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剣編・前編

よくあるお話し。


異世界転生、ゲームの世界に転生したやつ。


もちろんフィクションの話し、なろう系と呼ばれるタイプのラノベの話し。


でも私の身に起こる話し、今私の現実の話し。


前世の記憶はうろ覚え、でもなぜかそのゲームの事だけはハッキリと覚える。


タイトルは覚えてない、覚えるのはゲームの内容だけ。


なかなかに鬼畜ゲームで、初見殺しが当たり前なゲーム。


シナリオもなかなかに鬱で、避けられないキツイ展開が待ち構えてる。


フリーゲームなのに、結構な作りこみで自分には凄く刺さったゲーム。


夢中になって徹夜までしてクリアしたねー。


…そして、そんなゲームの世界に転生した私は隠しボスに転生した訳。


ゲーム内だと一切物語に関わって来ないだけど、とある辺境の街でその隠しボスに会える。


LV99で闇魔法を極めた隠しボス(彼女)もまた初見殺しな存在で、闇属性のダメージを90%カットできる貴重な装備を装着しないと貫通攻撃魔法で一撃全滅。


例えその装備を装着しても勝てるかは話しが別で、確率即死攻撃、HP・Mpを70%ドレインする全体攻撃、様々な精神異常ステータスを付与する幻影魔法、後は純粋にダメージをカットしても普通に痛い闇属性の魔法攻撃。


一つのミスで全滅するような、最高の装備とありったけの貴重アイテムを全部惜しみなく使うくらいじゃないと勝てないようなやつ。


でも残念ながら今の私はまだまだLV99には遠い、LV41が今の自分だ。


これでも高い方だ、このゲームレベル上げが難しいのよ。


序盤の戦いで得られる経験値は250くらい、中盤は350、終盤400~500くらい。


敵がますます厄介になるのに経験値は大して増えない、メタルスライムみたいなモンスターもいない。


なのにLV13辺りから必要な経験値は一万越え、LV20辺りで二万超え。


流石「甘々なRPGに飽きた?ならこの激辛RPGを味わえ!ストレス100%の鬼畜仕様!これでもかのトラップ、状態異常攻撃が普通な雑魚達、一撃必殺が当たり前なボス、いくら有っても足りないアイテム!」を謳うだけのことがある…


レベル上げで力押しなんて許さないし出来ない。


前世の私もいったいなにをとち狂ったかそんな謳い文句を見てゲームに挑むなんて。


ゲーマーとしての自負か…満々と乗せられた気がする。


まあ、とにかくLV41はゲームでも現実となった今でも高い方だ。


むしろこの現実世界に於いては稀に見る高レベル。


12歳の子供がこんなレベルなんて奇跡…いや、狂気とすら感じる領域。


それでも私は寝食以外の時間をほぼすべてモンスター狩りに当てた、8歳から5年間毎日モンスターの血を浴びている。


自分が血を流す側になるのもしばしば。


なんでそこまでするのか?特に理由なんてない。


確かに自分で言うのもなんだけど、美しい少女に生まれ変わって、家族はいないけど莫大な財産は有って、世界を救うのも救えるのも主人公しかいなくて。


だから私は悠々自適と暮らせばいいだけの話だけど…


でも…


まあ、とにかく今私は主人公の故郷に向かっている。


よくある主人公の背景設定だけど、主人公の故郷は滅ぼされる。


ゲーム開始時に軽く流されるナレーションによると日食の日に滅ぼされたとの話しだ。


つまり今夜…でしょうね。


私の目的はシナリオを変えるのではなく、あくまでその村の人達を助けるのであって、だからこんなギリギリまでに……間に合うといいけど。


シナリオの最後に主人公は世界を救う、だから私はシナリオを変える事を良しとしない。


間違いなく主人公の一生に大きいな影響を与えるこのイベントなんてもっての外。


でも助ける、レベル41で漸く習得したこの幻影魔法で。




□■□■□■




はい、いきなりやらかしましたし、間に合わなかった。


村は燃え上がったし、死体はあちこちで転がってるし、ボス達には幻影魔法が効かなかった。


そうだったね、ゲーム中でもボスに精神異常攻撃は効た事がないね。


幻影魔法で、敵たちに村人を殺した幻を見せ、主人公にも村が滅ぼされた幻を見せ、後はラスボス討伐までに村人達の生存を隠せば大丈夫だろうという考えが見事ご破算。



「なんだ?お前え…」


「ウ゛ララアアアアツ!!!」



目の前のボス達、異教のトルストと炎嗟のイグニスは私の幻影魔法が掛からないので当然めっちゃくちゃ睨んでくる。


と言うか聞いてない、書いてない。


モノローグでは異教徒達に滅ぼされたとしか言ってない。


幹部が二人も居るなんて聞いてない!


