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午後の執務室_2

ナイジェルはリストをめくり、次のページにも目を通しながら言う。


「独身の王族はアンリだけだから、ダンスの希望者はきみに殺到するかもしれないね。もちろん、ご令嬢方は王族だけを目当てにはしてないだろうけど、希望者がたくさんいればそれだけ、これはという人に巡り合える確率も高まるよ、きっと。もっとも高位貴族のご令嬢の数は限られてるけどね」


「ふーん、僕、控えめな女性が好きだから、殺到するご令嬢方はパスかも。でもなんだかんだ言ってナイジェルは他人事だね。」


「控えめな女性」のことでさんざんからかわれたアンリが、開き直って言い返す。


「当たり前でしょ。私には婚約者がもういるんだから。まあ来る者は拒まず、だけどね」


ナイジェルは軽口を叩きながら、リストをたどっていた指を止めた。


そしてリーンに顔を向ける。


「リーン、レキラタからの賓客が変更になっています」


リーンは自分の記憶をたどりながらナイジェルに確認した。


「もともと招待したのは、確か王弟のヒラリス殿下とご夫人だったな」


「はい。それが、今はご夫人の代わりに第一王女フルーラ姫のお名前が書かれています」


レキラタの国王ケイズを的確に補佐するヒラリスを、同じ王弟として尊敬するアンリが「えっ」と驚く。


「確か、ヒラリス殿下ご夫妻の仲はとても良いと伺っていますが。何か事情が」


と少し心配そうにする。


リーンも急な変更に


「ご夫人に不都合ができたのか」


と訝しむように尋ねた。


ナイジェルはリストの備考欄を見た。


そこに「別置あり」と書かれているのを見て、別置の抽斗を確認する。


内密にしておきたい事柄はリストには記さず、鍵のかかる抽斗に保管しているのだ。


ナイジェルがレキラタの封緘印が押されている封書を取り出し、念のため、その番号とリストの番号と照合する。


そのあとそれを開封し、手紙を広げて、ざっと目を通した。


そして二人に当該箇所を指で指し示しながら


「ご懐妊の兆し、とありますね」


と告げる。


「レキラタからここケトリルに来るのに、途中、道が蛇行する難路があります。そこを避けようとすると、岩の多い悪路を通らざるを得ません。どちらも、妊娠していることを考えると大きなリスクです。そうでなくても、今は特に大切になさるべきときでしょう。大事をとられての交代ですね」


ナイジェルの解説を聞きながら、手紙の文字を確認したアンリが歓声を上げた。


リーンも喜ぶ。


「なんとめでたい。では、祝いの手紙と見舞いの品を送る手配も頼む」


「かしこまりました」


アンリが先ほどまでナイジェルが確認していた招待客のリストを手にして


「それで、フルーラ姫というのはどのようなお方なのですか」


と尋ねた。


リーンが少し驚いたような顔をする。


「アンリは知らなかったか」


「はい。そもそも妹君がいらっしゃることも」


「そうだったか。いや、あんなにヒラリス殿下を敬愛しているからてっきり」


手紙を別置の抽斗にしまいながら、ナイジェルも


「ヒラリス殿下以外は目に入らなかったのですね」


と残念な人を見る目で見た。


アンリが口をとがらせる。


「ちょっと、また、ナイジェル、何っ?そんなおかしなことなの?」


抗議をされて、ナイジェルが


「あっごめん、アンリ。そうじゃない、そうじゃないんだ」


と素直に謝り、


「今、肖像画を持ってくるから、ちょっと待ってて」


と出て行った。


リーンがアンリに説明する。


「フルーラ姫は御年十六歳。ヒラリス殿下の十二歳年下だ。ケイズ王やヒラリス殿下の異母妹にあたる。」


「そうなんですか、僕、そんな方がいらっしゃるなんて思いもしませんでした」


「あまり表には出て来られなかったからね。そしてフルーラ姫のお母上は、私たちの母上の従妹なんだよ」


アンリが目を見開く。


「無理もない、母上はアンリを生んで間もなくお亡くなりになったのだから。私だってほとんどお顔を覚えてないのだもの。身近な大人は当時、誰も教えてくれなかったしね。実は私もそのことを知ったのはそんなに前のことではないのだ」


リーンはアンリがショックを受けているのがフルーラ姫たちの存在を知らなかったことだと思い、何とか宥めようとした。


けれど、アンリが放ったのは別の言葉だった。


「兄上、父上はレキラタに母上の従妹が嫁いでいたのに、レキラタに侵攻したのですね」


リーンにはアンリが憤る気持ちがよくわかった。


その事実を知った時、自分もまた同じことを憤ったからだ。


「ああ。ただ、その時にはすでにケイズ王が即位して七年目だ。その時はフルーラ姫が生まれてから六年経っていた。父上にとってそれはさしたる問題ではなかったのだろう」


空気が少し重くなったところにナイジェルが戻ってきた。


布に包まれた肖像画を二枚抱えている。


「ナイジェル、申し訳ない。重かったろう。二枚あったとは。一人でそれはちょっとキツかったな」


「大丈夫ですよ、我らがアンリのためですから」


ナイジェルがにっこりすると、アンリが照れながら


「ナイジェル、ありがと」


と礼を言い、


「えっと、一枚はフルーラ姫として、もう一枚も?」


と尋ねた。


ナイジェルが答える。


「いえ、こちらはクリスチノ姫です」


「クリスチノ姫?」


肖像画を立てかけるイーゼルを二脚出しながら、アンリが怪訝そうな顔をした。


それを手伝いながらリーンが


「その名前は前も出てきたし、今度の婚約式に関係する姫と言えば」


とヒントを出して、


「ああ、もしかして、エルベルト殿下の妹君ですか」


とアンリもやっと気がついた。


「アンリ、当たり。フルーラ姫もクリスチノ姫も賓客としてご招待しているからね。お顔を知らないとまずいでしょ。ともに御年十六歳だよ」


ナイジェルが言うと、三人で手分けして布を取り、二枚の絵をそれぞれイーゼルの上に乗せた。

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