融雪_1
「毒がっ」
「毒ですって」
リーンとアンリが同時に大きな声をあげた。
「ああ」
キーツが短く答える。
「よくお気づきになりましたね」
アンリにそう言われて、キーツは急に肩を震わせた。
「死んだんだよ」
「えっと?」
「死、ん、だ、ん、だ、フィオラが」
言葉はひとつひとつ文字を区切るように放たれた。
「えっ」
「私のカップの茶を飲んだフィオラが……ひと口飲んだ途端に苦しんで、、」
「何日も意識が戻らず…」
「そのままこの世界のどこからもいなくなった…」
何も映していないような目で一点を凝視しながら、その時を思い浮かべているのか、悲痛な表情でキーツが呟く。
「どっ、どういうことですか」
リーンのからだが前のめりになった。
「フィオラが私のカップの茶を飲んで死んだのだ」
「それが故意か過失かはわからない」
「なぜ、その日に限ってそんなことをしたのかも、今となってはよく覚えてはいない」
「とにかく、私の茶を飲んで彼女は死んだ。産後すぐで体調は万全ではない。微量でも彼女の命を奪うには十分だったんだろう」
キーツの話にアンリが苦し気に小さな声を出した。
「ではもしかすると母上は父上の命を救うために」
「ああ、おそらく」
皆黙り込む。
アンリはテーブルに両肘をつけて両手で顔を覆って嗚咽した。
ひとしきり泣いたあと、ノックの音がした。
コン、コン、コン。
アンリが慌ててハンカチをとり出して涙を拭く。
「お茶をお持ちしました」
使用人のレアードの声だ。
例によって
「うむ」
と感情のこもらない声でキーツが答える。
レアードがゆっくりと扉を開け、茶器や菓子の載ったワゴンを押して部屋の中に入れた。
「そこでいい」とリーンに声をかけられて、ワゴンを部屋に残してレアードが出て行く。
アンリがよろよろと立ち上がり、扉の前に置かれたワゴンを押して戻ってきた。
アンリの顔は蒼白で、まだフィオラの死因を聞いたショックから立ち直っていないように見える。
リーンも自分自身の動揺を抑えながら立ち上がってアンリを手伝い、一通り終わったところで二人とも腰を掛けた。
話の続きを聞きたいのはやまやまだったが、リーンはアンリを気遣う。
三人は黙ってお茶を飲んだ。
あまりなじみのない味だった。
後味がどことなくほの甘い。
「父上はよくこのお茶をお飲みになるのですか」
「ああ、いつも。これはフィオラも好きだったのだ」
母上が好き、そう思うと、少しだけ心が休まる気持ちがした。
アンリも落ち着いてきたようだ。
リーンは話を戻すことにした。
「父上は先ほど結果的には、とおっしゃいました。ですが、父上を暗殺しようとしたのがナリエトロ家だというのは間違いないのですか」
とキーツに確認する。
「いや、それが確認できていないのだ」
「と、言いますと」
「毒を盛った侍女を捕らえ、城の地下牢に入れていたが、見張りの一瞬の隙をついて自害してしまったのだ。それで結局、彼女がナリエトロ家の差し金かどうかは確認できずじまいだ。フィオラがどこまで知っていたのかもわからない」
「そのあと父上はどうなさったのですか」
「すぐに秘密裡にレキラタに調査させてほしいと申し入れた。何度もだ。いやしくも王の暗殺未遂、まして王妃は殺害されたのだぞ。たとえ一侯爵家のみの企てであったとしても、ここまでくると国家間の問題だ」
「それで」
「なしのつぶてだ。当時のレキラタ国王は一度として返信すらよこさなかった」
「そんなことがっ。それはさすがにおかしいと思います」
アンリが憤慨して声を荒げる。
「五度目に申し入れた時、向こうからやっと返事が来た。フィオラが亡くなってから半年が過ぎていた」
「それにはなんと」
「レキラタのほうで独自に調査を終えたとあった。どんな調査をしたのか、調査の中身には一切触れていない。そしてその結果がナリエトロ家の取り潰しと家名のすべての文書からの抹消だ。しかもそれがいつなされたかもわからない」
リーンが
「それでは国家ぐるみの隠蔽ではありませんか」
と怒りを露わにした。
「そういうことだ。レキラタの対応がそんなものだったから、私はいまだにレキラタの王室を信じていない」
アンリが
「狙いはやはりルトリケの乗っ取りなのでしょうか」
と少し困惑したような顔で尋ねた。
レキラタの王と王弟に自分たちを重ねて二人を敬愛し、レキラタに好意的だったのだ。
そのことにもショックを受けているのでは、とアンリの気持ちをまたしてもリーンは気遣う。
「思うに、首謀者は私を殺したあと、王位継承者のリーンとアンリの後見になって、ルトリケを牛耳ろうとしたのではないか」
「私たちの後見に他国の貴族が」
「ああ。父上は譲位したあとは政務につかないことを明言していたし、私が死ねば幼い二人のためと言う名目でフィオラの実家が台頭するというのは大いに考えられたことだ」
「それならなにもアンリが生まれてすぐでなくても」
「向こうも、リーンの次にアンリが生まれて、利用できる子どもが二人になったあの時が好機だと考えたのだろう。二人いればすげ替えもたやすいと。もっともナリエトロ家の裏に国がいたかどうかまでは定かではないが」
「では、レキラタの王室が母上の実家を取り潰すことでトカゲのしっぽ切りをしたと」
「そういう可能性も考えられる」
アンリが思いついたように言う。
「母上の母上、カーラ様に聞けばわかることもあるのでは」
「彼女はアンリの生まれる一年前に亡くなっている」
「では、母上が亡くなる一年前にはもう」
キーツの返事にアンリが肩を落とした。
「そうだ、そのときにはもう侯爵家を邪魔立てするものはなくなっていた」
「カーラ様の妹でいらっしゃるノーラ様にお尋ねすることは」
「ばかな。ノーラは先王の妃の母ぞ、王族ぞ。知っていてもしゃべりはしまい」
「何もかもが…信じられません」
アンリが声を絞り出す。
リーンは客観的に見て、レキラタのあの国王がそんなことをするとは思えなかった。
「ナリエトロ家だけの暴走で、レキラタはその処分を行っただけということはありませんか。母上の死とは無関係だという可能性は」
あらためてキーツに問う。