この日のためにいつ習得できるかも分からない幻影魔法のため、狩りマシーンとなってレベル上げして来たのに…いや、まだよ。


もう生き残りは僅か二人くらいだろうけど、それでも…


破綻するかもしれない、でもシナリオをギリギリ守る方法は有る。


だから先ずはこの二人を倒す事から…できるの?



「幻影魔法……貴様何者かは知らんが、我が主に捧げたこの心、この意志を汚せると思うな!」



憤る声、そして眼差しでこちらを睨む異教のトルスト。


顔を含め、全身を真っ黒な塗料で塗りつぶしたこの男は燃え盛る村の中で、アフリカの怖い仮面みたいな顔でこちらに向かって闊歩する。


こいつ、まさか純粋の意志で幻影魔法をレジストしたの?幻影魔法もそこまで万能じゃなかったんだね…



「ウ゛ウ゛ウ゛ラアア!!!」



良く分からない声しか上げられない炎嗟のイグニス。


全身まるで炎の塊のようなこいつはとっくに人の理性を無くしている。


人の形を残しているだけで中身は最早怨嗟しか残ってない。


だから幻影魔法が効かないだろうね…元からちゃんとした精神じゃないから。


でも取り敢えず、その他の異教徒達はみんな効いているみたいで助かった。


異教徒は色んな手段で状態異常を与えて来るからね。


普通に厄介なんだ…



「…あなたは…誰?」



後ろから幼い女の子の声がした、彼女…主人公の姉かな?


血の繋がっていない姉、そして多分初恋。


銀髪碧眼の美少女……のはずだけど、その顔は火傷でぐちゃぐちゃになっている。



「大丈夫、守るから。」



つい格好を付けてしまった、恥ずかしい。


まあ、何はともあれ、助けると決めたんのだから今更迷い事はない。


視線を前に向け、集中する。


異教のトルストは序盤で出て来るボス、しかしそれは何の安心要素にもならない。


他のステータスは普通だけど、攻撃力は一撃必殺。


彼の拳はあらゆるものを木っ端微塵にできる破壊力を持つ。


一撃でも当てられたら終わり、どんな装備でも関係ない。


徹底的に避けるしかない、ゲームでは回避率の上がるスキルを使い運たよりに戦うしかないけど。


現実は自分の力で避けるしかないね。


そして炎嗟のイグニスは中盤で出て来るボスだけど、こっちは相性が良い。


その体は物理攻撃無効だけど、私は魔法攻撃が基本なので。


念のために炎属性ダメージを50%カットする装備、炎の魔戒を起動する。


これで戦える、勝機は有る。




□■□■□■




――私は夢のような現実を見ている。


いつかはこうなると思ってた。


私だけじゃない、この村の人達ならみんな同じ考え。


しかたないと受け入れた、これも世界の未来の為だと。


光の勇者だけが唯一の希望なら、私達一族は光の勇者であるルインを守り育つ。


でもまだ幼い彼に世界の重みを背負わせたくないから、彼の使命については何も教えていない、でも戦い方とか、生きるに必要の知識は村一同で教えた。


まあ、私もまだ幼いから、同じく教われる側だけど…


それでもいざという時は何が何でもルインを守るつもり。


そしてとうとうこの村の居場所がバレ。


光の勇者が成長する前に始末しようと異教の幹部達がやって来て、私達はルインを守るために、最後まで戦いそして死ぬ。


そう思ってたけど…思ってたのと少し違う。


黒髪黒目の小さな女の子が現れた。


お人形みたいな顔で、長い髪をなびかせて、燃え盛る村の中に突如現れた。


気付けば先まで殺意に満ちた異神の信者達はまるで白昼夢を見てるかのように、ただただボーっと突っ立ってるだけ。


でも、幹部達は。


異教のトルストと炎嗟のイグニスはそんなことにはならなくて、現れた小さな女の子に警戒と敵意を集中させている。


ルインの身代わりはもうこの村から逃げ出した、後は私達が時間を稼ぐ体で死ぬまで戦って、最後は身代わりが追いつかれ、殺される事によって計画は完遂する。


だって命をかけても守る相手がただの身代わりなんて流石に思わないでしょう?


