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面会前夜(王と王子と王弟と)

その日の晩餐後、リーンはアンリ、エルベルトと懇談していた。


明日に備えての情報共有である。


カルドリ帝らとの晩餐を取りやめたために時間が取れたのは幸いだった。


まずリーンが、婚約式よりもひと月近く早くカルドリ帝がやってくることになったいきさつを話し始めた。


「逆算すると、今から十日ほど前になるが、マキシムからフォールシナ姫らしい人物を見つけたと報告があった。まだその時点では本人かどうかの確証はなかったのだが、カラチロ側に第一報を入れたのだ。彼女が生きているようだということをとにかく早くカルドリ帝とトゥルーシナに知らせたかった。そして実際に本人かどうかを翌日に確かめに行った」


「私が素性を隠して陛下とお会いし、陛下がルシィを連れて行ってしまった日ですね」


「そうです。要するに兄上がエルベルト殿下の目の前からフォールシナ姫を連れ去った前の日に、すでにカルドリ帝には連絡をしていたということです。そしてどうやらその連絡が来た時点で、婚約式まで待たずに、お二人ともカラチロを出発する準備を始めたようですね」


そうアンリが補足すると、リーンが話を続けた。


「貴公もいた場での話だが、連れ去る時に教会長とシエラディト辺境伯に伝達することを約束した。それについてはあの日の二、三日後に書状を出すことで済ませている。そのあとシエラディト辺境伯からカルドリ帝に連絡したと返事が来た。だから出発前後にはフォールシナ姫が王都にいるという連絡は受けているはずだ」


「その話は辺境伯から聞いています。実は私はカルドリ帝の出発を聞いて、カラチロではなくこちらに参ったのです」


とエルベルトが相槌を打ちながら答えた。


リーンは言う。


「なるほど。とはいえ、カルドリ帝はシエラディト辺境伯からは必要最小限のことしか聞いていないだろう」


エルベルトは黙って聞いている。


「それにカルドリ帝に最初に連絡した時は、こちらの方も彼女についてはほとんど何も把握していなかったからな。姿かたちについても、暮らしぶりについても。それがこの十日の間に数多くのことが判明した。ルシィを教会長に託していたのがシエラディト辺境伯で、ハーリード辺境伯の援助で教育を受けていたことなど、思いもしなかった。そして何よりも衝撃的だったのは恋人だ。カルドリ帝もよもやフォールシナ姫にテリクの第二王子の恋人がいるとは思うまい」


リーンの言葉にエルベルトは苦笑した。


アンリが疑問を口にする。


「本人を前にして言うのもなんですが、シエラディト辺境伯はエルベルト殿下とルシィを縁付けるつもりは本当になかったのでしょうか」


リーンが、


「お前、朝もそれ聞いてただろう。あっ私もだが」


と茶化したが、エルベルトはきまじめに答えた。


「知り合ったのは本当に偶然なのです。親しくなってからも何度も釘を刺されましたし」


「シエラディト辺境伯はルシィがフォールシナ姫であるとは知らなかったようですが、たとえば自分の養女にして、エルベルト殿と添わせるというようなことは」


「ないですね。ご自分の養女にするかどうかはともかく、私と結婚させるつもりはなかったと思います」


「それは」


「先ほど来申し上げているように、交際については反対しかされていませんから」


「でも、ルシィは貴方を恋人だと公言していたと聞きます。てっきり、教会長はもちろんシエラディト辺境伯もハーリード辺境伯も公認の仲だと思っていましたが」


「うーん」


「でも、禁じられるほどに燃え上がる気持ちもあるのではありませんか」


アンリが真剣な顔をして言うのを見てリーンが


「考えすぎ、エルベルト殿を困らせるな」


と笑う。


アンリもちょっと気まりの悪そうな顔をした。


自分でもくどい聞き方だと反省したのだろう。


「エルベルト殿下、お許しを。しつこすぎましたね。ちょっと暴走してしまいました。兄上、なんでもウラがあると思ってしまうのは僕たち兄弟やナイジェルの悲しい性かもしれませんね」


「確かにな。父上やその取り巻きのことではいろいろあったからな」


そう話す二人を見てエルベルトが微笑ましそうに見つめた。


「お二人の仲が良いのが羨ましいですね。少なくとも私とミセル殿下の間にはそんなやりとりはありませんから」


「それは、幼い頃からですか」


「私と兄とは年子です。物心ついたころにはもう、いつも競争でしたね。勉学も剣術も。一緒に大きくなったと言えば確かにそうですが」


そう言って少しだけ寂しそうな顔をした。


午前中のエルベルトの言葉を思い出す。


「テリクの王太子は私の兄のミセル殿下に決定し」

「それまで等しく教育を受け公務を担っていた私は、その時点でよい意味でも悪い意味でも自由、放免」

「弟として王太子を補佐するような役割はありませんでした」

「王太子が決まれば、他方は用済み」

「自由になった私が」

「感じたのはただただ無力だという虚しさ」

「これまでやってきたことがすべて否定される、何も報われない。そういう虚しさ」


アンリが尋ねる。


「これも今朝訊ねたことで、今更ですが、もう王位に就くという望みは」


「ないですね。今朝も言いましたが、私はルシィのためなら王籍の離脱も厭わないただの男です」


リーンは明日エルベルトが対峙するはずの男のことを考えた。


エルベルトはルシィのためならすべてを捨てる覚悟でいる。


そんな男はカルドリ帝の目にどう映るだろうか。


加えてフォールシナ姫の龍痕のこと。


「エルベルト殿、明日の面会のためにしっかり作戦を練っておいたほうがいい。私にできることはたかが知れているが」


「兄上、僕は」


「アンリ、すまない。以前、フォールシナ姫のことで話せないことがあると言ったのは覚えているか」


「はい」


「明日の面会、お前は同行してくれ。そのほうが心強いから。ただし途中で席を外してもらうことになるかもしれない。事情についてはいずれ必ず打ち明ける」


アンリは半分だけ納得したような顔をして頷いた。


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