午後の執務室_1
午前中のカルドリらとの面会と、少し遅めの昼食を経て、リーンとアンリは公務に戻った。
今はナイジェルと合わせて三人で、病院事業の予算の決裁や道路整備の進捗状況を確認している。
だがリーンは手だけは惰性で動かしながら、とりとめもなく考えに耽っていた。
エルベルト殿とフォールシナ姫は王都に出かけて行った。
婚約式まで3週間余りとなって、気の早い業者がちらほらと出店している。
トゥルーと私の肖像画も出回っているとか。
王都にはすでにかなりの人も出ているということで、二人にはマキシムの配下の護衛が数人ついた。
フォールシナ姫はルシィとして住んでいたハーリード領のハズン地区はもちろん、スイネ教会からもほとんど出たことがないと聞いた。
彼女にとっては初めての町行きだ。
しかも王都である。
華やかさと賑わいの中で、十日ぶりに会ったエルベルト殿と二人の時間を大切に過ごしていることだろう。
私もトゥルーと回りたかったが、やむを得ない。
ここ数日仕事量が増えてきた。
まずはそれに専念だ。
カルドリ帝とトゥルーはルトリケの王城専属の庭師に城の庭を案内してもらっているはずだ。
トゥルーによれば、北のカラチロと比べればかなり温暖な気候のルトリケには、カラチロでは見られない花々や木々も多いという。
先日、到着したばかりの時も、アジサイやアイリスなどが咲き始めているのを見て顔を綻ばせていたっけ。
それに彼女がカラチロの城でも大事にしているスズランの花園。
それは王城でも小規模ながら再現している。
彼女も昨晩、与えられた部屋のバルコニーから外に出て気がついていた。
けれど、上から見るのと間近に見るのとではまた見え方も異なるだろう。
それに闇の中でうっすらと光り輝くように咲く白さは小さくてもともすると妖艶で、日が高くなって見る葉の緑に映える花の白さは清廉と、趣も違う。
そのどちらも魅力的で愛おしい。
リーンはスズランの花とトゥルーシナとを思い浮かべた。
「…か」
「へいか」
「リーン」
三度呼ばれてやっと気がつく。
「なんだ」
ナイジェルが書類をひらひらさせる。
「ここ、サインが抜け落ちていますよ」
「悪い、中身は確認済みなのだが」
「もうっ。お疲れだとは思いますが、しっかりしてくださいな」
「ああ」
言葉ではそうは言うものの、もちろんナイジェルは本気で責めているわけではないのだろう。
さっきからどうも集中力を切らしてしまっている自分に対する気遣いの裏返しだ。
アンリが笑いながら言う。
「兄上は夕べもあんまり眠れなかったみたい、その上、午前中はカルドリ帝とのバトルでしょ。おまけに、トゥルーシナ姫とは二人きりになれないままここにいなきゃいけないから。ナイジェルどうかお手柔らかに」
「いやでも、ミスはさすがにね。それにアンリ、カルドリ帝とのバトルというなら、あなたもだったんでしょ。トゥルーシナ姫とのことはともかく。アンリもお疲れさま」
「ナイジェル、お気遣いありがと。でも、僕は思ったことを言っただけだからそこまででも。兄上のほうはいろいろと考えて動いてたから」
公務を始める前に、ナイジェルには龍痕やカルドリの狙いのことはもちろん伏せて、二人が無事婚約を認められたことだけを説明していた。
リーンがナイジェルに声をかける。
「それで言うと、フォールシナ姫をお披露目する段取りについては、ナイジェルに一任してもいいか」
「無論です。任せてください。そのあとに予定されているエルベルト殿下の求婚の申し込みまで、滑らかに事を運びますよ」
ナイジェルは自信を見せながらにこりとすると、手にしていた書類の束をまとめて、決裁箱に入れた。
そして今度は婚約式の招待客リストを右手でとり、アンリのところまで歩いて
「あとはアンリだけだね」
と彼の頭を左手で撫でた。
「むう」
アンリは少しむくれた顔をするが、満更でもなさそうだ。
そう見たリーンが
「アンリは、控えめな女性が好みだそうで」
とからかう。
「兄上、もう、それはいいではありませんか」
アンリがはにかんだ。
あのあとリーンから、
「その言い方だと二人の姫が出しゃばりということになるよ」
と冗談交じりに指摘されたのだ。
リーンの言葉を聞いて、ナイジェルが目を見開いて言った。
「アンリは控えめな女性のほうが好きなの?それは意外。てっきりおてんばさんが好きなのかと思ってたよ。リーンもそうだけど、アンリもこと女性に関しては奥手だから、ぐいぐい来るぐらいの積極的な女性のほうが相性はいい気がするな。トゥルーシナ姫もぐいぐいタイプでしょ。だからリーンもいいんだよ、よ。そうですよね、陛下」
おい、ナイジェル。
ここでわざわざ陛下呼びとは。
まったく。
またもや知ったふりをして。
確かにトゥルーは自分の意見をしっかり言うし、活発で明朗だ。
それは利点だし、私も好きだ。
だが、二人きりの時はそんなぐいぐい来てるか?
どう考えてもそれはない!
トゥルーの方から迫ってきたことなんて、一度もなかったぞ!!
むしろ、多少ぐいぐい来てもいいんだが??
リーンの頭の中の疑問符と感嘆符とは無関係にナイジェルが話を続けている。
「アンリ、安心して。とにかくかなりの数の貴族を呼んでるから」
無駄口をたたきながらも、どうやら目のほうはしっかり手元の招待客のリストをチェックしていたようだ。