だから、村すべての命を使って異教団を欺く。


それが、万が一敵に襲われる時、私達一族が用意した作戦。


心の準備は昔から出来ている、出来ているけど……痛かった。


心も体も。


転がっている父さんと母さんだったものを見ながら。


辛かった。


向かいに住んでるおじさんも、隣に住んでるヘンリーさんとシャーロットさんも、仲の良かったミアもみんなみんな肉塊になってた。


もしくは人の形をしている炭。


でも悲しくはない。


だって私は…私も…そうなるはずだった。


だからこのタイミングで現れた彼女に私は…、戸惑わずにはいられない。



「…あなたは…誰?」


「大丈夫、守るから。」



一瞬だけ振り返った彼女は表情を変えないまま。


抑揚のほぼない声で、無表情で何処か虚無だけど、少しだけ暖かい眼差しでそう言った。


右手は木剣…いえ、剣の形をしている魔法杖を握りしめ、彼女は異教のトルストと炎嗟のイグニスに向かって突っ込む。


――――――――――――――――――。


――――――――――――――――――。


――――――――――――――――――。


――――。


何だか、上手く言えない気持ちになった。


色んな気持ちが湧き出て、言葉に出来なくて。


理屈的なものはもちろん、感情的なものさえ何一つ出せない。


でも…ん…ずっと…


ずっと私達が…私が守る側だと思っていた。


守る側であるべきだと思っていた。


未来を、希望を、ルインを。


自分達の滅びを受け入れても、全てを守る為に。


だから――


――大丈夫、守るから。


なんて、そう言われるなんてホントに夢にも思わなかった…


でも、もう……


もう…


全てが…遅いよ。


それに相手はあのトルストとイグニス。


父と母から聞いた事がある。


ただの一撃で龍すら屠るトルストに、実体のない炎で、延々と全てを燃やし続けるイグニス。


そんなの相手に…


――でも私はやはり夢のような現実を見ている、体中の熱い痛みすらも忘れる程に。


背高が私とさほど変わらない女の子があの化け物二人相手に互角に戦っている。


トルストの攻撃を全てを避け続け、時にはイグニスの攻撃を受けてもトルストの攻撃だけは徹底的に回避し続けながら闇魔法の連射。


トルストと距離を保ちながらも接近された時は驚く事に、女の子の方がまさか拳で一発入れてトルストを吹き飛ぼし、また距離を取る。


よく見たら彼女の指は全て指輪をはめている。


恐らく、魔戒。


高いけど、普通に店で買えるもの。


うちも持ってる。


一度に一つしか起動出来ない、同時に複数を起動しよとしたら魔戒同士が干渉しあって結果効果が発動出来ない。


だから機能を起動出来る魔戒は一度に一つだけ。


炎の魔戒…だと思う、じゃないと彼女はもっと酷い火傷を負うはず…だから。


それでも状況は楽観できる程じゃない、そもそも拮抗している事がおかしい。


女の子はまるで割り切ったように、トルストの攻撃さえ受けなければイグニスの攻撃は幾らでも受ける。


だからイグニスの動きに合わせて攻撃を仕掛けても、トルストだけはずっと女の子を触れる事すら出来ないでいる。


それでも女の子の火傷は明らかに酷くなる一方。


ただ驚く事に、トルストとイグニスも決して軽傷ではない。


何度も打ち続けた闇魔法は時にトルストの拳に粉砕され、それでも間髪入れずに放ち続け、軌道が曲がるような攻撃魔法も混ぜて、着実に相手に着弾させた。


時折り闇属性付与の魔法で剣の杖と手足を纏い、体術も駆使してダメージを与えている。


とても…いえ、こんな小さな女の子がこんな戦い方が出来るなんて信じられないにも程がある。


実際理性のないイグニスはともかく、トルストの方は最初明らかに戸惑っている。


でも今は油断も隙も無いような顔付きでただただ女の子の方を睨む。


燃え盛った村も彼女達の戦いの余波で大分吹っ飛ばされていた、ボーっとしている異教徒達も巻き添えに何人か死んだ。


それでも私の方には流れ弾が一つもないまま。



――大丈夫、守るから。



ホントに守っているんだ…


私は夢のような現実ではなく、それこそホントに夢や幻でも見てるんじゃ…?


