表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/5

後編・上

この度タイトルと主人公の子とヒロイン(?)の娘の名前を変えさせていただきました。


いえ、これは剣です。→憧れの剣と好きな色は夢の中。

エステーラ → ステラ

アイリス → アイシャ


という感じです、勝手の都合で申し訳ありませんでした。

それと今週中に後編(第一部)を終わらせるように頑張りますので、どうかよろしくお願いします。

赤い赤い夜、燃え盛る夜。


その赤が忘れられない、その熱に今でもうなされてる。



――異教徒達だ!



と誰かが叫んだ。



――君は生き残らなければならない。



と父さんに言われた。


でもなんで?


なんで俺だけなんだ?


父さんも母さんも姉さんもほかのみんなだって残るのに?


なんで俺だけなんだ?


なんでみんなは逃げないんだ?


なんで――



「う゛――はあ!…はあ…」



夢…いつもの夢…


偶に見る夢、今でも見る夢。



「ホント、…なんで俺だけなんだろう…」



幼い俺だけ転移魔法(アイテム)で転送された。


そして師匠に出会った。


他のみんなは何故か一緒に逃げてはくれない。


……今思うとあの村は色々と不思議だった。


転移の魔法なんて失われた魔法…なんで持ってんだか…


それにみんな歌う事で何かしらの力を働かせてた。


それは、普通の人には出来ない事だと、村に出て初めて知った。


いや、そもそも村のみんなと仲間のベラ以外、歌で魔法みたいな事をする人なんて見た事がない。


分からない事だらけ…だけど、俺は今日もまだ生きている。


夢も希望もある。


当面の目標だって、昨日で達成した。


…よし!


自分の顔を両手で叩いて、新しい一日を迎える。


夢に飲まらずに、今日も頑張ろう。




□■□■□■




うん、よし。


身だしなみは大丈夫。


宿屋の一室、自分の部屋で鏡の中の自分を確認しているが…うん、大丈夫。


鏡が映すのは一人の少年。


よく見かける茶色の髪を少し束ね、顔つきも目つきも気力が感じられて。


身に纏ってる装備も動きやすさ重視なため、鎧の部分は少なく、ごつくないから私服のようにも見える。


…さて、先ずはみんなに挨拶からだ。


ドアノブを握り、意識を切り替える。


笑顔なまま部屋のドアを開けて、部屋を出た。


階段を降りたら直ぐに仲間達を見かけた。


みんな朝食を楽しんでいるようだ、ここのご飯は美味しいからな。



「よ!みんなおはようー。」


「おはよールイン、今日も元気いいね~いや、いつもよりも元気か?」


「やっぱ分かっちゃう?」



流石エルンスト、いつもチャラチャラ笑っているけど、俺たちの事をちゃんと見てるし、ムードメーカーの役割だって自分から担ってくれた…下手だけど。



「ふふ、今日はレノラ嬢とのデートの日な訳ね。」



おお…、今日も健康的かつ豊満な身体を見せつけるね…ベラは。


露出の多い格好がセクシーすぎるし、仕草からも年上のお姉さんの魅力が伝わってくるし、その褐色の美しい肌に釘付けになりそうだが…俺はこう見えても一途な男だ。


少しだけしか見ない…!



「うちのマスコット担当は?」



仲間達と一緒の食卓につき、疑問を口にする



「部屋に籠って勉強中よ。」


「うへー…昨日でAランクに昇格したばかりなのに、もういつも通りか…」



そうだ、俺たち昨日で全員揃ってAランク冒険者に昇格したんだ。


事実上の最高ランク…と言われるけど、やっぱまだ満足するつもりはない。


Sランク、本当の最高ランク、だけどそれになるには実力だけでなく、実績とか国の推奨とかが必要で。


分かりやすく言うと、一人で世界の情勢を動かせるぐらいの人物じゃないとSランクにはなれない。


もし俺たちが異教のトルストを()()()事を証明出来たら…でもあいつは倒した瞬間何も残らずに消えたからな…


俺たちですらホントに倒したのかと疑いたくなるぐらいだから…結局、報告すら出来ない。


証拠もないじゃ、賞金と名声目当ての噓と思われてしまう。


まあ、仕方ないか。


Sランクなんてそう簡単になれるもんじゃないって事だよな…


実際この百年間ずっと誰もなれなかったし…


それでも――



「俺ももっと頑張らないとなー。」


「相変わらずやる気だね~まあ、頑張り過ぎないようにな。」


「分かってるって。」


「それと、ご飯は急がずによく嚙んで食べるように♪」


「分かってるって…」



年上だからって、エルンストもベラも俺を子ども扱いすぎやしないか?


