後編・下
なんで主人公くん達がこっちに来る訳?
主人公くん達が領主代理さんの居場所が分かるのはも少し後の事のはずだし、そもそも間に合わなかったじゃん?
どんなバタフライエフェクト?
この岩壁は主人公くん達の邪魔にもなるから、少し時間は稼げるかもしれないけど…
…ふう、一先ず三分だ。
「ぐつ!!」
私の愛用している魔法、【アビスブラスト】が見事にエヴァンを直撃した。
三分ジャスト、反射魔法の効果が切れる瞬間を狙った。
タイミングバッチリ、全能くんが再度反射魔法を行使する直前に魔法攻撃が綺麗に入った。
その一瞬の隙にマヒルは見逃すはずもなく、そのまま全能くんに一撃を入れて、そのまま押し始めた。
「マヒル!」
「ああ!」
「…っ!」
一気に押し切る!ここが勝負所!
変幻自在とまでは行かないけど、色んな軌道を描き、無数の魔力光線を飛ばす。
もう全ての魔力を使い果たすつもりで【アビスブラスト】を打ちまくる、マヒルの動きはずっと見て来たから彼女の動きに合わせる事だって出来る…!
複雑に動く魔力光線の中で自在に駆け、延々に攻撃を仕掛けるマヒル。
止まることのない、流れるように続く連携攻撃。
流石のエヴァンも大分苦しくなって来た…
このまま押し切る!主人公くんが来る前に!
「助けたい気持ちはある、助けたい意思も持っている、…んん、むしろそれしかない…善意、憧れ、優しさ、情熱、その全ての底にあるのは…ただの虚無?」
突然の事。
「無関心、ただの無関心…がらんどうだ。」
両腕の中の領主代理さんがどんな顔をしているかなんて、確認する余裕はないけど。
声からは決意めいたものを感じる。
「助けたいのに関心はない、全てを懸けてもいいと思うのに相手の顔を覚える気すらなれない…、なんておかしいんだろう…」
………。
「貴方はいったい何が望みなの?」
「助けたいだけだって。」
「貴方を教えて、さもないと私…舌を嚙んで死にます。」
「!?」
――はい!?…、!、い、いきなり動揺させに来るの、止めて。
せっかくの流れが止まちゃう所だったよ。
気が散って、魔法を変な方向に飛ばしちゃう所だった。
この娘、読心ではないけど、言葉の真偽をわかる程度でもない。
もう少し、深くはないけど、表層的な所だけど、…心を覗いた。
…そうか、だから気付いたんだね。
私の焦り。
彼女を死なせたくない事、主人公くんのためだという考えもしくは気持ちの類いも汲んで…
ひょとしたら世界がヤバイかもという気持ちも…
だから、どうしても私の真意を確かめる必要があった。
自分の好きな人も、世界の事も大変かもしれない。
そんな事が分かったら何が何でも聞くしかない。
ちゃんと知らないといけない、そう思ってしまうんだろう。
「――!」
「ちょっ!?」
慌てて彼女の口に指差し込んだ、…指が痛い。
見せつけるように自分の舌を嚙んで見せるなんて…
ヤバい、足を止めたし、流れがちょっと乱れた。
延々と流れ続ける川のような攻勢が少し淀んだ。
慌ててまた走りながら足で生成した魔法陣を設置し、魔法を発射する。
…まずいね、今の隙で彼はまた反射魔法を発動した。
せっかくさっきまでは魔法を発動する余裕がないように、息する暇も与えずに連携攻撃を仕掛けたのに…
これ以上彼女に暴させたら本当にまずい。
少し考えた結果、いっそのこと足を止めて話す事にした。
「……むかしむかし、でもそこまでむかしでもなく。」
アイテムストレージから最後の【リフレクトデバイス】を持ち出して、使う。
正確にはまだ一個残ってるけど、念のためマヒルに持たせてあるからね。
「こことは別の世界に一人男の子が居ました。」
喋りながら相手の動きを予測できる程器用じゃないから、領主代理も使って、守りの体勢に入る。
「…え?」
そういえばこの世界、異世界人には碌なイメージがないんだよねー。
「とっても普通の男の子だよ、この世界の子供達と同じ…英雄譚が大好きでした。」
正確には英雄譚じゃないけど、この世界にはRPGゲームが存在しないから、分かりやすく説明するためだ。
「物語の主人公…英雄は剣一本で世界を旅して、お姫様や仲間と出会い、見知らぬ誰かの為に頑張って、旅先で出会った人々を助けて、最後は悪を打ち倒し世界を救う。」
