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母と父_3

「ほかには」


キーツに問われて


「わからないと言われたことがあります」


とアンリが答えた。


「なんだ」


リーンはアンリの横顔を一瞥する。


アンリが聞こうとしているのは、母上の出自と死だ。


直接に質問の形をとらなかったのは、キーツの機嫌を損ねることがやはり少し怖かったのだろう。


これまで知らされてこなかったということは、知っていはいけないことなのかもしれない。


何を調べてもわからないということは、秘匿されるべきことなのかもしれない。


それを無理矢理、父上の口から聞きだそうとしているのだ。


私たち二人と疎遠で、愛された記憶もない、それゆえ畏怖の対象である父上から。


少しだけアンリの声が震えている。


「レアードからわからないと言われたことは二つあります」


「言ってみろ」


アンリは半ばやけくそになっている。


父上の怒りを買うことになっても仕方がないと覚悟しているのだな。


リーンはそう捉えた。


「一つ目は、母上の母君が嫁いだ先、つまり母上の父君のことです。僕たちのおじいさまはどなたなのですか。二つ目は母上の死に関することです、母上はどうして亡くなったのですか。産後すぐに体調を崩して亡くなったというのは本当なのですか。どこに葬られているのですか」


アンリが矢継ぎ早に尋ねた。


意外なことに、キーツは怒るどころか、アンリとリーンをかわるがわる静かに見ている。


そして一言「知りたいのか」とだけ尋ねた。


二人とも同時に頷く。


間髪入れずに「なぜ知りたい」とキーツが問うた。


「レアードが系譜図を見せてくれました。母上には父君の名前がなく、僕たちからすればおばあさまの私生児のように書かれていました。それは本当なのでしょうか」


アンリはもう、キーツから目を逸らしてはいない。


吹っ切れたのだな。


前にカルドリ帝と対峙した時のように。


リーンはアンリの様子を見守る。


「僕は母上が私生児かどうかは気にしていません。けれど、もしそうだとすれば、王太子妃に据えた父上の勇気と覚悟は相当なものではなかったのではありませんか。生半可な気持ちでできることではないはずです。僕は父上が母上のことを大切にしたいと思った日のことを教えてほしいのです」


キーツは腕組みをしてじっと一点を見つめている。


そして、ややあって


「私生児ではない」


とだけ、絞り出すような声で答えた。


リーンがたたみかける。


「それでは、母上の父君はどなたなのですか」


キーツは再び沈黙した。


それでも観念したのだろう。


ややあって、低い声で


「他言は無用だぞ。これはわしが墓場まで持っていこうと腹を括っていた話なのだ。お前たち二人だけには言おう。これから語る話は誰にも言ってはならぬぞ、いいか」


と念を押した。


「ほかには誰もご存じない、と」


「私と直系の関係にあるもの、つまり父が知るのみだ。クララベルも詳しくは知らない」


クララベルとはキーツの異母妹で、リーンとアンリの叔母に当たる。


「承知しました。私たちの心の中に留めることを誓います」


とリーンはアンリと顔を見合わせて頷いた。


誓うと聞いたキーツはやや下向き加減のまま、「フィオラの実家は」とゆっくりと話し始めた。


「フィオラの実家は……今はない…レキラタの侯爵家ナリエトロ家だ」


「カール帝の即位八十周年記念祭の夜会で隣国から来ていた彼女に……一目惚れし」


「……その場で結婚を申し込んだ」


「私は二十歳……フィオラは十八だった」


と訥々と喋ったあと、最後にリーンのほうを見て、真顔で


「リーン、お前は授かり婚だ」


と、たいしたことでもないようにさらりと一息で言った。


リーンはキーツの話のどれについても俄かには信じることができなかった。


母上の父君が隣国の侯爵。


しかも今はない。


そして父上は母上と記念祭で出会ってプロポーズ。


それだけでも十分衝撃的だったのに、さらに自分が諸々の儀式をすっ飛ばして生まれた子どもだったとは。


父上はどこまでも思い切りがいいというか、考えなしと言うか、手が早いというか、


私はトゥルーへの気持ちを一応抑えているというのに。


リーンは一瞬フィオラのことを離れてキーツの行状に呆れた。


当然アンリも驚きで固まっている。


それでもやっとのことで気持ちを立て直し、話題を戻そうと


「それで、そのナリエトロ家が今はないとはどういうことですか」


とリーンは尋ねた。


「取りつぶされた」


とこれもまた、こともなげに言う。


「レキラタに、ですか」


「ああ」


「それはなぜ」


キーツは黙って、左の手で軽く握りこぶしを作り、左ひざをタンタンタンと三回軽く叩いた。


そしてそのまま握りこぶしを膝に乗せて黙っている。


リーンには、キーツが言うべきかどうか迷っているように見えた。


だがあとで考えると、込み上げる怒りを抑えていたのだろう。


「父上、無理には」


と譲歩しようとする。


ところが、その言葉に逆にキーツが反応した。


「いや、他言は無用、と言った話はここからだ。母上の実家がナリエトロ家であることと、それが取り潰されたことは知る高位貴族はわが国でも少なくなかったはずだ。周知とまではいわないが、知る者もいる」


そして、いきなり本題には入った。


「フィオラ付きの侍女が、彼女と私の茶会の時にいつも毒を盛っていたのだ」


話を聞いていた二人は、予想もしなかった話にすぐには反応できなかった。


リーンは頭の中でナリエトロ家がとりつぶされたということと、フィオラ付きの侍女が毒を盛ったことを結びつけて、確かめるようにキーツに尋ねる。


「ナリエトロ家が父上を暗殺しようとしたということですか」


「結果的にはそうなるだろう。毒は微量で遅効性のものだった。アンリが生まれてから彼女と過ごすときはその茶葉を使っていたから、一、二週間ほど飲み続けていたのかもしれない。私をじわじわと弱らせて最後には命を奪うつもりだったのかもな」

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