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[完結]王と青龍を抱く乙女  作者: 文近成季
第一部 第一章
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来訪者_1

「それは、カラチロ帝国第三皇女トゥルーシナ殿下です」


側近全員が王を窺う。


ナイジェルが、リーンの結婚相手だと挙げた名前は、三年前まで彼の婚約者だった隣国の皇女だった。


「っ、一度、破談になった相手だぞ。どこから来た話だ」


ぼそっと呟くリーンが一瞬見せた切ない表情をナイジェルは見逃さなかった。


だが、それには気づかないふりをして、おどけたように


「私の思いつきです」


と白々しく言う。そして


「ちなみに、王の結婚と言うのも、ついさっき思いついたんだけど」


と舌を出した。


「な、お前、冗談で言ったのか」


リーンは思わず立ち上がってナイジェルに詰め寄るが、半分顔が笑っている。


一気にその場が砕けた雰囲気になった。


みんなトゥルーシナとは面識がある。


バルトリスが


「いや、意外に名案かも」


と真剣な表情で言う。


マキシムが顔を綻ばせてうんうんと頷く。


「だってほら、最初の出会いの時から、リーンはトゥルーシナのこと気になってたよね。顔についた泥をぬぐってもらって…」


「ちょっ、待て、マキシム、それ以上言うなよ」


とリーンが慌てて牽制した。


上着の隠しポケットにはその時のハンカチをお守り代わりにいつも入れていることは誰にも話していない。色褪せるどころか、もうほとんど原形すら留めていないが。


すると今度はアンリがにこにこしながら


「なんかすごくいい話に思えてきた。費用については検討が必要だけど」


と言い出し、リーンは


 「おい、アンリまで」


と顔を赤くした。そして


「彼女とは、父上に破談にされているんだぞ。いまさらどんな顔をして」


と拗ねたように言った。


脈がある、そう見たナイジェルが、今度は少し改まったように姿勢を正し、


「お任せください。他のお歴々に根回しが必要です。今日はこの話はここまでとしましょう」


と打ち切り、お開きとなった。


執務室から五人が出たところで、控えていた護衛が何者かの来訪を告げた。


来訪者の目的を聞いて、皆が色めき立つ。


リーンが魔術師に目配せした。それを受けて


「私が対応しよう。どの部屋に通したのか」


とバルトリスが応じる。


来訪者は王宮の入口近くの応接室に案内されていた。


その隣には応接室の様子をうかがえる隠し部屋がある。


バルトリス以外の四人は、隣の隠し部屋でその様子を見ることにした。


応接室からは四人の姿は見えないが、隠し部屋からはバルトリスら二人の姿も見え、話している内容も聞くことができる。


バルトリスが自分たちのほうを向く位置、来訪者が自分たちに背を向ける位置に四人は陣取る。


バルトリスがゆっくりと入室した。


女性が椅子から立ち、一礼をする。


バルトリスの見立てでは、年のころは三十代後半。


華美ではないが比較的上質な服をまとい、どことなく上品な佇まいの女性だった。


落ち着いてはいるものの、青ざめて少し怯えたような、沈痛な表情をしている。


ただ、固く結んだ唇は何かを決意しているように見えた。


「おふれの内容に関することで城を訪ねてきたと聞いた。私はおふれの責任者のバルトリスだ」


と魔術師が口を開くと、女性は小さな声で


「セレナ・ハニウェルと申します」


と名乗ったきり、顔を伏せて押し黙ってしまった。


「ハニウェル男爵の縁者か」


隣室でリーンが呟くと、他の三人も頷いた。


ハニウェル男爵は、服飾品を手掛ける商売が成功し、先王の時代に爵位を得ていた。


と言って、悪い噂もよい評判もとりたてては聞こえてこない、そこまで目立つことのない男である。


数分間の沈黙が続く。


しばらく様子を見ていたバルトリスがとうとう促した。


「青い傷のある人物に心当たりがあって、ここを訪ねてきたと聞いたが」


「それは、、その、、何から話してよいのかわからないのです。ずっと罪の意識に苛まれていて、どうしても話さなければ、と思うのですが、話し出せば、歯止めをかけることができなくなってしまいそうで。良いことも悪いことも、自分にとって都合の良いことも都合の悪いことも何もかもしゃべってしまそうで」


と途切れ途切れに話す夫人は、細い肩を震わせ、両手でハンカチをずっと握りしめている。


バルトリスは目の前の女性に気づかれないように隣室を伺った。

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