保護者かよ。


そして結局急いで朝食を食べ終えた俺はやっぱり辛抱の出来ないガキかもしれない…



「ご馳走さま!じゃ、行ってきます!」


「いや~若いっていいな…」


「あなただって若いんでしょう。」


「それもそうか、…じゃ折角なので、若者同士俺たちもデートを――」


「今日は私もデートの約束があるのでお先に失礼するね~」


「……って、え?ええええええええ!?だだだ、誰だ!?誰と!?えええぇ!?」


「えつ!?」



それは俺も驚いた、驚いて足が止まったし声も出た。


そりゃあベラは魅力的だから男達は放っておく訳がないが、格好とは逆にそこら辺のガードはめっちゃ硬いのに…



「ふふ、秘密♪」



そう言って、笑顔なままベラは俺の横を通って先に宿を出た。



「まあ、なんだエルンスト…ドンマイ。」


「噓…だろ……うっ…はあー、しょうがねぇー、カーラが詰め込み過ぎないように、朝食でも持って様子を見に行くか……」



トホホと、元気のない背中を見て、心の中だけで応援し、俺は自分のデートに向けてダッシュした。




□■□■□■




城塞都市アジェンダの始まりはダンジョン攻略と深く関わっている。


この地は比較的にだけど、頻繁にダンジョンがポップするから、何個ものダンジョンが同時にあったりする。


なので昔から冒険者がよく集まる。


最初はただの野営地で、偶にそこを通る行商人があるだけ。


でも冒険者達が集まるから大きな野営地になって。


そのうち更に多くの冒険者が集まった結果、拠点をもっとちゃんとしたものにしようと冒険者達が頑張ったおかげでちょっとした防衛拠点が出来上がった。


そこにチャンスを見出した商人達はそこに集まった結果。


ちょっとした町に発展し。


そこから月日を重ね、今日まで発展して来た結果。


商いが盛んだ堅牢な城塞都市が出来上がった訳だ。


そんな城塞都市は勿論いつも賑わっていて、どこもかしこも活気に溢れている。



「あ!ルイン兄さん!昨日婆さんの事ありがと!良かったらうちにご飯でも食べに来てよ!婆さんがお礼したいって、しつこく言っててさ~」


「デートなのでパス!またの機会で~」



時々剣を教えている少年も。



「お、この前のあんちゃんじゃないか?どうだいうちのマジックスクロール?また買って行くかい?まけておくぜ?」


「え、マジ?いや…でも…!デートだからまた今度で~」



マジックスクロールの屋台のおっさんも。



「あ、ルイン~!聞いてよ~モーダさんのお店に行ったら追い返されちゃったのよ!せっかくお金を貯めてイカした装備を買つもりなのに…!」


「えっ…オカマさん、出禁にされたの…?」


「オカマと呼ぶなっつってんだろうが!?何度言えば分かるんだクソガキ…!」



お話し好きですぐにキレる、名前がマカオのオカマさんも。


今日もみんな元気で、いつもながら自然と笑顔になりそうな風景。


そんな彼らと彼ら以外な人とも挨拶しながら、少し話しながらも俺は石畳の道を駆け上がって行く。


そしてたどり着いたのは見るからに立派なお城だ。


こんな感想をいうのはなんだけど、如何にも凄い貴族が住みそうな凄いお城だな。


そんなお城の前に居るのは一人の少女と一人の女性。


メイド服を纏ってる女性は無表情なまま少女の方に傘を差す。


それが当たり前のように、少女はただ微笑みながらそこに佇んでいる。


いつも通りの柔らかい笑み、いつも通りに輝く銀色の髪。


そんな彼女の琥珀のような瞳と視線を交わし、互いの姿を確認した俺たちは互いに更なる笑顔を浮かべ。


俺はただ恥ずかしいながらも待ちきれなくて彼女に駆け寄る。



「まだ時間前だと思うんだけどなー。」


「そうですよ、まだ時間前なのにあなたが来ちゃいました♪」



小さく笑い合い俺たち。



「では、ルイン様も来た事ですし、中に入りましょお嬢様。」



そしていつも通りに事務的な口調で喋るメイドの声に少し身を引き締めてしまう。



「はいはい、わかってますよ。では中に入りましょか、ルイン。」


「は、はい。」



未だに慣れないな…


大きな庭を通って、ごつごつした城内を通過して、俺は彼女の部屋まで来た。


とは言え、貴族の女性は簡単に男性を部屋に上げるものじゃないから、部屋といっても寝室ではなく、執務室の方。


メイドさんが何も言わずに部屋を出たのは勿論俺ではなくレノラを信じての事だろう。



「そう言えば聞きましたよルイン!昨日でAランクに昇格したじゃないですか!凄いです、さすがですよルイン!」



二人きりになった途端急に褒めてくるレノラに俺も満更でもないというか…


好きな女に自分の努力と成果を褒められたんだ、これで嬉しくない男はいないだろう。



「ありがとう!」


「ふふ、でもまだまだこれからですね…目標はSランク!勇者になるのが目標だ!と、言ってましたもんね。」


「ああ。」



笑顔で肯定する。


その通りだから。


でも…


勇者、それは選ばれし存在であって、なる存在じゃない。


光の勇者、その者でしか異神は倒せない。


それが古き時代からの伝承で、女神様の予言。


それでも、俺は信じている。


きっと女神様だって、勇者を選ぶ時は相手の実力とか心意気とか、つまりどういう生き方をして来たのか、どういう意志を持っているのか。


そういうのを見て選ぶんじゃないか?


その生き方はどういう生き方なのかは、俺もまだ模索中だけど…


だから、俺は、俺にできるのは努力し続ける事、意志を示し続ける事だけ。


そう思ってる。


思ってるけど、正直…


流石に自分はたった一人の選ばれし人間になれる自負も自信もない。


ただそれでもと、自分を鼓舞し続ける事しか…だから…それでも…うん。



「ふふ、私、ルインならきっと素敵な勇者になれると思いますよ。」


「レノラ…」


「怖いながらも剣を取って誰かの為に戦える貴方なら、きっとみんなを守れるような、素敵な勇者さまに。」



あ、あれ?俺怖いとか言った事あったけ?


我慢して、隠して来たつもりだけど…



「別に怖くはないぞ?たくさん訓練して、準備して、万全に挑んでいるし、心構えとかも昔から叩き込まれたから。」



いや、噓です。


ずっと怖いまま。


師匠にたっぷり叩き込まれたけど、怖いのは変わらない。


ホントは戦いたくなかった、誰かが傷づくのも、自分が傷づくのもいやだ。


それでも怖いまま剣を振るうしかない。


異教徒と異神が存在し続く限り。



「ルインは勇敢ですね。」


「そんな事はないよ。」



ただ怖いまま剣を振るって来ただけ、だって他人事じゃないって、子供の頃に思い知らされたから。


異神、むかしむかしのさらにむかしのむかし。


神話時代からその存在は語られている。


それは別の世界からやって来た神。


異世界の神。


その神は異世界人を引き連れ。


この世界を支配し、圧政を敷いた。


人を奴隷に、世界のすべてを自分の贅沢のために。


勿論人々は抗った、でもどうにもならなかった。


女神は異神に敗れ。


異神に付き従い、チートと呼ばれる理を超越した力を授かれた異世界人は好き勝手に世界を荒らす。


殺し、犯し、奪う。


同じ姿でも、異世界人はこの世界の人を同じ人と思わず、この世界の人もまた彼らを同じ人とは思えない。


そしてそんな彼らに平伏するしかなかった時代。


そんな時代をいったいどうやって終わらせたのかは分からない。


そういう記録とか伝承は見つかっていない。


でも、そう言えば…子供の頃。


あの村で…歌を聞いた事がある。


詳細はもう覚えてないけど、でも…確か天から降りた人が…長い戦いの果てに世界を解放した…とか、そんな感じだったような…


んん…どうだろう?関係ないか?


まあ、何んであれ。


昔の事は確かに分からない、でも。


異神の存在は確かに確認されているし、この世界の住民にも関わらずそんな異神を信奉し異神からチートと呼ばれる力を授かれた異教徒達の活動も確かに確認されている。


そして彼らの目的は再び異神をこの世界に導くこともまた確認されている。


だから、他人事ではないんだ。


俺の故郷に起こった事は、いつどこかで…それもひょとしたら世界範囲に起こる事かもしれない。


だから、戦わないと。


みんなを守って、世界を守って、異教倒して。


そして異神を――



「じゃ、もしもの時は私の事も守ってくださいね♪」



…え?…キミは、…本当に時々こちらを見透かしているような事言うな…。


でも…うん。



「勿論だ!」



キミの事は絶対に。




□■□■□■




「あ…」



レノラとの談笑を終え、幸福の余韻に浸れながらお城を出ると、そこには一人の男が待ち構えてた。


金髪碧眼のイケメン、如何に美形の顔に鍛えられた身体。


エドリック・レオンハーツ、貴族でありレノラの婚約者でもある。



「ふん、相も変わらず品性も知性もない顔をしている。」



どんな顔だよ。


佇まいからして只者じゃないこいつは実際凄く優秀で、冒険者の先輩でもある。


そして勿論俺の事を毛嫌いしている。


まあ…幾らプラトニックな関係とは言え、自分の惚れた婚約者が別の男といい仲を築くのが嫌いじゃない人はいったい何処に居るって話だがな。


それなのに、こいつは嫌な事をいつも言ってくるけど、決して嫌がらせの一つもしてこないんだから…もうなんか…本当にただただこっちが…悪いじゃん…


いや、実際悪いけど…



「ノブレスオブリージュ。」



いきなりなにを言い出すんだこいつ?



