母と父_1
では、そもそも、母上はどうして亡くなってしまったのだろう。
アンリを生んですぐ、というから、よく聞く産後の肥立ちが悪いということだと思っていたのだが。
リーンは確かめるべく、レアードに尋ねた。
「レアード、短い間によく調べてくれた。礼を言う。最後にひとつだけ聞かせてくれ。母上がどうして亡くなったのか、手がかりになるようなことがなかったか」
レアードが書類の束を後ろの方から確認している。
ややあって、申し訳なさどうに
「おもてに出ていることは何もございません。もっと申しますと、フィオラ様の亡くなったことについての記録がほとんど残されていないのです。残っているどの記録を見ても、王太子だったキーツ様からの申告を元に、亡くなったことが承認されたことになっております。亡くなったことについての真相は、おそらくキーツ様しかご存じないのではないかと推測されます」
と答えた。
「そんなことがあるの?母上のご遺体はどうなったの?墓所は?」
アンリが少し取り乱す。
リーンは立ち上がって、今度は背中側から両肩に手を置いてトントンと軽く叩いてやった。
「ご遺体のことも埋葬された場所のことも記録がございません。先ほども申し上げた通り、ご存じの方がいらっしゃるとすれば、それはキーツ様でございます」
リーンはここまでレアードから聞いた話を振り返った。
隣国の筆頭公爵家の長女の娘である母上。
本来なら蝶よ花よと大切に育てられただろう。
いや、もしかするとそうだったのかもしれない。
けれど今となっては父親の名もわからず、葬られた先もわからない。
生のみならず死まで隠蔽された母上。
ルトリケの四年間は幸せだったのだろうか。
アンリの肩を叩きながら考えると、少し落ち着いてきたのかアンリが「兄上」とリーンを振り返った。
「兄上、やはり父上にもう一度聞いてみるのはどうかしら。レアード殿は父上しかご存じないと言っています。私もここまで来て、みすみす帰ることはできません」
「アンリ、父上はあの調子だぞ、話が通じると思うか」
「そうですね。確かに先ほどそういう判断を下したのは僕でした。けれど、父上が本当に母上を大切に思っていたのなら、もしかしたら通じる話があるかもと信じます。ダメでもともとです」
リーンは力強く頷いた。自分もそうするべきだと思っていたのだ。
「レアード、今日はいろいろと調べておいてくれて助かった。その書類をもらってもいいだろうか」
「もちろんです」
「そしてもう一つの頼みだが、今一度、父上と話す手はずを整えてくれないか。今度は父上と私たちの三人で」
レアードは少しほっとしたような顔になり
「心得ました。しばらくお待ちください」
と会釈をして、部屋を出て行った。
その間、リーンとアンリは話をする段取りを調える。
「何から話すかな」
「話が通じないとしても、今でも母上の肖像画や描いた絵をお持ちなのです。その話なら分かることもあるかもしれません。僕がその話をしてみます」
「そうだな。私たちが今回来た目的はそもそも婚約報告と父から見た母上の話を聞くことだった。レアードが調べてくれた話はとても役に立ったが、母上の来歴や死にまつわる詳細を明らかにするのは二の次だ」
「本当に。来るときは戦争のことをなじる気持ちもありましたが、あんな父上を目にすると」
「アンリ、お前が言っていたことが身に染みる。お前、もし父上もこの世からいなくなると、母上のことを一番よく知っている人が自分の周りにいなくなるって言ったろう」
「言いました。そのあと、話を聞くこともできない状態は生きていないのと同じだとも」
そう言ったあと、二人で
「けれど、それは違うな」
「けれどそれは違います」
と一緒に言った。
「生きていれば、もしかしたら、があるかもしれない」
「そうです、僕も諦めません」
アンリが左手を固く握って拳をつくった時、ノックの音がして、レアードが戻ってきた。
「今から、先ほどの部屋で、キーツ様とお会いになれますよ。参りましょう」
キーツの部屋に行く道すがら、リーンはレアードに現在の待遇を尋ねた。
「三か月余り前にキーツ様がこちらにいらっしゃったときに、私も随行いたしました。今は城に関わる全般のことを一手に引き受けています。もちろん、食事、掃除、洗濯などは専従の使用人がおります。また、先ほど申し上げましたが、キーツ様がこまごまとしたことをなさるので」
「人手はどうだ。足りているか。給金などは」
「どうかなさいましたか」
不思議な顔をするレアードにリーンが
「その、今回の調査をしてくれて本当に助かった。何かの形で報いたいと思ったのだ」
と少し照れながら言った。
「そんな、ありがたき幸せでございます。今のところ何の不足もございません」
とレアードが微笑む。
「そうか、わかった。心に留めておく。悪いようにはしないつもりだ」
話しているうちに、先ほどのキーツの部屋まで来た。




