母親の言葉を遮ると、俺は自分のぶんの食器をガシャガシャとシンクに放り込み、一人で二階へと上がっていった。
トントン……とノックの音。
ベッドに仰向けになって知らんぷりしていたら、カチャリとドアノブが下がってドアがひらく。
彩乃は部屋に入って後ろ手でドアを閉じると、気まずそうにおずおずと近づいてくる。
ベッドにポスンと腰掛けて、「ごめんね……」と俺の顔を覗き込んだ。
「……どうしておまえが謝るんだよ」
俺は頭の後ろで指を組んだままフイッと顔を逸らし、反対側の何もない白い壁を見た。
――俺、幼稚すぎだろう!
ダサいよな。自分でもわかっている。こんなのただの嫉妬だ。
フリーでやりたい仕事ができている先輩と、ただのアシスタントの俺。
彩乃と釣り合っている先輩と、不釣り合いな俺。
華やかな世界で活躍している二人と冴えない俺。
一人で勝手に卑屈になって、イライラを彩乃にぶつけただけだ。
「雄大、私、先輩とは何でもないからね。メアドも知らないよ。 ただ一緒にお仕事しただけ……」
湿った声音にハッとして顔を向けると、アイツの大きな瞳がウルウル潤んで揺れていた。
目の縁ギリギリまで涙が溜まっていて、一度でも瞬きしたら零れそうだ。
俺はガバッと身体を起こして彩乃の肩に両手を置く。
「ごめん、言いすぎた。わかってるから……」
「わかってないよ!」
バッと肩の手を払われ、アイツの瞳からはとうとう雫が零れ落ちて……。
「雄大は全然わかってない! 私がどんなに今日を楽しみにしてたのか。久し振りに雄大に会えると思って、どれだけワクワクしてたのか……!」
「彩乃……」
「ペディキュアを塗り直してきたし、下着だってちょっとセクシーなのを履いてきたんだよ! 今夜はお母さんが夜勤だっていうから、晴人に友達の家に行けって言ってあって……」
思わぬ過激な発言に、俺は焦って周囲を見まわす。
「ちょっ、おい彩乃、声がデカい!」
「そんなのどうでもいいよ! 雄大は私に会いたくなかったの? イチャイチャしたくなかったの? 成瀬先輩のことなんて関係ないよ! あの人はただの先輩じゃん! 私の彼氏は雄大でしょ!」
「わかった、わかったから!」
彩乃をガバッと抱き寄せて、アイツの頭を抱え込む。胸に生温かい滲みが広がっていく。
「ごめんな、俺がおまえの彼氏なのにな……やっとゆっくり会えたんだもんな。俺が一番喜んでやらなきゃいけなかったのに……」
「うっ……ううっ………バカ雄大…」
「うん、ごめん……」
そのまま彩乃に押し倒されて、アイツが上から見下ろしてきた。
長い睫毛がバサッと閉じられて、綺麗な形の唇が薄くひらいて近づいてくる。
「雄大、好き。雄大だけ……」
「彩乃……っ!」
俺は彩乃の背中と後頭部に手をまわし、グイッと細い身体を引き寄せた。
貪るようにキスをしながら、Tシャツの裾から手を入れて、ブラのホックをはずす。
「あっ……下にみんなが……」
「声を出すなよ」
自分の醜い嫉妬心を、劣等感を、ちっぽけなプライドを、見えない焦りを、そして彩乃への劣情を……。
全部丸ごとぶつけるかのように、彩乃を激しく貫いた。