「貴族は力を持たぬ者を守護しなければならない、弱ものいじめなど以ての外……が、貴様、昨日でAランクに昇格したと聞く。」



…!殺気…ではない、けど、鋭く、まるで鞘から抜かれた名剣のような、鋭い空気。



「であるなら最早遠慮する理由はない、同じくAランクの冒険者として、いや男として貴様に決闘を申し込む。」


「!」


「この決闘の勝敗に何かが変わる訳ではない、私はレノラをトロフィーにするつもりも無ければ誰かの心に制限を掛けるつもりもない。――それでもだ。」



視線だけで俺をバラバラにするつもりのような目で彼は言う。



「私は貴様をぶん殴りたい…!」



それは思ったよりも、単純な気持ち。



「嫉妬に駆られた男と笑うがいい、それでも貴様を何百回も、何千回もぶん殴ってやりたい…!」



極めて冷静に、そして怒りが滲み出る声。


ああ、そうか。


まあ、そうだよな。


逆の立場だったら俺だってそう。


というか逆じゃなくても俺はそういう気持ちだよ。


レノラは貴族の役目を果たす。


両親を亡くし、次期当主の弟もまだ幼い。


不慣れながらも、彼女は領主として頑張っている、そんな教育を受けたことがないにも関わらず。


君のいうノブレスオブリージュってやつを頑張って全うしようとしている。


だから親が生前で決めたお前との婚約も、必要のものとして受け入れている。


だから、レノラも俺も我儘ながらもわきまえている。


決して互いに指一本すら触れることはなく。


ただ、いつかのその時までに、互いにもう少しだけ一緒に笑い合いたい時間が欲しいだけ。


キミは間違いなく彼女の将来の伴侶であり、そして悔しいながら彼女を幸せにできる男でもあるだろう。


いい奴だし、能力もあるし、イケメンだし。


天は何物も与えるもので。


レノラの婚約まで君に与えた。


クソ…いや分かってる、そんな何でも持ってるお前だからこそレノラの婚約者に選ばれた。


そんなキミだからこそレノラに相応しいかった。


そして実際レノラの婚約者は何処かの嫌な貴族ではなく、お前のようないい奴で良かったと思うべきかもしれない。


…けどな、それでもだよ。



「逃げるなよ、それでもレノラが惚れ込んだ男だと言うのなら。」


「…逃げねよ!」



それでも、殴りたいのはこっちもだよ…!


だから…!



「明の正午、闘技場で。」



それだけ言い残して彼は振り返らずに去っていた。


俺は…ただ明日、一方的にあいつを殴れるように念入りに準備する。




□■□■□■




一晩が過ぎ、今日の太陽がそろそろ真上に来る頃。


平日のはずな闘技場は観客に溢れ、席がほぼ埋まっている。


その全ては未来の領主であろうエドリックと、その恋敵である俺との決闘がお目当である。


…たった一晩でどれだけ広げたんだ…!?


イベントがない時、競技場はちゃんと申請して、利用料金を支払えば誰でも利用出来るもので。


ある人は鍛錬の場として、ある人は何かの演目を披露するステージ、若しくは何かの演説とかに使われたり…


そしてある人は今の俺みたいに沢山の人を見届け人にし、決闘するために使う。


血気盛んで、実力主義で、強ければ敬われ、弱ければ無視されるような冒険者が集うこの城塞都市において決闘というのは、別に珍しい事でもない。


なのにこの群衆……


みんな思ったよりも興味津々というか、野次馬根性というか、暇というか…


特に同じ冒険者の人が多い。


まあ…一番俺達の因縁が知れ渡ってるのは間違いなく同じく冒険者として働き、酒場とかギルドとかでよく顔合わせする同業者の彼らな訳だけど…


あのパーティまで居るのは予想外だったな。


あの人達でもこういう騒ぎには興味があるのか…?


観客席を見れば長い白髪の女性が見える。


ポニーテールがゆらりと風に揺らぎ、整った顔に珍しい赤い目、不思議な雰囲気を放つどこが神秘的な美しい女性。


色んな意味で注目されている、あの4人パーティの一人。


東の小国からやって来た剣の達人マヒル、その太刀筋を見た者は全員彼女を最強と言う。


実際冒険者なり立ての頃に一回だけ、即席なパーティを組んだ事があるが…


その実力はレベルで測れるものではなかった。


でも…彼女はどうも優し過ぎるみたいで…、魔物ですら殺すことができなくて、冒険者としてはあんまりにも…


だから誰も彼女を仲間にはしなかった。


俺も、色々考えた末仲間に誘うのを辞めた。


…その優しさは好き…だけどな。


でもあのパーティのリーダー、今の彼女が所属しているパーティのリーダーだけは…



――ステラだけは違っていた。



彼女を初めて見た時の事は今でも覚えている。


一年前、俺が冒険者なりたての頃。


クエストを受けるためにギルドに通う、そんなにありふれた一日だった。


受付嬢の上擦った声を聞いたのが。



――レベル49!!??



それは完全なやらかし、情報一つの差で死ぬのが冒険者という職業。


その冒険者の情報を大声でばらすとかタブーってもんじゃない。


それでもあの場にいる人達は俺を含めて、――そんな事より、と思った。


何かの間違いではと、聞き違いではとみんなが思った。


だって、ギルド創立者で、生涯数多くの秘境を踏破しダンジョンを攻略し、レベルの仕組みと色んなノウハウを残した偉人であり。


凡そ二百年前に生きたSランク冒険者――冒険王と呼ばれた男は70歳以上まで生きたという記録だけど…


その彼が最終的に到達したレベルは、歴史に残る人類が到達した最高レベルの記録は――55だ。


それなのに、あんな年端も行かない少女が、花が似合いそうな少女が。


49?


異常どころじゃない。


おかしい過ぎる、幾ら何でも限度というものがある。


それはもはや天と地がひっくり返したようなもの。


圧倒的で、絶望的で、諦めるしかなくて、ただただ恐ろしい。


冒険者なら分かる、いや冒険者じゃなくても分かる。


レベルはそう簡単に上がるものじゃない。


疑いたくなる、何か自分達の知らない方法があるんじゃないかって?インチキなんじゃないかって?


もいっそインチキであって欲しいとすら思った。


自分の、人の理解の範囲内のものであって欲しかった。


レベル確認用のソウルクリスタルが故障しただけだと、祈りもした。


多分受付嬢も同じ気持ちで、別のソウルクリスタルに変えて、もう一度確認するために少女に頭を下げた。


そして、その結果は受付嬢の顔を見れば察しが付く。


驚きが消えないまま、信じられないものをみる眼差しで、ぎこちない笑顔で少女に色々と手続きを説明する彼女の反応はすべてをもの語った。


俺を含めてその場に居合わせた人達はみんな、恐怖した。


得たの知れない何かを見た、美しい少女の形をした何かを見た。


あれはホントに人間なのかと疑い始めた。


レベル、それは魂のレベルを指している。


そして殺した、奪った、喰った魂の総量を間接的にもの語っているもの。


何故ならレベルアップとは、他者の魂を取り込み、糧にする事で自分の魂を昇華させること。


つまりは殺した数だけ、喰った命だけ、経験値が手に入る。


その経験値とは他者の魂、色んな経験を宿っている他者の魂。


それが一定量になった時、必要の分が取り込んだ時自分の魂はレベルアップする。


だから、だから…


…いったいどれだけ?


その歳でどれだけを殺した?どれだけの時間を殺しに費やした?


たとえその相手は魔物でも、下手したら物心が付く前から、生きてる時間のほぼすべてを殺しに費やす彼女、費やせる彼女は……


果たして人間なのか?


怪物ではないのか?


理解できないなにかが、底の知れない何かがそこに居る。


彼女の傍には二人もの不思議な女性が居るのに。


仮面を被った美しい銀髪な女性、仮面を被ってても美しいと思える二人の女性。


そんなのが気にならないほど、その黒髪な少女はあんまりにも異質だった。


表情一つ変えず、美しいながらも恐怖そのものである黒の少女。


彼女が手続きを終えて立ち去るまで、その場に居た全ての人が声一つ出せなかった。


恐怖のあんまりに物音を出さないようにした、呼吸の音を出さない為に呼吸止めた人も居た。


彼女の黒い瞳に映されるのが怖くて仕方がなかった。


情けない、本当に情けない。


でも俺を含めた全員は思ったんだ、…未知の恐怖に見つめられたくない。


だけど、冒険者というのは馬鹿な集まりでもある訳で…


彼女が去った後、少し落ちづいたあと。


俺達全員は何だかんだ盛り上がった。


新たな伝説の始まりを目撃したのじゃないかって、騒いだ。


けど…


予想とは裏腹に、彼女は全然ダンジョン攻略はしないし、報酬が割に合わないようなクエストばかり受けて、ボランティア活動でもするかのように。


ほぼ無償で人助けみたいな事しかしてない。


それじゃ何のためにこの城塞都市に来てたのかが分からないんだというのに…


そんな人の注目を集め、眼立っているのに全然眼立つ事をしない彼女達のパーティはそれでもやはりどうしようもないぐらい、今でも人々の関心の的で。


俺も…今でも彼女の事を見ている。


これでも反省してたんだ。


想像を超えたものを前にして、思考停止とか、現実逃避とか、そんなじゃいつか死ぬだけだって。


だから、理解の外の何かではなく、ちゃんと見て、定めて、怖くても自信がなくても、それでも…!っと、言い続べきだった。


一つの目標にするべきだったんだ。


だから…


だからと言ってやぱっりあいつおかしくない?


