表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
作家は騙される?  作者: 櫻井東
2章 秘密の相談
4/7

パスタとワイン

大学生と作家の話です。バスでの出会いから四日が経ちました。

 木曜の午後八時五十分。駒込はとある飲食店の前にいた。


 渋谷駅ハチ公口から徒歩五分。かの有名な交差点を渡って左に進み、緑に覆われた薬局の角を曲がると、赤と黄を基調とした派手な看板がそこらを覆い、酔っぱらいたちの笑い声が響く路地が広がっている。


 微かなゴミの臭いとタバコの臭い、時折キツイ香水の匂いもする。V字に重なるように煉瓦が敷かれた地面は雨が降っていないにもかかわらず所々濡れており、格子状の溝蓋の上には吸い殻がいくつも落ちている。ロープで仕切られた植木鉢の足元には飲みかけの缶が並べられ、左耳からは流行りの音楽が、右耳からは大量の機械音と客を煽てる甲高い声が流れ込む。


 飲み屋街の一角、道玄坂のちょうど真ん中に位置する店が涌田の指定した場所だった。


 騒がしい雰囲気に似合わない木目調の落ち着いた外観の前で駒込は目を閉じる。今日は何が何でも涌田の要求を突っぱねなければならない。絶対にこれ以上関わってはいけない。話を聞くだけで終わりにする。電車の中で反芻した言葉をもう一度脳内で復唱する。深呼吸をして、駒込は引き戸を引いた。


 日曜午前十時にカフェで会う約束は、涌田からのメールで月曜に延期となり、次の日に届いたメールで水曜に延期となり、三通のメールを経て最終的には木曜の夜にパスタ屋でということになっていた。


 戸を開けて階段を登ると、入り口に券売機、その奥には向かって右側のガラス窓に向き合う形でカウンター席が並んでいた。


 駒込が席の案内を待っていると、厨房担当と思われる店員から食券を買ってから席に座る形式であることを伝えられた。券売機を物色しながらリュックを前掛けにして財布を出す。ふと、券売機に貼られた「千円札のみご利用いただけます」という手書きの紙が目に入った。駒込の財布には小銭が六百五十三円と一万円札一枚しかない。


 駒込は店員に両替を頼もうとして、思い出した。待ち合わせをするときは、待ち合わせをしていると言えば良いのだ。ちょうど前を通りかかった店員に人と待ち合わせていることを伝えると、食券無くしてカウンター席に座ることができた。危なかった。あのまま食券を買っていたら、明太パスタを食べながら涌田を迎えるところだった。


 席に通された駒込は店内の広さを見て不安に駆られる。あまり人に聞かれたくない話——涌田はメールで〈詐欺〉と言っていた——をするにはあまりにも他の客との距離が近い。また居酒屋ほど雑多な音がするわけでもなく、店内の音は程よい大きさの音楽とフライパンをかき混ぜる音、他の客の雑談だけで成り立っている。涌田が指定した店であるため、駒込は黙って座っているしかないが、近くの客の雑談がまる聞こえであることを考えると、店を変えてはどうかと提案するべきだろう。


 カウンター席の正面には様々なワインボトルが窓一面に飾られており、駒込はその隙間から外の様子を窺った。涌田はいつやってくるだろうか。もしかすると自分よりも先に到着しているのではとも考えたが、入店した時、店内には大学生と思われる女性客二人とスーツを着た若い男性客一人のみであった。


 カウンターテーブルに置かれたレモン水を一口飲んだあと、時刻を確かめるためにスマホの液晶をタップする。一分前にメールを着信した旨が手紙を模したアイコンの横に書かれていた。涌田からだ。


『今どの辺かな?』


 違和感のある文に首を傾げたあと、駒込はあっと声を出した。もしかして。奥で女子大生が残していったパスタを片付けている店員を呼び、長い髪の男が来なかったかと尋ねる。

 店員の答えはイエスだった。

なんと二日連続で更新できました。不定期ではありますが、可能な限り短いスパンで書いていきたい…。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