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先王

祖父サーシの離宮がルトリケの西部にあるのに対し、父キーツのそれは南東部のレキラタとの国境に近いところにあった。


サーシの離宮は急坂を上り鬱そうとした森を越えなくてはならない。


一方キーツの離宮は、王城から距離的にも近いうえに平坦な道のりでもあり、その気になれば、小一時間で行けた。


しかし、月並みな言い方だが、心は遠く隔たっている。


リーンは一度も、足を向けようと思ったことはなかった。


これからも行くことはないと思っていた。


逆に言えば、キーツも来ようとすれば小一時間で王都まで来られる。


その気さえあれば、兵を集めて王城を攻め落とし、王位を奪還することも決してできないことではないのだ。


だが、リーンはもちろんほかの貴族たちも彼が二度と王城に戻るつもりがないことをわかっていた。


結局のところ、彼は自分の好きなように、勝手気ままに生きられる今の暮らしに満足しているのだというのが、おおかたの見方である。


実際、リーンがキーツに護衛の名目で付けた監視役の騎士たちからも逐一連絡が上がっていて叛意のないこともわかっていたし、何よりレキラタ側がキーツの監視を怠っていないようだった。


「そろそろ着くな」


「城門が見えてきました」


門番がリーンとアンリの顔を認めて、門を開ける。


この離宮はそもそも今から30年ほど前に曾祖父のヒースがサーシに譲位したあと過ごすために作られた場所だ。


海も近く、温暖でかなり過ごしやすい。


リーンがそんな場所に父を追放したのは、ほんのひとかけらだが、父のからだを心配する気持ちがあったからだ。


とはいえ、建物も庭もヒースの死後は放置されていた。


キーツが王都から追放されるまでは、ずっと、何にも利用されていなかったとリーンは聞いている。


「話に聞いていたのとは随分違うな」


「本当に。庭がこんなに手入れされているとは思いませんでした」


リーンとアンリは門番から二人の来訪を言付かった使用人に案内されながら、驚きを口にしていた。


二人とも面識のある使用人が言う。


「この庭の手入れはキーツさまがなさっています」


「なんと」


「庭だけではございません。建物もちょっとした修繕は」


「本当ですか」


「たいていのことはなさいますよ。そうした作業がお好きなのかお尋ねすると、頷いていらっしゃいました」


二人とも顔を見合わせてさらに驚く。


城の中に入る。


壁には多くの絵画が掛けられ、出窓にはいかにも父の好きそうな異国風の置物が並んでいた。


「王城の廊下とは全く雰囲気が違いますね」


「正直、ここまで物があると、落ち着かないな」


重厚な扉の前で使用人が立ち止まった。


「到着いたしました」


と言って、扉をノックする。


「うむ」


と中から声がして、使用人が扉を開く。


招き入れられた二人は、部屋の中央に置かれた奥のソファに座る初老の男を見た。


父と会うのは約三か月半ぶりだ。


だが、その三か月半の間に、十歳以上年を取ったのではないかと思うほど、老けていた。


リーンはサーシが二十三歳の時の子どもだ。


サーシは今四十三、四のはず。


だが、七歳上のカルドリよりも年上だと言っても通じるくらい老いて見えた。


「父上、ご無沙汰しておりました」


リーンとアンリが立ったまま、通り一遍の挨拶をする。


だがキーツは二人のほうを見ようともせず


「うむ」


と頷いたきり、何も言わない。


リーンはそのまま部屋の中の様子を窺った。


自分たちが入ってきた扉の向かい側にもう一つ扉がある。


先ほどの重厚な扉とは異なり、装飾の少ないシンプルなものだ。


恐らくここはキーツの私室の一つであの扉と心室がつながっているのだろう。


部屋に置かれているのはキーツの座っている長椅子、その向かいに一人用の椅子が二脚。


椅子の間にテーブル。


デザインや古びた様子を見るに、いずれもヒースの時代から使われている物をそのまま使っているのだろうと思われた。


同様に天井の明かりや彫塑を置く台も曾祖父時代のものだろう。


台の上にはどこかで見たことのある彫像が載っている。


あれはつい最近まで城にあったな、とリーンは思い当たった。


そして調度品の類。


先ほど通った廊下に置かれていたような異国風の人形や何かのからくりが仕込まれていそうなおもちゃ、古い時代を感じさせる置時計などが、所狭しと、置かれていた。


リーンとアンリが立ったままなのを見かねて、使用人がキーツに遠慮がちに声をかける。


「旦那様、キーツ様、国王陛下と王弟殿下です。いくらなんでもお立ちいただいたままでは」


「うむ」とだけ答えたキーツを一瞥し、使用人がリーンとアンリに着席を勧めた。


二人はキーツに向かいあうように腰を掛ける。


元々長居をするつもりのなかった二人は、用件を書いた手紙を先触れとともに渡していた。


用件は婚約の報告と自分たちの母親についてだ。


予め告げておけば、無駄話をせずに帰れる。


無駄話をしているうちに喧嘩になっては堪らない。


席に着いたリーンは来るときに見た庭園や建物の手入れの行き届いていたことを話題にしようとしてやめた。


用件だけでいい。


用件がすめば帰ろう。


余計なことを言ってお互いに嫌な気持ちになるのも避けたい。


それで


「今日は私の婚約報告に参りました」


とだけ言った。


「うむ」


「カラチロ国カルドリ帝の第二皇女トゥルーシナ姫との婚約です」


「うむ」


「二週間後に婚約式が執り行われます」


「うむ」


リーンが何気なくキーツの手に目をやると、手の中には何か小さなものが握られていて、キーツの心はそこにあるようだった。


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