来訪者_3
夫人はバルトリスの表情の変化に気づかずに一気に話し続けた。
「私が捨てた赤ん坊はトゥルーシナ殿下の双子の妹君です。殿下と妹君はどちらがどちらかわからないくらいよく似ていました。出産の知らせを受けて双子を忌避した皇帝陛下が、側妃殿下には妹君の誕生を知らせないまま、側妃付きの侍女だった私に捨てるように命じました。殺せと言われなかったのは幸いでした。私に命じたのは、おそらく私の血筋のものにカラチロ国以外の出身のものがいたからだと思われます。私は報酬としてカラチロの高位貴族の紹介状と幾ばくかの路銀を持たされ、出奔というかたちで赤ん坊を抱き、カラチロ国を後にしたのです」
隣室では「トゥルーシナ」の名前に続き、皇帝の命によって一人の皇女の存在が消されてしまったという告白に驚きを隠せないでいた。
「この告白が事実であれば、これは由々しき問題です。でも、にわかには信じられない」
とマキシムが四人の気持ちを代弁する。
それでも、王と側近の今の目的はカルドリ帝についてあれこれ探ることではない。
あくまで青い傷のある人物についての情報を詰めることだ。
そして「おそらく、バルトリスもそう考えているはずだ」と、四人は彼が話をうまく誘導することを期待し、どう進めるか注視していた。
ところが、バルトリスは夫人の身の上を聞き、何と声をかけてよいかわからないでいた。
魔術師のバルトリスは、ハニウェルという姓を耳にしても、セレナがハニウェル男爵の縁者であることに気づかず、現在はおそらく穏やかに生活しているであろうことに思いが至っていなかったのだ。
いや、もし、穏やかに暮らしていなかったとしても、今問うべきはそこではないということに考えが回っていなかった。
バルトリスにとって目の前の女性は、本人に何の過失もないのに、十代後半で「出奔」というかたちで隣国の皇帝の側妃の侍女職を追われた薄幸の女性でしかない。
その後、短期で終わったとはいえ戦乱もあった。
戦後も、この国の先王キーツの治世は決して豊かなものではなかった。
むしろ、国民の多くは貧困に苦しんでいた。
だから目の前の女性も、同じような思いをしていたのではないかと考えたのだ。
この十八年間をどう生きてきたのか。
その境遇を気にかけるあまり、隣室の四人が進めるべきだと考えていた方向からはおそらく大きく外れた質問をした。
「立ち入った話ですまない。答えづらいなら答えなくても結構だ。その、帝国を出てから今まで、さぞかし苦労も多かったのではないか」
とバルトリスは伏し目がちに尋ねた。
おふれのことで来訪したのに、自分のことを気遣う相手にいささか温かいものを感じたのだろうか。わずかに口角を上げ、少しだけ微笑みながら、ハニウェル夫人は答えた。
「まず、遠縁の者がいるこの国の西部の町に行きました。幸い紹介状がございましたから、その地で有力な商会の子女の家庭教師の職につきました。商会の主の友人に見染められ、今は王都におります」
バルトリスは、紆余曲折ありながらも現在は平穏に暮らしていると見受けられる夫人の話にいったんは安堵した。
だが今、己の秘密を明かしたことで現在の安寧は失われないのか。
また、おふれに従ったとはいえ、今になってなぜ申し出たのか。
青い傷のある人物についてというよりもむしろ、この女性についての疑問のほうが大きくなってきた。
しかし、気づくと約束の時間はとうに過ぎている。
正直、自分がここまで尋ねたことだけでおふれの人物についての情報が十分であるとはとても思えなかった。
「そうでしたか。貴方にはもう少しお話を伺わなくてはならないが、よろしいか。今、お茶を用意させよう」
頭を冷やすべく、そう言ってバルトリスはいったん部屋を出た。
夫人は気の抜けたような顔をして、バルトリスと入れ替わりに部屋に入ってきた侍女の入れたティーカップに口をつけた。