街ゆき_1
婚約式まであと一週間となった。
リーンは二か月ぶりにルトリケの王都に出ている。
このところ公務のほかにも、自身のカラチロ訪問や婚約式の準備、フォールシナの探索、カルドリ帝らの来訪、キーツとの面会、など慌ただしい日が続いていた。
風もなく暑くも寒くもない穏やかな日和で、心地がよい。
しかも今日はトゥルーシナが同行している。
彼女がルトリケの王都ケトリルを歩くのは初めてだと言う。
「お城に来るときはいつも馬車で通り抜けるだけでしたから。今回は久しぶりに通りましたが、その時よりも賑わいが増しているように見えます」
「トゥルーが前に来たのは確か三年以上前の、、」
「サーシさまの最後の年です。あのときよりもずっと活気があるように思います」
先王キーツがサーシのあと即位してすぐ、カルドリに二人の婚約破棄を申し入れた。
そのため彼が在位中の三年間は断絶状態にあったのだ。
トゥルーシナの言葉をリーンは素直に喜ぶ。
キーツの時代は戦争もあり、都も荒れていた。
だから、そこからの復興というのならわかる。
もちろんそれでも十分うれしいことではあるが、彼女はサーシの時代よりも、と言った。
リーンの憶えている祖父の時代の王都は華やかだった。
だが、それよりも今のほうが「ずっと活気がある」というのだ。
自分のやってきたことは、多少なりともうまくいっているのだろうか。
きっとうまくいっている、と思いたい。
今日のリーンのいちばんの目的は、まちの賑わいやそこで働く人々のようすを視察することだった。
はじめは一人で行くつもりでいた。
だが昨夜何気なく街ゆきを誘ったら、
「えっ、行きたいです。ぜひ連れて行ってください」
とトゥルーシナが目を輝かせて話に乗ってきたのだ。
それで今朝がた急遽、執務前にナイジェルを呼び出して彼女との街ゆきを相談した。
ナイジェルのやつ、何を勘違いしたか、心得なるものをせっせと教示してきた。
だが、知らないことばかりだった。
まあ結果的にはよかったかもしれないな。
ナイジェルは服装から街歩きのコツその他もろもろをリーンに手早く指南した。
今日のリーンの装いはシンプルな白い開襟シャツに群青色のズボン。
いつも左耳につけている王家のしるしでもあるピアスは外した。
トゥルーシナは立ち襟で前身頃にピンタックのある空色の膝丈のワンピース姿だ。
スカート部分に適度なボリュームがあり、動きを妨げない。
髪はおさげにして、大きな丸い縁の伊達眼鏡をかけていた。
ともに街ゆく人に馴染んだスタイルだ。
迎えに行くと仕度を終えたトゥルーシナが
「リーンさまとデートですね。とってもうれしいです。よろしくお願いします」
とにっこりした。
リーンは固まる。
そうなのかっ。
距離を置いて護衛がついてはいる。
ついてはいるが、確かに二人きりの街ゆきだ。
そういえば出がけにナイジェルがニヤついていたが、あれはそういうことだったのか。
「デート」というものなんだな。
リーンはあらためてトゥルーシナの恰好を見た。
空色のドレスを見たのは初めてだったが、色白の彼女によく似合っている。
思わず
「かわいい。いつもかわいいがいつもにもまして、ごにょごにょ」
とトゥルーシナの髪を撫でていた。
「ひゃっ、、リーンさまっ⁈」
突然のリーンの行為にトゥルーシナが驚いて頬を紅潮させる。
「すまない、浮かれすぎたようだ」
リーンもなんだか恥ずかしくなって手で口元を押さえて横を向いてしまった。
そのまま歩き出そうとする。
「と、とりあえず行こうか」
するとトゥルーシナがリーンの手にすがってきた。
前を向いたままそっと手をつなぐ。
そのあと振り返ったらトゥルーシナは花が咲いたように笑っていた。
城から王都はさほど離れていない。
少し歩けば、もうすぐ昼ということもあってか、街にはさまざまな食べ物のにおいが溢れていた。
食べ物だけでなく、雑貨や花など数多くの出店があるのが遠目にも確認できた。
市は賑わいを増している。
リーンは婚約式の日から結婚式の日まで、毎日市が立つように方策を立てていたが、一週間前だというのに事前に申請のあった店はすでに出揃っているようだ。
人出も予想以上に多い。
「トゥルー、はぐれないように」
「はい、リーンさま」
王都のいたるところにリーンとトゥルーシナの肖像画が飾られている。
祝賀ムード一色だ。
ありがたいことだ、と心から思う。
一方でリーンはふと思い至った。
目立たない恰好をしてはいるつもりではあるが、名前が同じではみなにばれてしまうのでは。
「トゥルー、私のことはシュルツと呼んでくれないか」
とトゥルーシナに提案した。
リーンの正式名はリーン・シュルツ・セオドア二世・ルトリケだ。
「シュルツ…さま、ですか」
「ああ。呼び捨てでかまわない。リーンだとさすがにばれてしまう可能性があるから。そうだ、敬語もよしてくれないか」
トゥルーシナは一瞬黙り込んだ後、一度口の中で転がしてから、おずおずと口にした。
「えっと、シュルツ、わかった。…これでいいかしら」
リーンは目を細めた。
口元も自然と緩む。
いつもと違ってなんだか新鮮だ。
それに、ちょっと照れながらしゃべるトゥルーもかわいい。
だが、トゥルーシナは市に並んだ店の数々にもう目を奪われて、リーンの手を引いていた。
「リ、、じゃなくて、、シュルツ、見て。あれ、何かしら。行ってみてもいい?」
まず指さしたのは、陶器の置かれている店だ。
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