そう、どこにでもある物語だ。
でもそんな物語に…私は、僕は…
「憧れた。」
「……」
顔を確認出来る余裕はないけど、何だか想像出来る表情をしてそう。
予想外、と言ってるような顔だろうね。
「そしてそんな主人公達はみんな揃いも揃って剣を使うんだから、男の子にとっていつしか剣は一つのシンボルになったのでした。」
昔のRPG主人公はみんな揃って剣を使うからね。
「勇気の象徴、希望の象徴、優しさの象徴、夢の象徴、愛の象徴、不屈の象徴、本当に色々、色んな思いを剣に…なんて言えばいいんだろう……、とにかく剣はそういう沢山の憧れの象徴になったんだ。」
だって…
「主人公達はいつも、剣を片手に、誰かのために何かをして来たのだから。」
名前も知らない誰かに、もしくは仲間や愛する人のために、或いは自分の夢や信念のために。
「そういうの沢山見てきたから、どうしようもなく憧れちゃったから…」
いつの間にか、剣は特別なものになてった。
もはや心のあり方の一つすらなっていた。
剣の心ってなに、って話しだけど。
それでもね。
「勿論、主人公にも色々ある。」
ジャンルというものがあるからね、物語のテーマによっては碌でもないクズだって主人公になれる。
だけど、そんな話しはどうでもいい。
「男の子にとっての主人公はいつだって、剣を握りしめて、困難に立ち向かう、みんなのハッピーエンドのために頑張る人だ…!」
ろくでもないクズどもは物語の主人公でも、男の子にとっては決して主人公と呼ばれるものではない。
そんなの主人公じゃない、生き方が、心のあり方に光がない。
目を瞑るような、憧れた者を焦がしてしまうような光がないんだ。
だから。
「主人公だからではない、主人公という肩書きにではない!その行動がその在り方がその生き様が僕を魅せたんだ!」
いつの間にか、いつもの自分と違うテンションで声を上げた。
熱がある、明らかに熱がこみ上げた声だ。
「…男の子の話しをしているんじゃなかったの?」
「人の話しが聞きたいなら最後まで黙って聞いて。」
「……」
何だろう、何故か笑顔になった。
「話しの続き…なんだけ、そうそう…魅せられたという話しでしたね。」
そう、魅せられた。
主人公は数あれど、僕が憧れた主人公はいつも一つの種類、一つのジャンルだけ。
「優しく、勇敢で、誰がの為に動けるような本物の…勇者、勇気を持つ者。」
つまりは王道主人公。
「子供みたいだろう?実際子供なんだから、だから本気で憧れた。大人になった自分もきっとそんな風になる、なれると信じて疑わなかった。」
でも残念。
「大人になった男の子は自分の、そんな最初の憧れですら忘れる程やつれてた。」
大人になった事で、絶望した。
他の誰かおろか、自分ですら救えないような大人になったから。
「運がない、能力がない、努力ができない、人に優しく出来てない、勇気なんて持ててない、友情?愛情?絆?そんなものは自分で捨てた。」
卑屈さのあまりに自分で捨てた。
「みっともない大人になった、もし子どもの頃の自分の前に立つような事があったら僕はきっと、知らない人のふりをするだろう。」
だって耐えらないから、どっちの自分も。
未来の自分の姿に、無垢の自分の願いに。
そんなものを直視でる訳がない、向き合いたくなんてない。
でも…
情けない大人でもいい。
俯くばかりの大人でもいい。
そう思った、思ってしまった。
だって…
娯楽を漁り、惰眠を貪る、腹を満たし、性欲を解消する。
それだけの人生は、普通の人生だから。
寂しけど笑いたいのとか、自信がないけど褒められたいのとか。
誰がの事を凄いと思うながらもボロクソに言ったのだって…
ありがとうもごめんなさいも全然言えなくても…
何も満たせないまま。
愛した誰かですら嫌になる…
生きたくないけど死にたくもない…なんて…
きっとそんな気持ちを、それらの気持ちを抱いたのは、僕だけではない。
僕だけじゃないから…
だから安心できた、安心する事にした。
みんな同じ、そう思える事がどんな事よりも情けない自分を肯定できる。
卑屈で醜いまま、正々堂々何一つでも言えない自分のままでもいいと思えた。
それでいいと、実際そんなでもいいから…!
