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面会前夜(王と皇女と)

アンリ、エルベルトとの懇談を終え、リーンは一人、中庭を東側方向に向かって歩いていた。


「少し、頭を冷やすか」


明日のことを整理しなくては、そんな気持ちだった。


もちろん、求婚の主役はエルベルトだ。


彼のことだ。


直球で挑もうとするだろう。


だが、カルドリ帝は一筋縄ではいかない。


娘の結婚に対してどんな難題を吹っかけてくるか、予想がつかなかった。


とりとめもなく考えているうちに、とうとう庭の端のほうまでやってきてしまう。


その一角にはスズランが群生していて、ちょうど花が見頃になり始めていた。


恐らく婚約式の頃には満開となるだろう。


この場所を見渡せる位置にトゥルーシナのための部屋を用意していた。


今夜からちょうどその部屋に泊まるはずだ。


カルドリ帝とトゥルーシナが到着したという知らせは先ほどのエルベルトたちとの懇談中に聞いていた。


からだを城のほうに向けた。


そっと彼女の部屋のあたりを見上げてみる。


明かりがついていた。


侍女らしい女性の声が漏れ聞こえる。


確か、とメリーいう名だったか、トゥルーシナが生まれた時から世話をしている女性だろう。


「もう、今日はお休みなさいませ」


と言っているようだ。


寝るには少し早めだが、長旅で疲れているのは間違いない。


本当に休もうとしているのだろう。


そう思い、自分も立ち去ろうとしたが、部屋の明かりはそのままだ。


名残惜しい、あと十分だけ。


窓に映る影を見つめる。


そのうちにその人影が少しずつ大きくなってきた。


カタン、と小さな音がして開き、誰かがバルコニーに出てくる。


部屋からの明かりはまぶしく、顔はその陰になって見えない。


だが。


「きれいなお花。スズラン、このお城にも咲いているのね」


よく通る澄んだ声は囁くようにひそやかなのに、リーンの耳にまで届く。


「トゥルーシナ?」


思わず声をかけてしまっていた。


「リーンさま?」


彼女の驚いたような声が聞こえる。


「リーンさまですの?」


リーンは相手に姿が見える位置まで移動し、彼女に手を振ってそうだというように合図した。


夜だ。


これ以上大きな声を出すのは流石に憚れる。


自分でも意外なことに即座に


「そちらに行く」


とからだが動いて部屋に急いでいた。


トゥルーシナの部屋をそっとノックする。


扉の向こう側でもう待っていたのだろう。


すぐに扉が開き、ずっとずっと焦がれていたトゥルーシナの顔が見えた。


少しだけ庭を見て、満足したら眠ろうとしていたのかもしれない。


夜着の上に薄いガウンを羽織っただけだ。


「こんな時間にすまない。疲れているだろうに」


とリーンが謝ると、トゥルーシナは頭を振って、リーンの手を引き自分の側に招き入れた。


「リーンさま、お会いしたかったです。ずっと」


「ああ。私もこの数週間、トゥルーにどんなに会いたかったことか。でも、今日は会えないと思っていた」


リーンは再会の喜びから、まずそっとトゥルーシナを抱き寄せた。


そして一度離れてお互いに見つめ合う。


「遠いなら遠いで、仕方ないと諦めもつきますのに、目と鼻の先にいるのに会えなかったもどかしさと言ったら」


今度はトゥルーシナのほうから両手をリーンの背中に回して縋り付いてきた。


リーンもトゥルーシナを抱くが、腕にどんどん力が入ってしまう。


「リーンさま、少し苦しいです」


トゥルーシナがクスッと笑い、リーンが慌てて手を緩めて照れ笑いをする。


「息災だったか」


「はい、リーンさまも?」


リーンは返事の代わりにまたトゥルーシナを抱きすくめる。


腕の中でトゥルーシナが小声で不安そうに言った。


「私、明日が来るのが怖いような待ち遠しいような。明日をどう迎えればよいのか」


リーンは黙って背中を撫でてやる。


「妹は私たちを恨んではいないでしょうか」


「それは?」


「私たち、十八年もの間、彼女のことを放っておきました」


放っておいたではない。

トゥルーシナは何も知らなかったからだ。


妹の存在すら。


「トゥルーに非はないよ」


とだけ言って、トゥルーシナの髪をゆっくりと梳いてやる。


「でも、いきなり彼女の日常から引き離してしまって」


「それをしたのは私だ。トゥルーは悪くない」


トゥルーシナはリーンの胸で少しだけ黙って何かを考えているようだったが


「彼女のためなら、できることは何でもしたいと思っています。力になりたいのです」


と、きっぱりと言う。


その言葉を聞いて、リーンも心を決めた。


トゥルーシナに打ち明けよう。


「トゥルー、それにはやはり彼女の話をよく聞いてあげて。トゥルーならできるよ。それともう一つ、本当はこれは黙っておこうと思ったのだけど」


「私が聞いてもよいことなのですか」


「ああ。だから話すよ。いずれは明らかになることだし。実は、フォールシナには恋人がいるんだ」


トゥルーシナはリーンの腕から逃れて彼と向き合った。


「恋人…本当ですか。それはどなたですか。どんな方か伺っても」


「ごめん、そこまでは今は言えない。明日きっとわかるよ。だから、フォールシナに味方してあげて」


リーンの真剣なまなざしにトゥルーシナは頷く。


それを見てリーンも少し安心した。


エルベルトにとっても、フォールシナにとっても、トゥルーは大きな力になるはず。


「夜遅くにごめん。少しの時間でも会えて、本当に幸せだったよ」


リーンはそう言ってトゥルーシナをもう一度自分に引き寄せ、額に口づけした。


トゥルーシナが頬を赤らめて微笑む。


リーンはトゥルーシナの頭をそっと撫でて部屋を出て行った。


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