融雪_3
キーツのレキラタ侵攻を責めるリーンの言葉に刺激されたのか、アンリも糾弾する。
「ではそのあと、悪辣な貴族の傀儡となってしまったのは」
「それは申し開きのしようもない。腑抜けた自分のなれの果てだ」
「そのせいで国は荒れ、技術や文化、さまざまなものが他国に流出したのですよ」
「それは…人のせいにするのではないが、それには父上の指示もあった」
「おじいさまの指示?」
「ああ。レキラタに戦争を仕掛けるつもりのあることを父上には話していなかった。父上はたいそう怒っておられた。その責を取り、とことん無能を装って、膿みを出し切れという指示だった」
「膿み、ですか」
「ああ。害となるものを炙り出せと。王宮内に蔓延っていた腐敗した貴族たちだ。そうすればリーンとアンリがなんとかすると。私も信じた」
リーンとアンリはまたしても顔を見合わせて黙り込んだ。
信頼されていたんだ、おじいさまはもちろん父上からも。
もう一度リーンがキーツを見た。
キーツはうつむいたまま、うんと言うように力強く頷く。
ややあってアンリが手元のカップに口をつけようとした。
少し高揚した自身を落ち着かせるつもりもあるのだろう。
すでに冷めているであろうお茶を一口だけ口に含んでからゆっくりと流し込んで
「母上の亡骸はどうなさったのですか」
と話を変えた。
キーツは先ほどまで伏せていた顔を上げて二人をちらっと見た。
そして
「父上の領地に墓を作っている。話を聞いた以上は墓参りに行ってやれ」
と言った。
その言葉に二人とも驚いた。
自分たちはある程度成長するまではほとんどずっとサーシの領地で過ごしていた。
しかし、墓のある場所など見たことがなかった。
祖父のサーシも墓はもちろんフィオラについても言及したことはない。
「どこにあるのですか。今までそんな話は一度も聞いたことがありません」
「そもそもおじいさまが母上の話をしてくださったことはありません」
口々に言う。
そしてふと思いついたように
「父上はなぜ今ごろになって、私たちに母上のことをお話しくださったのですか」
とリーンが聞いた。
キーツはいまさら何を、と不思議そうな顔をして、
「元はと言えば、おまえたちが聞いてきたからだろう。先触れの時にわざわざ知らせてきて」
「それはそうでした」
「考えてもみよ。これまで一度もフィオラのことを尋ねてきたことはなかっただろう」
「確かにそうです。でも今日だって、問われてもなお、父上は知らぬ顔をすることもできたはずです。現にレアードの前では、正気を失っているふりをなさっていました」
「レアードは護衛兼監視だ。戦争犯罪人である私は木偶の棒のように見えたほうがよいだろう。レキラタからもいまだに見張られているのだし」
その言葉で、リーンはアンリがあの時もう一度キーツと三人だけで話したいと提案したことを思い出し、それに心から感謝した。
キーツが続ける。
「そもそも、なぜ今になって聞いてきたのだ。お前たちのほうこそ、わしを遠ざけていただろうに」
アンリが首を傾げながら口を開いた。
「確かに。僕たちはこれまで母上のことをほとんど知りませんでした。なぜか聞こうという気持ちも起きなかったのです。でも兄上とトゥルーシナ姫、エルベルト殿下とフォールシナ姫の様子を見て、自分のことを考え、父上と母上のことに思い至りました」
話を始めた時にアンリがキーツに話したのとほとんど同じ内容だ。
キーツはテーブルに頬杖をついて、やや上目づかいにアンリを見る。
そして一言
「"暗示"が解けたんだな」
と言った。
「えっ、暗示、ですか」
「ああ、"暗示"だ。魔術師がいるだろう」
「バルトリスですか」
「そうだ。バリトリス。その男は十歳くらいのときに父上が拾ってきて、ずっと目をかけていた。数年経ったところで、父上がお前らに"暗示"をかけさせたのだ。リーンが四、五歳のころだったか」
二人がバルトリスと引き合わせられたのは今から、六、七年前。
でもそれ以前に会っていて、そんな魔法をかけられていたとは。
「魔術師としばらく会ってなかったろう」
エルベルト殿下がカルドリ帝に会わせろと言ってきた日に呼んだのが最後だ。
「確かにもう、十日くらい会っていません」
「"暗示"が解けるのには十分だな。父上によれば、あれはしょっちゅうかけないといけないらしいから。今回は引き金もあったし。まっ、バルトリスを恨むなよ。彼奴は父上の指示に従っただけだ」
引き金とはアンリが言った私やエルベルト殿下の婚約のことだろう。
それにはかまわずにアンリが
「でも、僕、本当に良かったです。今日ここに来ることができて。母上の話を聞くことができて。なにより、父上とこんなふうに話すことができて」
とにこにこしながら言った。
キーツとアンリの表情が一様に和らいだのを見て、リーンは思う。
父上を完全に許すことはできない。
やってしまったことはもちろん、もう取り返しがつかない。
それは、あとを行く私たちが何とかするのだ。
今後も、父上の名誉回復は難しいだろう。
たとえ母上の死に関するはかりごとが露わになったとしても、戦争を引き起こし、その後国を腐敗させた罪は重い。
けれど、今日こうして父と話した。
父上の良さは私とアンリだけがわかっていればいい。
「私もです。父上と話をすることができて本当に良かったです。婚約式にお招きできないのは残念ですが、どうかまた、お話を聞く機会をください。今度は父上と母上がどんなふうに過ごしていらっしゃったのかを」
と声を弾ませた。
キーツが「うむ」と言って、照れ臭そうに微笑んだ。