エルンストが言うには彼女も変わったみたいだけど…


その変化というのは、以前はナンパしても無視されるだけで、今は言葉でちゃんと拒絶するようになったとか…


それにはなんの違いがあるかは俺には分からないし、彼女を相手にナンパ出来る度胸は流石だけど……


ううん…でも…確かにちょっと変わったか?


格好とかが…オシャレになったかもしれない?髪も黒と青のツートンカラーに染めたし。


以前はいつも無骨の服というか装備を着ているのに、今では肩出しパーカーを着ていたり、見えそうで見えないような丈のスカートを履いているし。


魔晶があるから恐らくアイテムストレージだとは思うけど、太ももにチョーカーを着けて自信たっぷりとその美脚を見せている姿はオシャレに興味を持つ普通の少女みたいで…


なんか逆に得体の知れなさが増したような気も……


噂によればマヒルが彼女を変えたとかなんとか。


いつもあちこちで人助けする二人だからな…それに一緒に居ると絵にもなる二人だ、なので当然二人とも話題には事欠かさない訳で…


例えば、彼女達の(ラブストーリー)はよく耳に入る。


ギルドだけじゃなく、それこそ巷の至る所までな。


殺しが出来ない優しすぎる最強剣士と想像もできない程数多くの命を奪って来た最恐の魔女か…


そりゃ話題にもなるな。


まあ、大体は誰かの主観が入った噂話だから真に受けるつもりはないが…


…あれ、詳しいな俺。


実は俺も結構な野次馬根性だったのかな?


それはそれとして…まだ来ないな、あの野郎ー。


などと考えたら現れやがったよ。


こん畜生。



「随分と遅いじゃないか。」



元々ここに踏み入れた瞬間君にこのセリフを言われるのを想像してたんだけどな…


まさか俺が言うとは。



「君と違って多忙なのでな。」



誰が暇人だ。


そりゃぁ、俺が勝手に早く着いたのはそうだけど…



「さて、これ以上言葉は不要…そも貴様とは言葉交わす口も無ければ時間もない。」


「本当一々嫌味を言うね…」


「貴様に嫌味をいう権利ぐらい私には有るとは思わないか?」


「言葉交わす口すらないじゃないのか?」


「ああ、だから喋るのは私だけだ、貴様の言葉はすべて無視する。」


「こいつ…」



とまあ…軽く口を叩きながらも、エドリックも俺も剣を抜いて構えた。


やれやれ、一人の女のために男二人が争うか…まるでロマンス小説だね。


まあいい、今はお前を正当にぶん殴れる手段があるならそれでいい。


…案外、この澄まし顔野郎も同じ気持ちかもな。



「「――!」」



特に合図はなく、それでも俺たちはほぼ同じタイミングで互いに向かって距離を詰め、剣を振るった。


剣のぶつかり合う音は素早く響き出し、闘技場内で絶える事なく何度も。


俺も彼もただ全力で剣を振るった。


だけど、すぐに気づく、いや何となく分かってはいるんだ。


剣技は彼のほうが上だと。


鍔迫り合いの最中でそれを実感し、圧倒され始める。


悔しいな…、でも――!



「炎!?」



剣戟の最中、いきなり口から炎を噴出されたら流石のエドリックも驚いて距離を取ったらしい。


俺の口から出た炎は魔法でも何でもない。


ただのトリックであり、口の中に仕掛けた道具だ。


手品のようなもしくは大道芸のような、ちょっとした小細工でしかない。



「卑怯とか言ってくれるなよ…!」


「まさか、そんな馬鹿な事を口にする冒険者はおらんよ。」



クソ…余裕綽々しやがって!




□■□■□■




おおー、なかなかやるね。


流石主人公くん。


その戦い方には貪欲さがある。


使えるものは何でも使ってやるという貪欲さが。



「ステラ?」


「ん…なに?」


「…近いんだけど。」


「嫌だった?」


「いや、そういう訳では…」


「ならいいじゃん。」



少しからかうように言ったら、マヒルは何やら難しい顔で黙り込んでいた。


んん…このの距離感はあんまり良くないのかな…?


あと、さっきからキアラの仮面越しな視線が気になる…


アイシャは…主人公くんの戦いに集中しているな。


私も、今は折角なので主人公の実力を観察したいかな。


彼の実力を直線に見るのは幻影魔法を使った時以来だからね。


本来彼とその仲間達が遭遇するはずだったボス、異教のトルスト。


私が4年前に倒してしまった為、彼らはもう遭遇するはずのないボスキャラ。


それはこの先にどんなバタフライエフェクトを引き起こすのかは分からないし、あんまり意味はないのかもしれないけど。


私は念のため、彼らが遭遇するはずのタイミングと場所で、幻影魔法を使って彼らに幻影のトルストと戦わせた。


その時は確かなレベル差もあるから、簡単に掛けられた。


例えその戦いはただの幻でも、彼らにとってはいい経験になるはずだよ。


チート能力を持つ敵の理不尽さを体験出来たからね。


そして彼らは少し違和感を覚えても、トルストを倒したと信じてくれた。


あれから数か月。


彼らはもうランクAまでに昇格した。


それはつまり昇格条件の一つであるレベル30以上を達成したという事。


彼らの初期レベルがゲームと同じなら、一年の冒険でそれは充分早いと言える。


この一年間の密度は相当なものだろうね。


私というイレギュラーのせいで霞んで見えたけど、実際彼らを評価する冒険者は多く居る。


そして、そんな彼らのリーダー、主人公であり、実は光の勇者でもあるルインは今私の予想以上の実力を見せてくれた。


正直な話し、舐めてた。


幾ら主人公でも今はまだゲームでいう所の中盤の直前。


流石がの主人公でもまだまだ未熟…と思っていたのだけど、これは…なかなか…


確かに、剣の腕はまだ未熟、だけど直感というか、センスの類でそれを補っている。


そして素早くもトリッキーな動きで敵を翻弄し、更には魔法の代わりに色んな道具を使う。


いやむしろ、彼の戦い方は道具の方がメインなのかもしれない。


彼にとっての剣はひょとすると、ただの道具の一つかもしれないね。


煙玉に飛び道具、雷を召喚するマジックスクロールに痺れ罠…いつ張ったんだだろう?


