来訪者_2
バルトリスの視線を受けてリーンが合図した。
ハニウェル夫人の話の内容にかかわらず、城で彼女を保護し、安全を保障するというものだ。
それを確認して、バルトリスは夫人の不安を受け止めるかのように大きく頷き、彼のできうる限り優しい表情を作って約束した。
「貴方の事情については、承知したつもりだ。すべてこちらに任せてほしい。貴方の話せる範囲でよい。話したくないことは拒んでくれてかまわない。また、その内容にかかわらず、御身の安全を保障する」
夫人は顔を上げて、魔術師をしばらく見つめた。魔術師もまっすぐに夫人を見つめる。
彼女は魔術師が嘘を言っていないと判断したのだろう。
「バルトリス様、私は貴方様を信じます。もし万一、わが身に危険が及ぶことになったとしても、罪を犯した自分への罰だとうけとめることにいたします」
そして大きく息を吐いてから、一息に言った。
「十八年前に、カラチロとルトリケの国境にある森に、生まれて間もない赤ん坊を捨てました。女の子でした。その子のうなじから右肩にかけて、盛り上がった青色の傷がありました」
バルトリスは息をのみ、隣室の四人も互いに顔を見合わせた。
夢見の人物は実在した!
バルトリスが逸る気持ちと緊張を隠すかのように、声を押し殺して問う。
「その子とはそれきりか」
「はい。けれど、一度だけそれらしい姿を見かけたことがあります」
「いつのことだ」
「カール帝即位後九十年のお祝いの年に」
とそこで言葉を切り、一瞬唇をかんでうつむいた。が、すぐに言葉を継ぐ。
「立ち寄った教会で成長したその少女が保護されているのを知りました。カール帝即位百年の年に先王のキーツ様が即位されましたから、今から十三年前になりますか。とすれば、五歳頃かと」
一息で話す様子に、隣室では
「態度にこそ迷いや怯えが伺えるものの、言葉は、あたかも質問を想定してきたかのようによどみないな」
と、アンリが訝った。
バルトリスが聞く。
「なぜその少女が貴方の捨てた赤ん坊だとわかる?」
「それは、、他に類のない瞳の色と髪色でしたから」
短く夫人は答える。夫人の瞳も髪色も、この国にも周辺の三国にもよくあるブラウンだ。
「なんで、何色だってはっきり言わないんでしょうね」
とナイジェルが言えば、リーンが
「思わせぶりだな」
と頷く。
他方、夫人と対面しているバルトリスは別の意味で違和感を持って聞いていた。
経済的な理由などでやむを得ずわが子を捨てたのかと思っていたが、客観的に淡々とできごとのみを語る夫人からは、子どもへの愛がまったく感じられない。
その違和感は、探している少女の容貌やもっと言えば少女本人への興味よりもずっと大きなものだった。
本来なら瞳や髪の色など、少女の特徴を聞かなくてはならない。
それが自分の一番重要な役割だったはずなのに、とバルトリスは思う。
しかし、目の前の女性への関心が上回ってしまった。
それで思わず尋ねてしまった。
「その少女は貴方のお子ではないのか。会いたくはないのか」
夫人は目を瞬かせてしばし沈黙した。けれど、とうとう踏ん切りがついたのだろう。
「今から二十年以上前のことです。数年の間、私はカラチロ国の側妃付きの侍女をしていました。バルトリス様は、カラチロ国の第三皇女トゥルーシナ殿下をご存知ですか。御年十八になられます」
「も、もちろん、知っている」
なぜそんなことを言うのかと、バルトリスは明らかに驚いた顔をする。
おふれの人物についての話のはずが、なぜ、隣国の皇女の話題になるのか、と唐突な物言いに当惑していた。
隣室の四人もまた、「カラチロ国の第三皇女トゥルーシナ」という人物の名が、この場でハニウェルと名乗る女性の口から出てきたことに戸惑っていた。
知っているも何も、つい先ほど話に出たばかりだ。