理破りの双拳、意思なき天災。


トルストとイグニスはどちらも世の中に恐られた怪物。


勝てたら後世にまで名を残す英雄に、でも会ったらもう諦めるしかない存在。


それをあんな小さな女の子が一人で…


今でも互いに一歩も譲らないような、激しい戦いを…


周囲もますます派手に吹っ飛され、どちらか勝つにしても村はもう元の形すら残らないでしょ…



「認めよう…一対一なら我らの負けだ、が…!所詮個の勝利に意味はなく!この戦いもすべて我らの主に捧ぐもの、ならば勝ってばいい!!!勝利と共に我らが主に一番なる吉報を…!光の勇者の死という最高の結果を捧げようぞ!!!」


「ううう゛う゛う゛ウ゛ラアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛つ!!!!!!」



激しい戦いで高揚し出した人形(ひとかた)の化け物二人とは対極的に、黒髪の女の子は始終言葉一つ発せず、何も感じない目でただ敵を見据える。



「………」



年齢に似つかわしくない沈着さ、戦い方、そして殺意は感じないのに明確に殺す意志だけは示し続けた効率的な殺しの動き。


戦闘訓練を受けたとは言え、未熟で幼い私でも感じるくらい、その動きのすべてが敵を殺す事のみに特化している。


息のめを止めるためだけの効率的な立ち回り、一撃一撃がすべて如何に早く、如何に確実に殺せるかだけを考えている。


自分が負う傷すらも、効率的に選んでいる。


その姿はすべてが異質で、まるで底の見えない何かを見ているような…


そして戦いは終焉を迎える。




□■□■□■




参った、流石にきついな。


着ている装備が少しでも性能が劣るものならやられていたかも。


体中熱いし痛いけど、痛みには少し耐性が有るから何とか大丈夫。


それに、私だけでなく敵もそろそろ限界なはずだから…


ここが勝負時か。


どんなに強い攻撃でも異教のトルストはその拳で砕ける。


あれは筋力とか魔法とかそういう類なものじゃない、もっと出鱈目な何か、文字通り理を破り、超越した何か。


もっと分かりやすく言うと、チート能力ってやつ。


だから、【プリズムバースト】を使うのを躊躇ったけど、今は正に自分のすべてをこの一撃に込めるしかない!…みたいだね。



「ぬつ――!」「ウ゛ラアア!!!」



息を合わせた連携で襲い掛かるボスキャラ二人…のように見えるけど違う。


イグニスに理性はない、つまりはトルストが一方的に合わせているだけ。


イグニスは連携を意識してないし、その意思もない。


だからそこを狙う。


警戒したまま一呼吸をし、疲れて来た精神を改めて集中させる。


そして突っ込む。



「んっ!?」


「ウ゛ラ!ウ゛ラ!ウラアアア!!」



私の接近にトルストが驚く、それはそう、だって私は頑なに彼と距離を保つように立ち回ったからね。


でも仕方ない、今はこんなリスキーな行動に出るしかない。


だから【アビスブラスト】を使い、走りながら自分の手と杖で触れた空間から多数な魔法陣を作成してそこから闇属性魔法を発射し、魔法陣の前方で全速疾走している自分に援護射撃をした。