普通に気付かなかった、彼の動きにはやはり目を見張るものがある。


未熟な所は有るけど…決して舐めていい実力ではない。


それはレベルが高いだけじゃ出来ない動き。


訓練若しくは、やはりセンスというものがあってこその動き。


主人公くんが冒険者になった時、イケメン貴族さんはもう既にランクAなんだから、レベルの差と経験の差は確かなもの。


それに流石に貴族なだけあって、いい装備を用意するルートも財力もある。


全ては相手側の方が上だというのに、おまけに魔法戦士とか…よく食らいつけるね。


多くのRPGでは魔法戦士みたいな職業は結局中途半端で、物理も魔法もそれ専門の戦士職と魔法職に劣るパターンが多いけど。


このゲーム、この世界では違う。


魔法剣士と名乗れる奴はみんな優秀な戦士にも魔法使いにも劣らない身体能力と魔法運用能力を持っている。


つまりは戦士としても魔法使いとしても優秀だ。


というか、そうじゃないと魔法戦士を名乗れない。


この世界では、戦士とか魔法使いとか、そういう職業は試験に合格した者しか名乗れない。


一種のライセンス取得試験…みたいなもの、だね。


つまりその魔法戦士なイケメン貴族さんは、欠点の一つもない、全ステータスが高い上に、強力の戦士スキルと魔法を行使し、装備までトップレベルという強敵だ。


ゲーム中でもこの一対一の決闘イベントには手こずったよ。


ゲームの時はとりあえず決闘の前に仲間にバフをかけてもらったけど、流石に現実の決闘じゃそれはなしか…


ちなみに魔法戦士という職業だけど、当然のように味方にはそういう職業なキャラはいない。


そういう設定上如何にも強い職業のキャラは基本全部敵と思っていい。


…ちょっとムカついて来たけど、冷静冷静…今は主人公くんの決闘に集中だ。


魔法戦士の彼は物理攻撃にも魔法攻撃にも耐性があって、その上見ただけで硬いと分かる程の魔法鎧いを着ているので、主人公くんも流石に攻めあぐねている。


一方イケメン貴族さんは派手な広範囲魔法と強力もしくは素早い斬撃を使い分けて、主人公くんにダメージを負わせている。


なんとか直撃だけは避けて来たが、明らかに不利な状況。


さて、どうやってこの状況を覆すかな?主人公くん。




□■□■□■




こいつ…!雷を呼ぶマジックスクロールを使ったお返しとばかりに広範囲に雷を呼ぶ魔法を使いやがった。


俺の魔法の方が強いという主張か!?


【魔力探知】を習得しなかったらやばかった…!


【魔力探知】のおかげで魔法によって呼び寄せられた雷の予兆を何とか察せたけど…流石に雷を連続で避けるのはキツイ。


うん?地面の魔力の流れが――!?



「く…っ!」



急に鋭く伸びて来た地面、急いでよけたが掠られた。


地形を変える魔法、土属性の魔法…!


――ええい!考えるだけじゃ状況を打破出来ない!


無茶無謀無理でも先ずは動かないと!!


自分を貫こうとする土の棘を、地面をよけながらエドリックに向かって走る。


愛用している速度上昇の魔戒のおかげで俺は何度か掠られたけど、それでも何とか走り抜け、あいつに近づけた。



「ほう、前に出るとは。」



驚いた風に、そしてやはり余裕を感じる様で。


見れば見るほどムカつくその顔に一発を入れる為に足を止める事なく。


剣を飛び道具として投げて彼の視線を一瞬逸らし。


彼の顔面に向けて全身全霊のパンチを放つ――けど防さがれた。


悔しい。


けど予想通りだからすぐざまにそのまま走って距離を取る。



「!?」



彼が自分の足元にある爆弾を気づいた時にはもう遅い。


ドカン!!!と、大きな爆発が派手に炸裂する。


とっておきだ。


値段が高かったから一つしかなかったけど、流石の威力だ。


でもあいつはまだ倒れない、そんなヤワな奴じゃないはずだ。


だけどダメージもきっとあるはず!


だからまた走った。


足元が崩され、煙で視界が覆われ、彼も少しは焦るはず。


冷静さが少しでも欠いているなら…!


今は爆発の煙りはまだ消えてないが魔力探知で大体の位置を把握できる。


それは相手も同じだけど、俺がアイテムストレージから何を持ち出したかまでは把握出来ないはず!




□■□■□■




「へー…」



これはまた思い切ったね。


闘技場内、煙に包まれた場所へ突進する主人公くんが手に持っているのはさっきの爆弾なんかよりずっと高価なものだ。


多分買うのに苦労したし、マジックスクロール同様一回限りしか使えないものだから。


それを迷わずこのタイミングで使うのは何というか、本当に良く思い切ったな…


私も四つしか持っていないそれはRPGゲームにおいては割とよくあるアイテムだったりする。


【リフレクトデバイス】。


その効果は三分間だけあらゆる魔法を反射するという。


いざという時に命を助けてくれる貴重なアイテムなのに、決闘とは言え、私情のもつれでそれを使うのはホントに良く思い切ったと思う。


いや…それだけ、思いの籠った決闘だと考えるべきかな…?


ともあれ、流石のイケメン貴族さんもこのタイミングで主人公くんが【リフレクトデバイス】を使うのは予想外みたいで。


煙で見えない主人公くんの位置を魔力探知で察知し、何かを仕掛ける為に急接近して来たのを分かった瞬間、すぐさまに反射行動で魔法を発動したらしい。


その結果、言わずもがな。


波のように襲い掛かる炎が主人公くんに触れた瞬間全てが反転してイケメン貴族さんに流れ込む。


そうした集った炎が更に爆発的に燃え上がり竜巻のように渦巻き、やがて空まで届き。


危機感を感じてとりあえず強力な魔法を放ったイケメン貴族さんの負けかな?


炎と煙が晴れたその時、主人公くんは至近距離まで接近し、よろめいたイケメン貴族さんに向かって【プリズムバースト】を放った。


全魔力を消耗する代わりに消耗した分だけの威力を放つ魔法。


だからこそかな、その魔法には一つの性質がある。


その性質は何の実用的な影響はない、結局はただの無属性魔法だからね。


でもその魔法は使用者の魔力性質を表す。


私とは反対的に、溢れるばかりの眩い光だ、正に光の勇者と言わんばかりな綺麗な魔力の奔流。


その奔流は観客席を守るための防御結界にまでぶつかり、結果少しひび割れたけど観客席にまでは攻撃は届いてない。


それでも、バリアの後ろにいる観客は冷や冷やしただろうけど。


それにしてもズルいな主人公くん。


剣を主軸にして戦う癖に魔力量はそこそこあるなんて。


それってつまり使ってもまだまだ戦闘継続が出来る事で。


私なら【プリズムバースト】を使った瞬間無力になっちゃうよ。


まあ、ナチュラルに魔法反射してくる敵もいるから安易に放ったらそのままゲームオーバーする事もあるけどね…


おかげで今でも知らない敵と戦う時には先ず、一般的な攻撃魔法で反射が来るかどうかを試す癖があるよ。


まあ、何はともあれ、勝利おめでとう主人公くん。


…これで鬱パートが正式に始まっちゃったね。


頑張れば頑張るほど失う地獄の始まり。


愛情も友情も信頼も名声も思い出も仲間も。


全部数えるように一つ一つ失う。


まずはいい感じになってた領主代理さんだね。


嬲り殺された彼女は残された最後の息でただ主人公くんに一つだけ聞いた。



――どうして助けてくれないの?