だから…自分を恥じたまま、何者でもないまま、プライドだけはある自分のまま…
何十年もそのまま。
そして…そのまま終わったんだ。
「みっともない大人のまま終わった、みっともない男の人生でした。」
それにはなんの罪もない。
そんな人生だっていいんだ。
いいんだよ。
だから男は最後までそのままなのだから。
でも、だけど。
「幸が不幸か奇跡が起きた。」
起きてしまった。
「生まれ変わった、別の世界で、八歳の女の子の身体で。」
あの館で、妖精に囲まれながら。
目覚めた時に前世の記憶はは殆ど失われている。
どんな人生だったのかはもう曖昧だった。
何をそんなに卑屈になったのかなんてもう分からない。
それでも後悔と…憧れだけは、強く残ってしまった。
驚く程に強烈で。
意外にも強くて。
生まれ変わってもなお忘れられない思いだったんだ。
最後まで自分を恥じ続けたのは、心の底にその憧れが消えた事がなかったから。
「私はね、泣くよりも先に憧れと後悔を知っちゃったんだ。」
産声の代わりに私は後悔と憧れを。
テレビの向こう側に居るあの人達に憧れて。
自分の生き方に後悔して。
だから…
「走った。」
骨董品らしき短剣を手に取り、町の外まで走って。
どうして八歳の女の子の身体に生まれ変わったとか、そんなの考えすらしなかった。
ただひたすら走りながら魔物を探し回した。
子供一人で、理性はなく、冷静もなく、衝動のまま走った。
そうしないと、冷静になったら私は…また前世の自分になるかもしれないから。
そのまま人生をもう一度終えちゃうかもしれないから…!
だから、それでいいと思った、この魂に支配されているだけの自分でいいと思ったんだ。
だから走った、ただ走って、走って…怖くて楽しくて、そして――
「今まで走って来た。」
今度こそは。
「今度こそは剣一本で世界まで救ってしまうようなの人達みたいに…誰かを助けるのに理由なんて必要ないと言える彼らみたいに…!」
なる、なりたい。
方法は分からない。
助けたいものもないけど。
真似しているだけで…んん、真似事すら出来てない私だけど。
止まりたくない、止められない。
私じゃ私を止められない。
泣き方よりも先に、魂は憧れと後悔を知ったんだ。
今更忘れられない…!
この魂が、この私がそんなこと許さない…!
僕の大切なものの為に、私の大切なものを切り捨てて来た…!
「だから助ける、誰だろうと助ける!なんだってする、自分の気持ちなんてどうでもいい、誰かを救う為に誰かを愛する必要があると言うなら、私は自分の全てを捧げてだってその人を愛する…!!」
…らしくないねマヒル、戦闘中に気をそらすなんて。
それとも分かっちゃったかな?誰かさん?
あーあー、全能くん、勢いを取り戻しちゃったなぁ……
ああ…でも何だろうー。
まるで最初に短剣を持って走った時みたいな気持ちだ。
失敗するなんて想像はしない。
不安で怖くて、それでも楽しくてしょうがない気持だ。
さっきまで走り回った足が止めた。
ふと思った。
そう言えば、初めて口にしたね。
私の思いってやつを。
長年胸に秘めた思いが爆発した気分だ。
これがハイってやつかな?
