面会後(王と王弟)
カルドリらとの面会を終えて、リーンとアンリは面会場所だった特別室から廊下に出た。
そしてそれぞれの自室に戻ろうとしていた。
特別室から自室までは遠い。
しかし特別室からカルドリやトゥルーシナが滞在している部屋はもっと遠い。
「無事たどり着けるでしょうかね」
アンリが心配すると
「そこは心配ない。そのための侍従たちだ」
とリーンが笑う。
ナイジェルの邸に滞在していたフォールシナはやはりそのまま城に残り、婚約式まで父や姉と過ごすという。
彼女なりの親孝行の気持ちもあるのだろう。
エルベルトは今日の晩餐のあと、明日には城で滞在した部屋も王都でとっていた宿も引き払い、いったんテリクに帰るらしい。
確かにまだ婚約式まで三週間あまり。
本人は「王族義務から放免された」などと言っていたが、腐っても第二王子だ。
王子としてやらなくてはならないこと、求められることもたくさんあるだろう。
現に私の婚約式にもテリクからの賓客として招待していた。
彼がエディと同一人物だと判明する前からだ。
リーンはそれを思うにつけても、なんとかカルドリからフォールシナとエルベルトの婚約を取り付けたことに、今更ながら安堵した。
アンリも同様のことを思っていたのだろう。
「兄上、今日は本当によかったです」
まわりに誰もいないため、リーンの口調もつい砕けたものになる。
「エルベルト殿とフォールシナ姫の婚約だろ。なっ、うまくいってよかった。本当にそう思うよ」
「はい、カルドリ帝の態度には最初から最後までどきどきのしっぱなしでした」
「その割には、アンリは言いたいことを言ってたな」
アンリは苦笑いしながら
「僕は思うがままに言っていただけです。兄上の話の持っていきかたはさすがでしたね。あと、エルベルト殿下を呼ぶタイミングも」
と兄を称えた。
「それな。いや、私はエルベルト殿に感心した。隣の部屋で自分のことを散々悪く言われていただろう?それでよくあそこまで自制できたものだ。呼ばれて出てきたあとのやり取りも真摯で誠実な彼の感情が伝わってきた。初対面のカルドリ帝を前に全く臆するところがなかったしな」
「本当に。僕、エルベルト殿下と懇意になれてよかったと思います」
アンリがしみじみと言う。
「そうだな。私もだ。彼の、大人びてそれでいて世間ずれしていない物の見方は魅力的だ。とても年下だとは思えない」
リーンはそう言ったあと、
「彼のことを知れば知るほど、彼がフォールシナ姫と結婚するのは心強い」
と繰り返した。
アンリが遠慮がちに
「そういえば、あの話、私が聞いてもよかったんでしょうか」
と尋ねる。
「あの話?ああ、龍痕の恩寵の話か。カルドリ帝がいいと言ったのだ。気にするな。それに、アンリは控えめな女性が好みらしいからな」
とリーンが茶化した。
「えっ、どういうことですか。もしかして、あれって言っちゃいけないことだったんですか」
「アンリ、考えてみろ。お前、トゥルーもルシィも好みじゃないと言ったあとで、控えめな女性が好きだって言ったんだぜ。それって裏返して言えば、トゥルーもルシィもそうじゃないってことだろう。彼女たちに向かって厚かましいとか出しゃばりだって言ったのと同じことだろ」
アンリが急に立ち止まり、青ざめる。
「ええっ、ほ、本当ですか。ど、ど、どうしよう」
リーンもさすがに言い過ぎたと気の毒になって、アンリの頭をポンポンと軽く叩き
「冗談だよ、だいじょうぶだよ」
と言ってやった。
アンリはなおも動けない。
「アンリ、本当にごめん。本当に冗談だよ。それに彼女たちきっと、なんとも思ってないって」
リーンはなおも慰めようと、話を変えることにした。
砕けた口調と表情を元に戻し、アンリの肩を押して一緒に歩きはじめる。
そして自分の悩んでいたことを話す。
「アンリ、さっきの龍痕の恩寵のことだが」
少しぼーっと考え事をしていたように見えたアンリがリーンを見つめ返した。
「私は少し反省しているのだ。カルドリ帝が最後に言った言葉を覚えているか」
「ええと」
「龍痕の恩寵に囚われすぎてはいけないという言葉だ」
「あ、はい」
「私はカルドリ帝から恩寵の話を聞いてもなお、そんなことに囚われているつもりはなかった。今日、エルベルト殿がフォールシナ姫の気持ちを大切にし、彼女の望むように生きたい、二人で幸せになることが一番の望みだと言っていただろう。私もそうしたいと思っていたはずだったのだ」
アンリは黙ってリーンの隣を歩く。
リーンは続けた。
「カルドリ帝やフォールシナ姫が、恩寵は無欲の者を欲深にしかねないと言った。私が龍痕の恩寵について聞かされたのは、ひと月ほど前のカラチロ訪問でだった。そしてそれを聞かされて以来、ずっとその言葉に囚われていたことに気がついたのだ。自身の結婚も、ルシィとエディの恋仲も、フォールシナ姫とエルベルト殿の結婚も、恩寵という言葉を離れてはなかなか考えられないほどに。私も思わず知らず何かに対して欲を持っていたのかもしれない」
そこまで聞いたところで、
「兄上、そんなことはありません。兄上は何一つご自分のことを望んでいらっしゃらないではありませんか」
とアンリは微笑んだ。