その後、何だか実力を認められ、好敵手みたいな関係になったイケメン貴族さんにも失望され。


その後も色々あって……まあ…とにかく、気が滅入るね。


正直迷いがあるし、自信もない。


でもやる事は決まったから……


先ずは。



「マヒル、デートしよ。」


「…いきなりだな。」


「いきなりだけど唐突って訳じゃないでしょう?日頃から積極的なつもりだけど?」


「…まあ、その通りだが…。」


「ダメ?嫌だった?」


「そういう訳じゃない。」


「ならいいじゃん。」


「……」


沈黙と苦笑いか。


とりあえず、その反応は満更でもない…という事にするよ。


じゃないと私は何も出来ないからね。



「ええ~私も一緒に行きたいのです~!大体なんでいつも二人だけなのですー?」



甘えてくるキアラには残念だけど、断るしかない。



「ダーメ、マヒルと仲良くして良いのは()()()。」



アイシャは何も言ってこない、まあデートするのも初めてって訳じゃないしね。



「それじゃまた後でね。」


「お…おい…」



困惑気味なマヒルを気にせず、彼女の手を引いて私はそのまま闘技場を離れる。


さて、先ずは君を救う事からだよ、マヒル。




□■□■□■




「…まーたふて腐れ面なのですー。」


「…は?誰が?そもそも仮面を被ってるんのですから分からないんでしょ?変な事を言わないでください。」



まったくこの子は、何を馬鹿な事を…



「……」


「なんです、先から…」


「ステラもバカだけど、アイシャもバカなのです、バカなステラ相手にちゃんと口にしないと何も伝わらないのです。」


「だから先から何なんですか…私は別にステラに言いたい事はありませんし、彼女がマヒルとデートした所で何とも思ってませんから。」


「誕生日プレゼントの代わりにずっと傍に居てと言い出す女がよく言うのです。」



……え?



「なんで知って――!?」


「よー!そこの仮面美人のお二人さん、奇遇だね~君たちも決闘を見に来たのか?ステラの嬢ちゃんは?見当たらないけど何処かに居るのか?」


「うわ、またバカが現れたのです…」



この男…確か、エルンストって名前の、…ルイン(あの子)の仲間の一人で、いつもステラにちょっかいをかけてる不真面目な男。



「マヒルとデートをしに行ったのです。」


「げ…マジかよ、あいつらホントにそういう関係だったのか……」



は?



「違いますけど?」


「へ?」


「違いがいますから。」


「お、おう……」



断じて違います。



「……しかしステラの嬢ちゃんもダメか……、なあお二人さん?良かったらお茶でも――」


「バカは嫌いだから嫌なのです。」


「お断りします、私は男に興味はありませんから。」


「…ああー、はい、…お邪魔しましたー…」



情けない顔で去って行く彼を見て思わず溜息が出た。


まったく、こんな人が命を預かる仲間で本当にいいの?ルイン。



「正直の話し、アイシャはマヒルの事をどう思うのです?私あの人と全然仲良くなれてないのです、いや、別に仲良悪いではないのですが…いまいちよくわからないのです。」



それは…



「私も同じよ。」



もしあの人がステラのアプローチ(?)に対し少しでも喜んだ反応を見せたら内心で舌打ちをしてた所ですが…


無表情な顔で無感情な声のままで積極的に迫られ続けるマヒルは明らかにいつも戸惑ってる訳だし。


まあ…それはそうね、ステラは確かに言動が変わったけど、変わったのは言動だけ。


人形みたいな無表情も、機械仕掛けのような起伏のない声も、今でも変わらない。


それなのに、言葉遣いも格好も仕草も普通の女の子みたいで…


まだ、知り合って一年近くのマヒルには訳が分からなかったでしょう、幸が不幸かこの一年のステラはまともな人助けしかしてないから。


だからマヒルはまだ見たことがない、間違いと自覚しながらも勝手に誰かを救おうとするステラの歪さを。


そして彼女がそんなステラを知るのは…恐らく…



「まあ…大方、なにか問題を抱えているのでしょう…だからステラがあんな言動を取ってまで彼女にアプローチをし続けた。」


「やっぱりそう思うのです?私もそう思うのです、多分助けるには必要な事だと思ったから……あのバカはマジで真顔で何をしているんのです…でもですよ。」


「?」


「そんなバカなステラがバカなり頑張り続けたおかげで、最近のマヒルは段々受け入れて来たと思うのです。」



それは…



「だからバカなアイシャもとっととステラをデートに誘えばいいのです、どうせステラはアイシャにゲロ甘なのですから。」


「…だから私は別に…。」


「翌年の誕生日にずっと私の手の届く所に居てとお願いした女がよく言うのです。」


「――!!!」



だ、だからどうしてそれを――!?




□■□■□■




相変わらず賑やかな街並みだね。


活気に溢れ、そこかしこに人の姿が見えるし声が聞こえる。


さて…デートとは言ったけど、正直いつもどうしたらいいか分からないから結局あちこちぶらつくだけなんだよね。


ので、結局今回も何度か来たことある市場にやって来た訳だけど…


いつも色んな屋台が並んで、鮮やかな布地にに宝石、多種多様な香辛料に食料品、珍しいアイテムなども見かけてるけど。


実はここでものを売っている人達の多くは行商人だから、並んでいる屋台も度々変わる。


でもいくら変わっても結局ここは色んなものが集まって来るから大体のものはあるし、偶に掘り出し物ものもある。


ゲーム中でも違う日に来れば違うものが売られていたりする感じの場所だ。


そんで、この商品の宣伝やら客引きやら値切りやらの声が響き渡り、活気溢れる場所の中で私は――ぼったくりまがいなことをしている。



「いやいや、お客様いくら何でもそのお値段は無理でございます。このお守りは遠い東の国で入手した物で、霊狐の力が宿り、持つ者には福をもたらす霊験あらたかな優れものでございます。そのようなお値段では――」


「魔法使いの目は騙せないからね?」


「………じゃなんで買うんだよ。」



うわ、急に悪態をついたよこの商人。



「デザインが気に入ったから。」



御利益云々はでたらめでも、そのお守りはいい感じのアクセサリーだと思う。


小さな白い狐のお面みたいなストラップ、シンプルだけどなんかいい味出しているんだよね。



「ではやはりこのお値段は――」


「叫ぶよ?ここの商品はインチキですよーって。」


「チッ、持ってけ泥棒。」


「わいー、タダでくれるのー?」


「ちょっ!?タダとは言――」


「ここの商品は――!!」


「持ってけマジもん泥棒!!!」


「――いいものが揃ってるね!」



わはは、楽しいー。


何か楽しいかというと、去り際に見せた苦いものを吐き出せない店主の顔が一番楽しい。



「別に金に困っている訳でもないだろうに…」



ずっと隣で見て来たマヒルは相も変わらずの苦笑い。


まあ、確かに困ってない、ぶっちゃけ値引きする必要すらないほど私の懐が暖かい。


でもそれはそれとしてだよ。



「楽しいから。」


「楽しい…のか?」


「ん、ほら、あげる。」


「え?」



偽の御守りだけど、多分東の国からと言うのは本当だ。


デザイン的にもこの国のものじゃないし、完全に和風のデザインだから。


東の国って何かと日本に似てるんだよね。


この作りこみと雰囲気ならパチもんって事はないと思う。


まあ、その日本に関する記憶も曖昧だから、あんまり自信ないけどね。



「…気に入らなかった?」


「……いや、ありがとう。」


「ん。」



良かったー。


故郷の事を懐かしんでいるのはなんとなく分かるんだけど、思い出したい記憶がどうかまではちょっと分からないんだよね…



「お返しに…何か買ってあげよか?」


「え?いや、悪いよ。」



だって、ほぼぼったくりみたいな真似で手に入れた物だし。



「遠慮するな、…そうだな、確か青色が好きだったな?」


「え……あ、…ん……好きだよ。」


「そうか。」


「?」



どこに行くの?


私を置いて先に言った彼女が向かうのは…近くの屋台。


アクセサリーを売っているみたいだ、しかも殆どが宝石が付いているやつ。


宝石はこの世界でもみんな大好きだから高いんだよね。


…ちょっと待って。



「待っ――」


「毎度あり~」



もう買った!?



「これ、良かったら貰って欲しい。」


「……」



あの…どういうつもり?


なんで御守りのお返しがサファイアのブローチな訳?