心情の吐露ってこんなに気持ちいいものなんだねー♪
産まれて初めて知ったよ♪
ハハハ♪ハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!
声を出してないが、私はたぶん今、すげーいい笑顔だと思う。
「……」
嫌だな…領主代理さん。
そんな怯えた顔をされたら私でも傷づくよ?
まあ、いいけど。
「君は言ったよね?私を教えてって、これが私だよ。」
私にとって助けるという行為は、赤ちゃんが泣いているのと同じなんだよ。
そしてそんな私がどうしてがらんどうなのか、それはきっと…
私は…実際空っぽだからだろう。
その情熱のすべては、その憧れと後悔のすべては僕のものだけど、私のものではない。
確かにこの魂は憧れと後悔に焼かれた、心の底まで焼け付かれた。
間違いなく私の感じるものでした。
でも、私は…
私は…
――――――。
ん?大体の事は口に出していない?言葉が簡潔過ぎる?
考え、ないし気持ちが読めるでしょう?勝手に読めば?
……
簡単に言葉にできてたまるか…
「私という人間は信頼出来ないとしてもその行動は信用出来ると思うけどなー。」
人を助ける事しか考えてないからね。
「…それはどうでしょう。」
「ふーん、じゃまた舌嚙む?」
「…それは…しませんけど。」
「じゃとりあえず受け身取ってね。」
「へ?――きゃあああああ!?」
はい、いらっしゃいー、全能くん。
足を止めてのうのうとお喋りしている私はさぞ隙だらけでしょうね。
実際隙だらけだから。
私じゃこの戦いを勝ち取れない、私がいなくてもマヒルなら勝ち取れるかもしれない。
私だけなら全能くんには絶対に負ける。
でも私、凄く邪魔でしょ?
だから弱い私から片付けたいはずだ。
それだけで楽になる、マヒルに集中できる。
であるなら隙だらけの私を必ず狙って来る。
でも私、【リフレクトデバイス】と領主代理さんガードを使っているからね。
魔法はダメ、飛び道具でこっちをちゃんと狙う余裕はマヒルがくれない。
なら、マヒルを振り切って私に接近して来るだろうと思った。
「――な!?」
私の身体を貫いた剣を気にせず、その剣を握ってる彼の手を掴む。
このチャンスを逃す訳もなく、既に全能くんの後ろに居るマヒルは剣を振るう。
計画通りー♪というやつだよ。
「――え?」
しかし驚く事に、全能くんは迷いもなく自分の腕を手刀で切り落とし、マヒルの剣をギリギリ避けって。
挙句はそのまま距離を取って、ダンジョンの入り口まで移動する。
――こいつ…逃げる気!?
させないよ!
【アビスインフェルノ】!
魔力で生成した闇の塊を撃っち出す、狙うのはダンジョンの入り口。
直接魔法を攻撃したら反射魔法で反射されるけど、魔法の爆発で引き起こされる爆風なら反射されない。
こいつを仕留める機会なんてこの先有るかどうか分からないんだ!
主人公くんならいつか彼を倒せるかもしれないけど、それでも不安でしかない。
なんかバタフライエフェクトも起きてるし、ここで仕留めないと!
だけど――
「――つ!?」
全能くんは傷を負う覚悟で突っ込んだ。
爆風によるダメージを気にせず、爆発の後に残る黒い炎は踏み越えていく。
黒い炎は魔法現象だけど反射しない。
詳しい理屈は分からないけど、フィールドダメージは反射しないものだ。
とにかく、足を一瞬でも止めない彼に、流石のマヒルも追いつけなかった。
そのまま、ダンジョンに入った瞬間姿を消した彼を見送るしかなかった。
□■□■□■
今頃全能くんはダンジョンの最深部に転送されたんだろうね。
私はとりあえずハイポーション飲んだ。
この味も今じゃちょっと懐かしい気さえする。
いつの間にか私の傷は全てアイシャが治すようになったからね。
「またそんな無茶を…アイシャに怒られるぞ。」
「いいんだよ、私アイシャに説教されるの嫌いじゃないから。」
「…え?」
なに?領主代理さん。
その顔、考えている事は分からないけど…何か失礼な事を考えてるのだけは分かるよ?