上手く操作すれば発射した魔法の軌道を曲げれるので、そこまで強力ではないがなかなか使い勝手のいい攻撃魔法だよ。



「…!貴様――」


「ウ゛ラ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」



襲い掛かる炎の奔流を上手く躱し、いなし、魔法で吹っ飛し、接近に成功した後イグニスを私とトルストの間に居るように、隔てるように立ち回る。


本来接近戦が無敵なトルストが前に出て、遠距離でその炎をばら撒けるイグニスが後方で支援するのが一番理想的だ。


だから立ち位置的にそう上手くは行かないし、そもそも一瞬上手く行った所で直ぐに仲間同士お互い前後に位置を変えればいいだけの話し。


しかしもう一度言うけど、イグニスに理性はない。


知性まで無くした訳じゃないが、理性のない彼はただ目の前のを全て燃やしたいだけ。


もはや目に映るもの全てに怨嗟を向けているくらいに。


そんな彼は辛うじて残りの知性で異神の声に従い、何とか異教の信者――というより異教の教会服を着ている者を襲うのを我慢しているだけ。


仲間として認識しているかすら怪しい。


だから異教徒達はみんな迂闊に彼の目に映る事がないように気を付けている。


それはトルストも例外ではない、故にトルストは決してイグニスの前に出ない、背後から攻撃されてもおかしくないからね。


だからこんな立ち回りが出来るし、トルストもこれで迂闊に攻撃が出来ない。


彼の拳は物理攻撃ではない、強いて言うなら概念攻撃だ、なので例え物理無効なイグニスでも、間違って拳が当たればこの世から一瞬で消し飛ぶ。


だから、引かない。


踏み込みすぎてこの身が焼かれても、この12歳の小さ身体を利用してイグニスの躯体に隠れる。


平均な成人男性よりも大きいその炎の躯体なら12歳の女の子の身体を隠せる。


隠れながら、イグニスと一対一みたいな状況に持ち込み、体術とは呼べないが、私が実戦で培った動きで肉薄戦をする。


闇属性付与の魔法で剣杖と手足を纏えば、闇属性の魔法攻撃判定になるので、全力で殴り、蹴り、叩く。


そしてトルストに私の狙いがこれ、この状況だと思わせて、このギリギリな賭けのような立ち回りで勝負に出ただと、その拳が私に届いたら、或いは私が無茶な距離に居続けてたらイグニスの躯体に焼き尽されるかもと――


私から距離を取るつもりが全くない今のこの時で本当の最後の賭けに出る。


――【ダークヴォイド】


直に触れたものを闇で包み込み、消滅させる即死魔法…ではあるけど、圧倒的なレベル差がないと出来ないし、魔法耐性のある防具を付けたらほぼ完全に防げる。


だから手を地面に触れて使う。



「――なぬっ!?」


「ウ゛ラ゛ア゛ア゛ア゛!」



闇に包まれた地面は消え、残るのは広い空洞。


この世界に飛行魔法は存在しない、だから私含めて全員落ちる。


そして私はまた【アビスブラスト】を使う、攻撃対象は――私自身。


闇属性のエネルギー砲に撃たれ、その衝撃で私の身体が下へ、空洞の底に向かって吹っ飛ぶ。


あ…やばい、血吐いた。


死にそう…


元々死に体だから…


ええいっ、構うな、死ぬかもしれないからと迷ったら勝てない、だから死んでも構うな…!


今だ、今が全てを賭ける時、落下中の今なら幾らこいつらでも自由に動けない。



「――【プリズムバースト】。」



全MPを消費する事で発射する無属性の爆発魔法、消費したMPに応じて威力が変わる。


我ながらMP――魔力は多い方だから結構な威力になる、しかしこれを撃ったら私はもうしばらく魔法を使えない、正真正銘勝負を決める一撃。



「――!!」



故にトルストは何がなんでも身体を捻って私のほうに向く。


その拳で私の勝利の一撃を粉砕する為。


だからあえて口に出した。



「なっ!?」



【プリズムバースト】は広く知られている魔法だから、その名を聞いたら必ず反応してくれると思った。


でも私が今撃つのはまたしても【アビスブラスト】、攻撃対象はまたしても私自身。


今度は上の方へ、空洞の外に向かって。


捕まれないように何発も撃ち、身体の飛ぶ方向を変えながら、トルストとイグニスを通過していく。


更に血を吐いたし、肉もえぐり取られたけど、構う事はない。


今一番重要なのはこのタイミング、トルストが全力で身体を捻り下に向いたこのタイミング。



「――【プリズムバースト】。」



今度は本当の本当、全魔力を使った一撃。



「私の最強の一太刀を受けてみよ!!」



と、らしくもないハイテンションで楽しく叫んだ。


ここまで思い通りに事が運んだから、つい嬉しくて。


いやそれ剣じゃない…というツッコミを聞こえた気もするけどただの気のせいだ。


かくして闇色の膨大な魔力の奔流が炸裂し、トルストとイグニスを飲み込み、空洞の底に向かって爆発した、そしてその爆発に更に吹っ飛される形で私は空洞の外に出た…けど。


やばい死ぬ、意識が朦朧して来たし、指一つ動ける気がしない。


私今ちゃんと呼吸している?


