母_2
母の面影をたどろうとして物思うリーンを、アンリが現実に引き戻す。
「兄上、なぜ、私たちには名前も知らされなかったのでしょう」
「まあ、名前だけでなく、母とか王太子妃とかいう言葉もほとんど聞いたことがなかったな」
リーンが苦笑いをした。
それまで様子をじっと見ていたレアードが口を開いた。
「この肖像画はフィオラ様が十九歳の時、国王陛下をお生みになって一年ほど後のことでございます」
二人は素直に感動した。
「この肖像画がどうしてここに」
「ずっとキーツ様が保管されていたようです。私も今回、お二人からご依頼をいただいてフィオラ様のことを調べているうちにたまたま見つけることができました」
「それはとてもありがたくうれしいことだ。礼を言います」
とアンリが感謝し、
「大変だったろう。よく見つけてくれた」
とリーンが労った。
そしてアンリに
「それにしても、私はアンリに、アンリは私に似ていると言ったが、この間見たフルーラ姫とはあまり似ていない気がするが」
と小声で言い、
「僕もそう思います。彼女と僕たちってよく考えたらはとこなんですね。でもフルーラ姫と僕たちは似てないし、この肖像画とフルーラ姫も似ているところがないように思います」
も囁き返した。
会話の終わるのを待って、レアードが話を続ける。
「お二人はルトリケの王族系譜図をご覧になったことがありますか」
二人とも首を振る。
レアードが書類の束の最初の二枚を取り、二人に見せた。
簡略的な系譜図二枚の写しとメモが書き込まれている。
「こちらが、ルトリケ側の系譜図でございます。ここをご覧いただけますか。キーツ様はサーシ様と亡くなられた正妃の間の長子でいらっしゃいます。けれども、フィオラ様はどちらの血筋であるかたどることができませんでした。フィオラ様より上の代に遡ることができません」
リーンもアンリも呆然として系譜図を見ている。
レアードはその様子に少し焦ったようにしながら、二枚目の系譜図を見せた。
「ただ、フィオラ様と隣国レキラタの第一王女フルーラ姫の母君が従妹同士でいらっしゃるということは知られている事実でございます。そちらからもお調べいたしました」
当該部分を指先で囲みながら
「その結果、フィオラ様の母上カーラ様とフルーラ姫のおばあさまのノーラ様のご実家がレキラタ筆頭公爵のサイザリス家だということが判明いたしました。サイザリス家長女がカーラ様、次女がノーラ様です。ただしカーラ様が嫁いだ先は不明でございます」
と説明する。
「カーラ様は、母上の母上。ということは私たちの祖母にあたる方だ。私たちのおばあさま、しかも筆頭公爵家の長女の嫁いだ先が不明だなんて。そんなことがあるのか」
「言い換えますと、記載がないということでございます」
レアードが二枚目の系譜図をもう一度見せる。
指先で囲んだその中には「カーラ」の名の下にすぐ線が引かれ「フィオラ」と書かれていた。
夫である男の名が書かれていない。
「ということは、母上は私生児扱いなの?」
「そういうことになるかと存じます。もしくは後になって系譜図から嫁ぎ先が意図的に抹消されたという可能性もなくはないと」
「ばかな、仮にも一国の王太子の正妃だぞ」
リーンが低い声で呟く。
アンリが悲痛な声で尋ねた。
「母上はどんな一生を。何かそれを知る手立てのような資料は」
レアードが思案する様子を見せながら書類の束をめくり、中ほどから数字が細かく書かれた表とメモの書かれた紙を取り出した。
「フィオラ様が嫁いでから亡くなるまでの約四年間の支出額を抜粋しました。絵の具や筆、キャンバスなど画材や美術館鑑賞への出費が多いようです。絵をご覧になったり、描かれたりするのがお好きだったのかもしれませんね。反面、ドレスや装飾品にはそこまで支出されていません」
「母上は四年の間しかルトリケにいらっしゃらなかったんだ。でもきっと絵はお描きになっていた」
アンリが思いを馳せるようにして
「完成されたものがあるとすれば、その絵はどうなったのかしら」
と呟いた。
レアードが顎に手をやって少し考えるようなそぶりを見せたのち
「この城にお入りになった時、壁に絵画が掛けられていることにお気づきになりましたか」
と尋ねる。
確かに、壁にはかなり多くの絵画が掛けられていた
「あれはすべてキーツ様ご自身が掛けられました。あの中にもしかしたらフィオラ様がお描きになった絵もあるかもしれませんね」
レアードの微笑みにアンリが救われたような表情をした。
一方、リーンは驚く。
「父上がそんなことをなさるとは。それに、そこまで絵を大事にしていらっしゃるとは思いもかけなかった」
「フィオラ様がお描きになった絵だけではございません。先ほども申し上げましたが、フィオラ様の肖像画を大切に保管なさっていたのはほかならぬキーツ様ご自身です」
「そのせいで私たちは今まで母上の顔も知らなかったわけだが」
「独り占めしたかったのでは」
と少し冗談めかしてレアードが言う。
あの噂、亡くなった母上をとても愛していたから後妻を娶らなかったというのは本当だったのか。
もしそうだとしても、そのせいで自分もアンリも母親の愛も、加えて言うなら父親の愛も知らずに育ったのだが。
もっとも、リーンにはもう、それを恨めしいという気持ちも残ってなかった。
そのように生きた父上と母上。
だが、母上が亡くなったあとに、父上が母上のために特別に何かしたという記憶はない。
もちろん、自分が知らないだけかもしれないが。
母上は父上に大切にされていたのだろうか。