私の目から不満が伝わったからか、聞いてないのに彼女は喋りだした。
「…いや、その……貴方でもそんな気持ちがあるんですね…」
ホントに失礼な事を考えてた。
人を心のない奴みたいに。
この女嫌いです。
…まあいいけど。
「そのアイシャって人も…必要なら切り捨てるの?」
「……」
嫌な事を聞くね…
「言いたくない。」
「…そう。」
あ、今ので覗かれたか?
本当にこの人は嫌いかも。
「ステラ……さっき戦闘中で聴こえた話しだが…、必要なら愛するとか、それは間違っていると思うぞ。」
いつになく真剣だね、マヒル。
まあ、君にとっては大事な話しだからね。
なんせ君は、愛に真摯で、誠実だからね。
だから私も真剣に答えないとな。
「それでも、愛しているのは本当だよ、…間違ってると言われたらそうかもだけど、それを噓だとか、偽物だとかで否定するのだけはしないでほしい。」
例え形が違ってて、いびつでも、それは愛に間違いない。
私はそう思うから。
「……」
考え込むマヒル。
でも、今はここからは早く動かないとね、傷も塞いだし。
このままじゃ主人公くんもそろそろ来ちゃうそうだしね。
□■□■□■
俺は急いで走った、ルナとかいう謎の少女の言葉を完全に信じた訳じゃないけど。
実際、彼女の言う場所へ、南のダンジョンへ向かう途中で仲間達と一緒に邪魔された。
仮面を付けている銀髪の女性二人に、長髪の方は銀色に灰を被ったような色で。
二人とも、ステラのパーティメンバーだ。
――わたし、お姉ちゃんの邪魔がしたいから特別に教えるね♪
そう言って、あの子は教えてくれた。
レノラの居場所。
そして彼女を取り戻したいなら、ステラが邪魔するだろうと。
更には彼女と戦うなら、精神異常無効化する魔戒を装着した方がいいことも。
なんでそんな事を知っている?君は何者だ?ステラとはどういう関係だ?とか色々質問もした。
――ずっとお姉ちゃんの事を見てきたから☆大好きだから大嫌いなお姉ちゃんの邪魔をしたい♡わたしはルナ、お姉ちゃんが大好きなただの女の子だよ♪
黒髪赤目の少女、ルナは楽しいそうに喋ったけど、最後は急に冷たい顔になった。
――そして、お姉ちゃんとわたしは理解者、わたし達以上に互いを理解できる者はきっと存在しない~、でも…だからこそ敵になるしかないけどねー…。
それを言い終わった途端、少女の姿は消えた。
彼女の言葉を完全に信じた訳じゃないけど、藁にも縋る思いだったんだ。
でも実際ステラの仲間に邪魔された。
みんな、逆に彼女達を足止めして、俺を先に行かせてくれた。
そしてたどり着いた、聳え立つ岩壁の前に。
アイテムストレージから爆弾を持ち出す。
距離を取り、ありったけの爆薬を投げりつける。
何度も爆薬の音が鳴り響き、最終的には人が通れるぐらいの穴を開けた。
中に入り、爆発の煙をかいくぐり。
――彼女が見えた。
ステラ。
俺が超えると、静かに決意した相手だ。
でもそれは今じゃない、今の自分ではまだ彼女を勝ってない。
想像出来ない。
でも、だけど、それでも…!
やるしかないのなら、やるしか…ない!
□■□■□■
魔法をかいくぐって接近する主人公くん。
「ステラ!!」
彼の口から私の名前が出た。
ああ…流石にパーカーのフードを被るのと、マスクを被っただけじゃバレるか…?