ポーション…一番いいポーションを…意識のみでストレージを操作してハイポーションを左太もものチョーカーから出したけど、やっぱり指すら動けないじゃ飲めない。


魔晶で作られたストレージは色んな形があるけど、大抵は何かのアクセサリーの形をしている、私が左太ももに付けているチョーカーもそう。


簡単に身につける事のできるものの方が好ましいからね、ついでにオシャレな形なら嬉しいし。


ああ、ストレージというのはアイテムストレージね、RPGゲームに良くあるあれだよ。


色んなアイテムを99個持ち歩いてのに、何の支障もなく戦えるな…と不思議に思っているあれ。


実はこんな小粋な形をしているんだよ。


今そんなことはどうでもいい?そうか…そうだね…何か私パニックってたかも?


或いは現実逃避?単に諦めた?…かもしれない。


でも…これで死んだら私…ちゃんと出来たって言えるのだろうか…?


微妙だね。


やはりまだ死にたくないかも。



「……」



ん…?足音の声………視界すら霞んで何も見えないから状況が把握出来ない。


でも口の中に液体を流し込まれたのが分かった。


これ、ハイポーションだ。


ポーションでもその上位互換のハイポーションでも一気に傷を直す事は無い。


そんなことが出来るのは回復魔法だけ、或いはガチに珍しいエリクサーだけ。


とにかくこれで命は繋げた。


少しすれば身体も動けるだろう…いや、待って。


そう言えば他の異教徒達が残っている。


早く動けるようにしないと。


幻影魔法がいつまで効くかなんて保証出来ない。



「…つ。」



まだ辛いけど、何とか身体を起こして、目を開く。



「…OH。」


ついナチュラルな発音でOHと言った。


ギャグみたいだけど、逆だ、全然笑えないものを目にしたから思わず素っ頓狂な声を出したんだ。


この場の唯一な生き残りの娘、主人公の姉と思わしいき少女は顔がぐちゃぐちゃになったけど、目が確かに暗い情念を灯しているのが良く分かる。


だって、行動を見れば分かると言うか…


彼女、異教徒達が幻影に落ちている事をいい事に、彼らのナイフを使って彼らの心臓を貫いた。


一撃必殺、実に見事…だけど、もう既に死んでいる相手に立て続けに何度も何度も刺し、その後また標的を変え、刺し殺しては死体相手に何度も何度も繰り返しに刺すの…怖いと言うか…


全身黒焦げた肌に血塗れな姿、と彼女の今の顔は……正直言ってビビった。


でも…よく考えたらそれもそうか…だって一族郎党皆殺しにされて、自分もあんな風になって…そりゃこうもなるわな…


怖いけど…今は止めないといけない。



「待って、殺しちゃだめ、彼らには利用価値が有る。」


「………」



彼女はなにも言わない、ただこっちを見る、どんな利用価値?と聞かれた気がしたので、続けて言う。



「幻影魔法を使って、彼らに光の勇者を殺した幻を見せ、それを報告させるの。」



筋書きはそうだね………光の勇者を守る一族が思ったより手強くて、それこそトルストとイグニスすら戦死したけど、相手の最高戦力も道ずれにしたから、後は残った異教徒達が犠牲を出しながらも無事皆殺しにして、光の勇者もちゃんと始末した…でいいか。



「やはり知っているんだね。」



…ああ、光の勇者の事?一族でその存在を隠し、結局主人公自身ですら終盤になって漸く自分がそうだと知るからね…


でも、異教には何故か山奥に隠れたこの村の事がバレたし…私ゲーム知識が有っても探すの苦労したよ?