どう考えても釣り合わないでしょ。


君はお金に余裕がある訳でもないのに。


一緒のパーティになって一年近く経っただけど、殆ど私のエゴで金にならない仕事ばかりやってるよね?


その小さなブローチは果たして何か月分の稼ぎかな?


心苦しし、申し訳ない気持ちでいっぱいいっぱいだけど?


何か私に対して勘違いしてない?私は何も別に何も感じない訳じゃないんだよ?


ただいつでも自分の気持ちとか大切なものとかを切り捨てる心の準備をしてただけで、いっざという時は迷わないだけで普通に心ありますよ?


いつも表情が死んでるのも、声のテンションが低かったのも全てそういう心構えの影響みたいなもので、後は単純にコミュニケーションが下手なだけで普通に罪悪感ありますよ?


いくら宿泊費とか食費とか生活費の諸々はリーダーの私が負担しているとは言え普通に…重いです。


大体今までこちらの行動に対して特に何も反応を返してくれなかったじゃん?


初めての贈り物でいきなり給料何か月分の宝石を送らないでください、重過ぎて胃が死にます。


返品――と言いたいんだけど、なんでいつも増して真剣の目な訳…?


言い出せなくなっちゃうよ…



「君には…いつも色々と貰ってばかりだから…」



そんな色々あげた覚えないんだけどな…


でもここで断った方が彼女は悲しむような…


はいはい、負けました、その真剣な眼差しに負けましたよ。



「…大事にする。」


「ああ、そしてくれると嬉しい。」



……ああ、もう。


こうなったら、もっと色々お返ししておこう。



「…次は服屋さんの所に行こう。」



そう、服屋だ。


鍛冶屋ではない。


私は今まで低レベルの装備しか売らない服屋なんて行った事もないし、これからだって行く事はないだろう。


でも今から行く服屋は決して安物の装備を売る所じゃない。


デザインと性能、そのどちらも兼ね備えているものしか売らない店だ。


Aランク冒険者や貴族といった金に余裕がある感じな人向けの名店。



「は…?」


「今日こそは何が何でも君の装備を最高レベルなものにするから。」



例え私の首を絞める事になってもね。



「いやいや、待ってくれ…まさかモーダさんの所に行くのか?そこは――」


「ほら、行くよ。」



問答無用。


そもそも最初からパーティメンバーの装備は全部最高のものにするつもりだったのに、私が金を出すからって変に遠慮するから…!


なので、もう君の言葉は無視する。


このまま手を引いて店に向かう。


それにしても…このブローチやぱっり着けた方がいいよね?


………青く澄んでいて、どこまでも澄み渡る空のような色だ。


それはまるで――――――――――。




□■□■□■




「帰ってください。」



店の前に着くなり小さな女の子に帰れと言われた。


…誰だろうこの子?


というか、ちょっとショックだな…


私、出禁にされるような事はしてないはずだけど…



「なんで?」


「ここはあなた達のような平民が来ていいお店じゃありません!品格が下がります、帰ってください。」



随分な言われようだけど、ここの店いつからそんなルールが出来たの?


私、それにアイシャもキアラも、ここの店で装備を揃えたのだけど。


本来は別の所で、性能のみで決めるけど…


人とは贅沢なもの、余裕があればもっと求めるようになるもの。


つまり贅沢とは人間らしさと思うんだ私は。


マヒルには私の事を好きになってもらわないといけないから、私は人間らしく振る舞うと決めた。


この言い方だとまるで私は人間じゃないみたいだけど決してそんな事はなく、私はごくごく普通な人間だ。


ただ立派な人間とは言えないのは自覚がある。


色々とズレているのは流石に分かるので。


だから私はとりあえず取り繕う事から始めて、同年代の娘を観察してそれっぽく振る舞う事から始めた。


だってそうじゃないとマヒルに好感を持たれるとは思えないから。


だってそうでしょう、表情も声も何考えてるか分からないような感じの、魔物をぶっ殺してレベルアップする事しか考えてないような、独りよがりに誰かを救う事しか考えてないのにその誰かの事は全然考えてない頭のおかしい女を誰が好きになる?


取り繕くわないとね。


…さて、話を戻すけど、このなかなかに小生意気な小娘をどうしよか。



「はい、これ何か分かる?」


「…!?」



私がアイテムストレージから持ち出したのは一枚の白金貨。


この娘の反応を見るに、どうやら白金貨の事を知っているみたいだけど、まだまだ子供だ、少し授業をしてやろう。



「白金貨というのはね、金貨よりもずっと価値があって、ぶっちゃけると多くの平民が生涯をかけても一枚すら手に入らないような代物なんだよ。」



ゆっくり語っている内に女の子の顔色が段々悪くなって来たけど、気にせず続ける。



「そしてこの国では貴族という肩書きは買えるもので、その肩書きがあれば色々と便利でね、だから金を稼げてる平民…つまり、豪商とかトップレベルの冒険者達は大抵買っちゃうものだよ。」



一息を入れて。



「じゃ、ここで質問、私は平民か貴族かどっちでしょ?」


「……こちらの軽率な判断でお客様に不快な思いをさせてしまって申し訳ありません、二度と同じ事がないように心掛け――」


「ま、私平民だけどね。」


「――……帰ってください!!」



からかい甲斐のある娘だ。



「こらこら…ステラ?」



マヒルに咎まれちゃった。



「はいはい、()()は帰るよ。」


「二度と来ないでください!」


()()()、お嬢ちゃん。」


「 ヽ(`Д´)ノ!!!」



ん、ホントにからかい甲斐のある娘だ、次会ったら、またおちょくろう。


しかし参った、今日こそはと思ったのに…


装備がダメだったら、お返しはどうしよう…



「……剣の修業でもするか?」



珍しくマヒルの方からそんな提案をした。



「それは…、またどうして?」



剣が好きなのは私であって君は違うでしょう?


その剣才とは逆に、剣自体に大した興味はない。


ただそれでも剣才が凄まじく、剣…正確には刀を扱うのが超人的なレベル。


そんな君に、私が剣を教えてとお願いしたのは趣味を楽しむのも人間らしいし、ついでに二人の時間も増やせると思ったからで。


とは言え、私は今のところ実戦で剣を使うつもりはない、私は明らかに魔法の方が向いてるからね。


魔力量といい、レベルアップ時に魔法ばかり覚える事もそう。


私は明らかに魔法特化に成長するタイプだ。


だから剣は飽あくまで趣味、全力で楽しむ趣味でしかない。


どの世界でも殺し合いは遊び感覚で剣を振っていいものじゃないからね。


だから精々未練がましく魔法の杖を剣の形にして、魔法の研究に勤しむだけ。


えっと、話がそれたけど、要するに私にとって剣の稽古は楽しい時間ではあるけど、彼女にとっては別に楽しくも何ともない時間のはず。



「デートはお互いに楽しくやるものだろう?」


「え…そうだね?」



そう思う、思うけどどうしてそんな質問を?



「君に稽古をつけてる時間は楽しいから。」


「え…、そう…なの?」



む、いい笑顔。


何で今まで特に私のアプローチに答えてくれないのに、急にこんないい感じになったんだろう?今日は何だか変だよ?もしかして私殺されるの?



「じゃ…お言葉に甘えて…」



ダッシュで行こう。




□■□■□■




「はつ!」



楽しい…!



「ふん!」



凄く楽しい…!



「…つ!」



超楽しい!!