装備が、格好がいつもと変わらないし、マスクだって目元を隠すぐらいなものだから。
やっぱり普段から悪目立ちし過ぎたかも…
格好が覚えられたくらいだから…
「レノラを何処にやった!」
「!!」
凄い…、私の魔法を全部よけて肉薄して来た。
ええ?なんか主人公くん…実力以上の力を発揮してない?
思わずアイテムストレージから刀を抜いて迎撃した。
ここまで迫られたら、まだ未熟だけど刀を使った方がいい。
本来ならそもそも接近されないように動き回るのだけど…
主人公くんの動きが想像以上のと、今私の後ろにある岩壁の穴を通させる訳には行かないから。
ここから動く訳には行かないんだよね…
その穴は扉の形をしていて、マヒルの剣に切り出されたもので。
今マヒルに領主代理を運んで離脱してもらっている。
マヒルの方が足が速いからね、それに私はシナリオの再現をしないとだから。
幻影魔法で。
「――!」
…ん?効いてない…?
レベル差はまだある、装備の質だって差がある。
なのに、剣で打ち合いながら何回が発動した幻影魔法が全く効かない。
まさか…精神異常無効化の魔戒?
そんなピンポイントな…?
偶々?…いやそんな偶然は――つ!
闘志を燃やし、決闘時以上の動きを見せる彼相手に。
刀だけなのは、流石にちょっとキツイね。
だって、主人公くん、ただ剣を振るうだけじゃなく色んな小道具も使うし。
口から炎とか、手袋の指部分から銃弾とか、蹴りと見せかけて靴から毒を噴き出すとか…
あといつの間にか足元に転がる爆発物の数々。
うわ…うわ…
よけるの大変だし、爆発物は慌てて遠くに蹴り飛ばさないとダメだし…!
それにフェイントが上手いし!視線一つでその先に何かあるように見せかけるのやめてほしいな…!
時々意味ありげに下の方へ視線を向けるのもマジでやめて…!
また爆発物なのかと警戒しちゃうでしょう…!
…うう。
こいつ…、戦い方が…ウザイ!!
…はあ、ダメだ、やっぱりこの戦い方じゃダメ。
やり方を変えよう。
もう、岩壁の穴を通さないようにするのはやめた。
やりつらいなので、もう壁として立ちはだかるのをやめる。
そこを通りたいならどうぞ。
追いかけるのなら、距離を保って、君を背後から魔法を撃ちまくります。
そして主人公くんは穴の方に向かって走った。
私の立ち回り方から、その先に領主代理がいる事を察したのでしょうね。
と見せかけて、急転回。
まず、私をどうにかしないとと判断したのか。
はい、じゃまず痺れ罠をね。
「う!?」
勢い良く突っ込んで来た主人公くん、その先にあるのは私ではなく痺れ罠だ。
彼が決闘時にも使っていた、近づくと爆発し、麻痺状態に落とす非殺傷系のトラップ。
さっき移動した時、足につけているアイテムストレージからそのまま落っこちるように地面に設置した。
我ながら無駄のない動きなんだから、気づかなかったでしょ?
狡い戦い方は君の専売特許じゃないんだよ、主人公くん。
「ぐわあーつ!?」
罠を踏まないように動きの勢いを殺そうとした主人公くんは隙だらけなので魔法で吹き飛ばした。
その後の展開はもう一方的だ。
主人公くんは私に近づけないまま、魔法でボコボコにした。
私が自由に立ち回れるのなら、今の主人公くんに勝ち目はないよ。
「うあああああ!」
それでも、【アビスブラスト】に何度も撃たれてボロボロになった主人公くんは私に立ち向かう。
疲労というか負傷を負ったからか、最初に見せた鮮やかな動きも出来なくなり。
もう本当、破れかぶれというか、最後は攻撃を受ける覚悟で無理に突っ込んで来た。
そして、気付いた、その目には諦めが見えない。
そんな彼の捨て身の突撃に嫌な予感がして距離を取ろうと後ろに下がる時。
彼の剣が伸び、私を目かけて刺しに来た。
…びっくりした。
なに、そのギミック?全然知らない。
ゲーム中にそんなのあったけ…?
