融雪_2
二人が自分の話にまだなお半信半疑であるのを見て、キーツが「もしも」と切り出した。
「もしもお前たちがここまでの話に嘘やおかしなところがあると思うなら、お前たちのおじいさまに聞いてみろ。わしと父上はともに直に見聞きしたのだから。そして多分、父上も私と同じ認識だ」
リーンとアンリは顔を見合わせる。
アンリが遠慮がちに言った。
「父上とおじいさまとはあまり仲が良くないと思っていました」
キーツは少し意外だというように見る。
「なぜだ」
リーンもやや躊躇いながら口を開いた。
「父上はおじいさまに遠ざけられているように見えました。そして父上が私たち二人を放置したから、おじいさまは私たちを手元に置いてくださった」
だがそこまで言ったところで、キーツが遮った。
「そのように感じていたのか。お前たち二人がそう受け取っていたのなら仕方ない。言い訳だと思ってくれていいが…辛すぎたのだ。フィオラに似ているお前たちを身近に見るのが」
本当だろうか。
母上に似ている私たちを見るのが辛すぎる、とは。
もし今日ではない日にその言葉を聞いていたなら、問答無用で嘘っぱちだと決めてかかっただろう。
考える余地もない、そんなはずがない、と。
でも今、母上のことをひとときも忘れていない父上を見ると、その言葉もあながち偽りではないのかもしれないと思える。
私たち子どもと一緒にいて笑っているはずの、愛する妻が隣にいない悲しみ。
父上は幼い私たちと一緒にいることで却って逆に、妻であり母である存在の欠落を実感せざるを得なかったのだ。
リーンは溜息をついた。
父上には母上を思い出させる私たちの存在は辛いものだったのだ。
もしかして、辛いものでしかなかったのか?
そうかも、、しれない。
でも、それでも幼子二人を放置するのは、あまりにも自己中心的ではないか。
母親がどういうものかを知らず、父親からは抱き締められたことすらもない。
「だからと言って私たち二人を愛さない理由には」
と思わず非難の言葉が口をついて出る。
キーツはうんうんと心の底から後悔しているような顔をして頷きながら
「そうだな、それは本当にすまなかった。フィオラを失ったとはいえ、心を閉ざしすぎた。それは間違いだった。お前たちの一番かわいい時期を、成長を見ようとしなかった私は愚か者だ」
と素直に応じた。
その言葉を何をいまさら、と押し返せない自分に気づき、リーンは少し戸惑う。
とはいえ、これまでにされてきたことを思うと、やはりまっさらな気持ちで父上の言葉を受け止めることはできない。
キーツはリーンやアンリの思いには気づかないのか気づかない振りをしているのか、さらに続けた。
「だが、実はそれだけではないのだ。とどのつまり、私はお前たちを巻き添えにしたくはなかったのだ」
「どういうことですか」
落ち着きを取り戻してきたアンリが疑わしげに聞く。
「レキラタのことだ」
キーツは短く答えてから、言葉を続けた。
「先ほども話したようなレキラタの対応は、私には到底承服できなかった。一国の王太子を暗殺しようとするはかりごとを他国の一侯爵家だけで企てられるとは信じられなかった。レキラタが噛んでいないはずがない。いつかその企みを暴きたかった。ただ、泥をかぶるのは自分だけでよい、そう思って、お前たちを遠ざけ、私が即位してからは父上を幽閉した」
「ではレキラタに侵攻したのは」
「ただただ、本当のことを知るためだった。フィオラの死を無駄にしたくはなかったのだ。レキラタはケイズが即位したところで何も変わらなかった。ケイズの即位後も毎年、レキラタが行ったという調査の内容の開示を求めた。だが全く反応はなかった。だから彼が即位七年後の私も即位した年にレキラタに攻め入った」
「私はレキラタ侵攻は、父上がレキラタを支配下に置いて、ご自分の威光を見せつけ、後世に名を残すためだとずっと思っていました」
キーツは即座に否定した。
「それは違う」
「それにしては時が経ちすぎています。父上が即位した年は母上が亡くなってからすでに十五年も経っていました。レキラタもケイズ国王になってから七年です。いくらなんでも」
アンリも責める。
「兄上の婚約は四国の平和協定を約束するものでもあったはず。それを破談にしてまで」
「わかっている。わかっているが、けじめをつけたかったのだ。私はケイズが国王になってからも毎年必ず書簡で依頼した。私の手による再調査もしくはレキラタの調査内容の開示を求めた。しかし、けんもほろろだったのだ。それで」
キーツが先ほどと同じ言い訳をする。
リーンはこれまで父のことを、いつも自分の好きな小物に囲まれ自由気ままに生きている、と見ていた。
その生き方からすると、父上が即位してすぐに、隣国レキラタに侵攻したのは意外ともいえるし、予想できたともいえる。
「好きなことをやる」のが父上だとしたら、侵攻という面倒なことをするのは意外だった。が、自分のやりたいことが戦争だというのであれば、予想できたことでもあったからだ。
リーンはキーツの話を聞き、自分の見方が正しかったことを確信した。
自分には四人の信頼のおける側近がいる。
しかし、父上には誰もいなかった。
どこかで誰かが歯止めをかければ、
しかし、多くの高位貴族が即位したばかりの父上を利用しようとたくらんでいた。
味方はいない。
つまり、どこまでも孤独だったのだ。
「父上は、王にはなりたくなかったのですね」
キーツが目を見開く。
やはり、父上は王になどなりたくなかったのだ。
それでも、、戦争をすることがけじめとは。
それはない。
思わず言葉に出る。
「けじめって何ですか。その侵攻で、どれだけの民がっ」
リーンは大きな声を出してしまった。
犠牲は最小限だったが、戦争に巻き込まれて体の一部を失った者、頼るべき誰かを失った者、家を失った者、財産を失った者、、、、
誰かしら何かを失ってしまった。
そしてそれはまだ取り戻せていないままだ。
キーツが額に手を遣り、黙り込む。