…の割に声にやる気も熱も感じないかもしれないけど、めっちゃ楽しんでます。


城塞都市の門を出てすぐな所。


鹿の角のように枝分かれした樹木に囲まれてるここは私達が稽古をする時いつも利用している場所で。



「そこ!」



剣の稽古(楽しい時間)を沢山過ごした場所だ。


刀は厳密には剣とはジャンル違いかもしれないけど、私にとってそんなの誤差の範囲だよ、私にとっての剣はそもそも一種の概念だし。


なので私としては満面の笑顔で木刀を振ってるつもりだけど…多分いつもとあんまり変わらない顔なんだろうな…


それにしても流石マヒルだよ、立ったまま、一歩も動かないままなのに未だ私は一撃も入れたない。


悉く私の剣が全て振り払われた。


反撃する事もなく、ただ突っ立ているだけなのに一撃すら当てられる気がしない。


いくら私は魔法特化とは言え、レベルも装備も差があるのに。


流石最強の仲間キャラだよ。


ゲーム中ではどんな攻撃でも必ず敵に1HPを残すような特殊キャラだけど、速さは断トツだし、【剣の極意】という全ての攻撃が防御無視になるスキルを持ってるし。


最初の仲間に彼女が居るだけで中盤までの戦闘が凄く楽になる。


初めてプレイする時、最初の仲間はランダムに決められる事を知らずにやってたから、彼女の特殊性に気づけなかった。


他の仲間と違って、彼女だけはもし最初の時に仲間にならなかったらもう二度と仲間にできる機会はない。


つまり前世の自分は最初からいきなり仲間ガチャを大当たりしたって訳。


良くも悪くもというか、いい事なだけじゃないんだよねー。


間違いなく最強の味方キャラではある、というか最強すぎる味方だ。


でも鬼畜ゲーなので当然特大の爆弾も持っている。


まあ、それを解決する為にも今は頑張っている訳で…!



「――!」



全身全霊で隙ではない程の隙、でも今までの一番の隙を狙って木刀を振るう。


…普通に避けられた、…え?



「――あ…」



何やら少しボケた声を漏らし、彼女は私に向って木刀を振るった。


ちょっ…反撃するの!?話が違――つ!


やば、反射的に木刀で防いだけど、それじゃダメだ…!


まるで豆腐を切り裂くように木刀が綺麗に両断され、真剣以上に危険な木刀が私の首に向かって来る。



「つ!!」



またも反射で、でも今度は一瞬に判断をした後に反射的な動き。


彼女も慌てて止めようとしたおかげで剣速はいつもよリ遅いが、やはり魔法の発動は間に合わない、なので身体をそらしながら折れた木刀の柄で迫りくる木刀の刀身を叩く。



「――……。」



何とかそれで斬撃をそらした…


怖かった…いや、なんで君が驚くの?驚くのはこっちだけど、驚くというかビビったよ。


マジで。



「…ステラの上達ぶりは実に目を見張るものがあるな、…元から身体の動かし方が上手いだから?」


「実戦経験だけは積んだからね。」



魔法使いが何で実戦で身体の動かし方を学べるというと、それは私が特例だからで…


どういう事かというと、つまりだな…普通魔法使いは前線で身体を張らないんだよ。


それに…最初は碌に魔法も使えないのに短剣一つで突っ込んだからな私…、我ながら無茶苦茶だよ…


正直生き残ったのは運が良かったからとしか、…運が良かったから私は強くなれた。


だってあんな無茶をしたら、普通強くなる前に死んでたよ…


でもなんだかんだ生き残ってしまったから…私はまあ…剣術とかそういう武器の術理は知らないけど、効率的な身体の動かし方とか得物の振り方…まあ、つまり身体を使った戦い方はそれなりに経験を積んでいる。


そういった経験が少しでも役を立てたのかな…



「そうか…、…ひとまず今日はここまでにしておこう。」


「…大丈夫マヒル?顔色悪いよ。」


「あ、ああ…大丈夫だ…その、さっきはごめん。」


「気にしないで、…ホントに気にしなくていいから。」


「…ああ、じゃ…戻ろうか。」


「ん。」




□■□■□■




「お帰り。」


「ただいまー。」



アイシャに返事をしながら私は部屋の扉を閉めた。


さも当然のようにベットの上に座る彼女は寛ぎながら本を読んでいる。


もしこの光景に慣れていなければ私は自分が部屋を間違ていたのか、もしくは私達実は同じ部屋を貸していたのかと考え始めるかもしれない。


でもここは間違いなく私の部屋だし、私達は同じ部屋を貸している訳でもない。


うちはホワイトだからね、パーティメンバーにはそれぞれ個室を用意してあるのだよ。


例え受けた依頼は金にならなくっても、私には以前からの蓄積があるし、何よりあの館にある骨董品とか美術品とかを売っぱらって手に入れたお金がある。



「ん、早く座ったら?」



ポンポンと自分の横にあるスペースを叩いている彼女は顔を本に向けたまま、少しだけ流し目でこちらを見る。


特に断る理由もないので、私は普通に彼女の横に腰を下ろした。


主人公くんに身バレしないための仮面は外しており、成長した彼女の顔が露わになっている。


そんな彼女の顔を見て思う。


美少女という言葉の存在意義はここにある、その綺麗で可愛い顔を、あどけなさを残る少女の顔を言い表す為に美少女という言葉が産まれたのだろう。


短く切ったその髪もまた彼女に良く似合う。


不思議とクールって感じよりも儚い美少女って感じがする。


そしてそんな儚げな美少女の横顔が今、少し不機嫌が滲み出た。



「…何か怒らせたかな?」


「別に、なにも怒ってないわ。」


「そうだね、どっちかというと拗ねてるだけだね。」



わざと私の所に来て不機嫌アピールだから。



「…ふーん、じゃなんで私が不機嫌なのか、当ててみて。」



さて、何でだろう?


今日はいつも通りの一日で、私は特に何かをした訳ではないはずだけど…


だとすれば、考えられる可能性はあれかな…?


いままで溜まったものが爆発した――的な?


分からん、分からんけどもしここで分からんと答えたら彼女は本気で不機嫌になり、怒り出すのであろう…では私はどうすればいいのか?


もしここにキアラが居れば私は彼女に助けを求める事もあるいは出来るかもしれないけど…


残念ながら、そして当然ながら彼女は私の部屋にはいない。


絶体絶命。


もはや私に出来る事はただ一つ――



「はいプレゼント。」



アイテムストレージから持ち出すのは一冊の本。


タイトルは『可愛い(温厚とは言ってない)魔物図鑑』だ。


さっき市場に行った時に適当に買い叩いた一品である。


彼女はこういう本に興味があるはずだし、そして未所持でもあるはずだから。



「…ごめんね、また怒らせちゃって。」



まるで謝るために買ったように、謝罪の品であるかのように、自分が何で怒らせたのかが分からないのにまるで自分は何が悪いのかを知ってるかのように話を進める。


強引に誤魔化して謝る、もう私に出来るのはこれだけだ。


さて、どうなる?



「…バーカ、こんなので誤魔化せるとでも?」


「……」



はいダメだった。



「本当バカ…」



…おや?ひょとしてちょっと効果あった?


そこまでの怒りを感じない、これは助かったかな?



「この城塞都市は来月に建城祭があるらしいよ。」



ふむ……ここでその話題を出すって事は…誘え!って事でいいよね?



「じゃその時はキアラとマヒル――」


「……」



彼女達の名前が出た途端、アイシャの目が明らかに冷たくなったので。



「――は置いといて、二人で行こう。」


「…ふん。」



よし、セーフ…!


そんな訳で、一つの約束を交わし、機嫌が治ったアイシャと一緒に『可愛い(温厚とは言ってない)魔物図鑑』を読みながら時間を過ごした。




――凡そ一週間後、主人公くんが東のダンジョンを完全攻略した消息が広まった。


その果報は凶報であり。


惨劇は始まる。




□■□■□■


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