勘で身を引いてないと、今のひょとしら刺されたかも。
でも、残念。
結局は私の付けてるマスクを弾き飛ばしただけだね。
このマスクも結局正体バレたから、最初から意味はなかったけど…
もう一度彼を魔法で吹き飛ばす。
その際にその面白い剣も彼の手から落ちた。
念のため、地に落ちた彼に向かってギリギリ死なないように何度も【アビスブラスト】を打ち込む。
流石にもう心も体ももう立ち上がられないだろう、と思った時に雨が降って。
急な雨だな…
でも私は気にせず、あえてフードを外した。
幻影魔法が無効化されたら。
シナリオ再現はこうするしかないかな…
「……っ!」
おお、こうなってもまだ心が折れないのか…
雨に撃たれ、地面に転がっているそのボロボロの身体でも、なおまだ私を睨み付けて来る。
流石に主人公だよ、君は。
私の憧れた主人公そのものだ。
本物の光…
だから、きっとまた立ち上がってくれるよね?
だから、心を鬼にして、君を折るね。
「領主代理…君の大切の人の最後の言葉を知りたい?」
「…え?」
さて、一か八かだけど…何とかなれ!
主人公くんは賢い、冷静に考えたらきっと違和感に気づく。
だから、まずは冷静さを奪わないと。
「――どうして助けてくれないの?」
「…っ!?」
よし、雨に打たれた顔は動揺を見せた。
「強い女性だったよ、私色んな拷問に適した魔法を使えるのに…」
噓です、そんな魔法は知りません。
「どんなに痛めつけても彼女は口を開いてはくれなかった、結局やり過ぎて彼女を殺してしまったよ。」
「……お、まえ!!」
無理やり気力を絞っても、主人公くんはそれぐらいの声しかだせなかった。
でも、怨みは確かにビシビシと伝わったよ。
「彼女最初はなんて言ったのか、教えようか?――ルインは必ず助けてくれる…そう言ったよ。」
「…!!」
「まあ、でも最後は――どうして助けてくれないの?だけどね。」
「……」
さて、ボロボロの、人の形すら残ってない遺体を目にした挙句、直接に最後の言葉を聞いた――
なんてシチュエーションと比べれば、他人の口から聞いただけじゃ物足りないでしょうけど。
そもそもは、即興の拙い三文芝居だ、少しだけ実感を加えてみよ。
持ち出すのは、血塗れのネックレス。
血は私の血だけど、ネックレスは領主代理がいつも身につけているものだ。
少し特殊の効果もある装備品で、本来は主人公くんが遺体から回収するはずのものだけど。
彼女は死んでないし、このネックレスは主人公くんに幻影を見せた後に現実だと証明するため、そっと彼の手に握らせるために領主代理からうば――貰った。
今は、少しだけ使い方を変える。
彼女の死に真実味を持たせるために、主人公くんに少しでも心に傷を負わせれるために。
彼に見せつけるように、雑に顔の横に投げ捨てた。
やばい、雨のせいで血が流れそう……
それだと血塗れのネックレスではなく、ただのネックレスだ。
もう見たよね?ちゃんと見たよね?血塗れの状態。
あ、見たっぽい、主人公くんの目から光が消えそう。
じゃ、私もそろそろ退場するか。
ごめんね主人公くん、でも私思うんだ。
痛みって、案外人の成長とは深く関わるものだって。
だから、この痛みを経験した君と経験してない君とじゃきっと何もかも違うと思う。
だから、念のため、異神を倒せる君になれるため。
この先もとことん君には辛い思いをさせるね。
大丈夫、すべてが終わった後、君の大切なものが全て君の元に戻るように頑張るから。
それまでは…ごめんね?
たっぷり苦しんでね?
ごめんなさい。
書きたいもののはずなのに、ホントにこれが書きたいものなのかと迷い始めたら……
なんか、もうこれ以上書けなくなった……
なので、物語の更新は…ここまでになります。
ここまで見てくれたみんなさん、ホントにごめんなさい。
そしてありがとう。