ん?ひょとして私怪しまれてる?……確かに私怪しい要素しかないかも。


でもどう説明すればいいか分からないし、まあいいか。


それよりも、彼女に聞かないといけない事がある。



「君は…君にとって生きている事が救い?それとも死ぬ方が救い?」


「…え…?」



私の言葉に茫然とした彼女を見て、やっぱり自分はおかしな事を聞いているんだなと思う。


でも私は生きている事だけが救いとは思わないし、何なら前世の影響で死ぬ事が救いと感じる方なので。


だからこれは重要な質問、この地獄を経ても辛く生きる事が彼女にとっての救いなのか?それともやはりここで死んで、楽になる事こそが一種の救いなのか。



「もし…もし、君にとって死んだ方が良かったのなら、君を殺す、何の苦痛もなく、眠るように、安楽に浸れるように殺す、絶対に。」



茫然から啞然へ、それでも彼女は言葉を発せず、多分他の人から見れば頭おかしいな私の言葉を真剣に考えている。



「……父さんと母さんはね…私を庇って死んだの。」



暫くして、彼女はぽつぽつとまるで零れ落ちたように言葉を。


その言葉は果たして誰に向けたものかな。



「みんなここで死ぬのが決まったのにね。」



彼女は零し続ける。



「私も…ここで死ぬのが…決まったのにね。」



言葉を零し続ける。



「でも、それなのに…庇ってくれたの…守ってくれたの。」



暫しの沈黙。



「私生きるわ。」



その言葉は決して力強くはない、でも確かな意思で明確に口にしたもの。


そうと決まれば、話は早い!



「じゃこれを飲んで。」



早速チョーカーの形をしているアイテムストレージからこの世で一番いい霊薬を持ち出し、彼女に渡す。



「…なにこれ?」


「エリクサーだよ。」


「……は?」


「だからエリクサー、この世最高の霊薬、あらゆる傷と病、呪いですら瞬時に回復するあのエリクサー。」


「………なんで自分で使わないの?」



?…ああ、先戦っている時の事を言っているのかな?


確かにエリクサーなら、一瞬で傷も魔力も回復するから、戦いが楽になる事間違いなしだけど。



「私が使ったら君に使えないじゃないか?」


「…………」



またしても啞然とした彼女、でもね仕方ないだよ。


だってこのエリクサー本当に貴重で、ゲーム中でもクリア時に手に入れた総数が10を越えていない。


エリクサーなしだと勝ってないボス戦もいるぐらいなのにね。


だからガチで貴重、私も一つしか持ってない。


彼女の顔を見た瞬間思ったんだ、これエリクサーじゃないと治せないって。


だから、エリクサーを使わずに勝つしかない。


だって女の子だから、顔とか肌とか大事でしょう?


これから生きていくのに、絶対綺麗なままの方がいい。


その方がきっともっと笑顔で居られるはずだから。


暫く迷った後彼女はエリクサーを飲んだ。


そしたら身体中が暖かい光と共に、傷が癒えて行く。



「ん…やっぱり美人さんだ。」


「――」



月明かりで照らされた銀髪と白い肌はまるで輝くように、その瞳は果てしない蒼空を彷彿させて、その可愛いらしい顔は将来美人で間違いなし。


ん、実に美少女だ。



「私と一緒に来ないか?」



一族が滅び、村が焼かれ、光の勇者も何処に転送したか分からない今。


彼女には戻る場所も行く場所もない、彼女を助けたいのならここで彼女を一人にするべきじゃないと思う…けど…


どうだろうか?彼女はこの差し出した手を握ってくれるだろうか?


…どうやら杞憂みたい、まじまじと私の手を暫く見た彼女はゆっくりだけど、私の手を掴んでくれた。


嬉しいな。


彼女を優しくだけど力強く引っ張りあげて、これからの事を考える。


先ずはある程度回復したら、生命力を魔力に…つまりHpをMPに変換するスキルを使って、魔力を回復し、異教徒達に幻影魔法を掛ける。


その後は主人公…つまり光の勇者の身代わりの人も回収しておこう。


どんな人だろう、ゲームだと語っていないからね。


更にその後はひとまず辺境の街、私が住んでいる屋敷に連れ戻して……


そこから更に後の事は彼女達と話しながら決めよう。


…希望に溢れた日々になれますように。

ここまではいかがでしたか?


楽しんでくれたら幸いです。


もし続きに興味を持ってくれるなら凄く嬉しいと思います。


初めて連載作品を投稿し、色々と不慣れなので、一先ず第一部の剣編は前編・中編・後編の三つに分けて書くつもりです。


良かったら続きも見てください、いい一日を。

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