王子の来訪_4
ルトリケとカラチロの関係は良好だが、カルドリ帝と先王キーツの関係は最悪、というリーンの言葉を受けたものだろう。
エルベルトは
「そうですか。国も誰が統治しているか、代表しているかによって、全く違うものになりますね。テリクが平和協定を無視してレキラタと結んだのは、筆頭公爵の個人的な主張が通ったものですが、ここだけの話、私は疑問を感じないでもありませんでした。とはいえ、それがもたらしたものを考えると、私の疑問は見当違いだったのでしょうが」
と自信なさげに言ったあと、
「まあとにかく皇帝陛下と対峙するのは正直怖いですね」
と結んだ。
リーンはエルベルトの感想を意外に思った。
「カルドリ帝は寛容だし、懐に入れたものは大切にすると思うが」
「私の中では、皇帝陛下は寛容というよりもむしろ正反対の、厳格、でしょうか。人によって見方は違いますね。それはともかく、今回は否が応でも懐に入らなくてはいけません。できることをやるのみです」
と微笑んだ。
リーンはある意味感心していた。
フォールシナ姫をめぐるエルベルトの言動について。
私は父にトゥルーシナとの婚約破談を言い渡されたあと、何かしただろうか。
何もせずにただ悶々としていただけだった。
今こうして婚約にこぎつけることができたのだって、ナイジェルがカルドリ帝に手紙を出し、父の婚約破棄が一方的なもので無効であると確認してくれたおかげだ。
エルベルト殿下とフォールシナ姫とのことも、彼が何かしてくる前に動かなくてはと思っていたが、結局先に動いたのは彼のほうだった。
しかも悔しいことにエルベルトは誠実だ。
リーンはエルベルトに向かって穏やかな気持ちで言った。
「エルベルト殿、貴公の気持ちはとてもよくわかった。カルドリ帝は明日の昼過ぎに到着の予定だと聞いている。明後日にも、面会の機会を持ちたいと思っているが、どうだろう」
「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」
会話の頃合いを見計らってナイジェルが
「もうこんな時間です。ご一緒に昼食でも」
と提案した。
エルベルトは躊躇いながら、リーンを見た。
可か不可かを伺っているのだろう。
リーンが頷く。
そしてリーンが侍従を呼ぼうとした時、出入口のほうから逆に侍従の声がした。
「ご会談中のところ、誠に申し訳ありません。先ほど連絡があり、カルドリ帝ご一行が今日の夕方にご到着になると」
マキシムが即座に立ち上がって、侍従を呼び入れた。
リーンが促す。
「もう一度、言ってくれ」
「はい、カルドリ帝ご一行が今日の夕方にご到着の予定です」
「到着は明日の昼ではなかったのか」
「それが、道中、順調だったとのことで」
確かにここ数日、天候に恵まれていた。
あるいはフォールシナ姫との再会を待ちきれぬ親心か。
本来なら到着の早まりは喜ぶべきことだろう。
何より、トゥルーシナに少しでも早く会うことができる。
が、それとて、こちら側の準備が整っていてこそ。
誰かのぶつぶつ言う声が聞こえた。
それをかき消すようにリーンが侍従に指示する。
「あいわかった。各所に指示を伝達してくれ」
「承知いたしました」
「あと、中庭に昼食の用意を頼む。6人分だ」
「かしこまりました」
侍従が使い終わった茶器を整理して運び出していく。
机の周りではまだみなが口々に到着の早まったことについて戸惑いの声を上げていた。
そこにナイジェルが声をあげ
「とりあえず、今日明日のスケジュールを組み直しましょう」
と提案し、ひとまず場が収まった。
部屋を出て中庭に続く廊下を歩く。
エルベルトが少し驚いたように周りを見ていた。
リーンが照れたように
「この城には驚くほど何もないだろう」
と笑う。
「いえ、私もシンプルなほうが好きですよ」
とエルベルトが返した。
リーンは
「私の父がこまごまとしたものが好きでね。彼が退位して離宮に引きこもる際に多くのものを持っていってしまったのだ。そのうえ戦後復興のための財源確保のために、金目のものは売却して換金した。それでお恥ずかしいことに城はこう、見事なほどに何もなくなって。でも私もこのほうが自分らしいかな」
と苦笑する。
中庭が見えてきた。
昼食の準備は万端だ。
先を歩いていたアンリたちがその場を調えている。
リーンがエルベルトに向かって改めて語りかけた。
「エルベルト殿、私たちは、今回、貴公から申し出のあった件について、できる限り協力したいと考えている」
私たち、とあえて口にしたことをこの男はわかってくれているだろうか。
エルベルトが立ち止まった。
どうしたのかと、リーンも立ち止まる。
するとエルベルトはリーンにしっかりと向き合って、礼をした。
「よろしくお願いいたします」
リーンは頷き、また二人は中庭に向かって歩き出した。




