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王子の来訪_3

「エルベルト殿。貴公は、フォールシナ姫の青い痣を見たことはあるか」


「ドレスから出ている部分は。彼女は特に隠しているわけではありませんから。で、それが何か」


「どう思う」


「どう、とは」


エルベルトが全く意に介さないのを見て、むしろリーンのほうが戸惑った。


リーンは実際にはフォールシナのものもトゥルーシナのものも見たことがない。


トゥルーシナが醜いと言っているのを聞いただけだ。


「その、疎ましいとかは。いや、私は見たことがないのだが、醜いという言葉を聞いていて」


「陛下、陛下は一点の曇りもない美しい肌の女性しか愛せないのですか」


呆れたようなエルベルトの声を聞いて、またしてもナイジェルはやれやれという顔をし、マキシムがあちゃーと右手で両目を押さえて天を仰いだ。


その様子にリーンは一層慌てた。


「そうではない、そうではないのだ」


対し、エルベルトが言い切る。


「ルシィはルシィです」


敗北感を滲ませながら、リーンも呟いた。


「トゥルーシナもトゥルーシナだ」


だがその心はここにいる誰にもわからないだろう。


青い痣を言うなら、それはトゥルーシナにもある。


通常は見えない場所だ。


だからそれがあることを知っているものはほとんどいないだろう。


そしてその傷は、女性であればなおさら大切にしているであろう胸にあるという。


けれど、そのトゥルーシナ自身は、自らを醜いとも恥ずかしいとも思っていないと言っていた。


ただただ私がどう思うのかだけを彼女は気にしていた。


私は彼女からそれを告白された時、


「どんな姿かたちであろうと、トゥルーシナ姫はトゥルーシナ姫です。私の愛に変わりはありません」


と答えたのだった。


今だってその気持ちに変わりがあるはずがない。


リーンの意図を知るべくもないだろうが、エルベルトは


「そうですか」


とだけ言い、怪訝そうな顔をした。

場を取りなすようにナイジェルが話題を変える。


「エルベルト殿下、ここにいらっしゃった目的は承知いたしました。要するに、カルドリ帝がルトリケに滞在なさっている間に、彼との面会の機会を作ってほしいということですね」


「そうです。なるべく早くに。婚約式の前までに」


「そこまで急ぐのはなぜか聞いても」


「今回の婚約式は国王陛下と皇帝陛下のご息女との間のものです。ご息女は十八歳、かの国の女性の結婚年齢としては決して早くはない。そこにもう一人、同い年のご息女が生きているということがわかれば、その結婚相手の選定が当然問題となってくるはずです。そして、もしかしたら皇帝陛下の頭にはすでにフォールシナ姫の結婚相手として誰かの名前が浮かんでいるかもしれないのです」


そう言ってエルベルトはアンリを見た。


アンリは「えっ、何」とキョトンとした顔をしている。


リーンが先にエルベルトの言わんとすることに気づいた。


「つまり、カルドリ帝がフォールシナ姫の結婚相手としてアンリを考えている可能性があると」


エルベルトの視線の意味を理解してアンリが慌てる。


「えっ、僕ですか。僕、そんな気持ちはまったく」


エルベルトが静かに言う。


「アンリ殿下、当人の気持ちなど関係ないのが王族や高位貴族の婚姻です」


「そっそれは知っています」


アンリが小さな声が向かい側のエルベルトに届いたかどうか。


エルベルトは話を続けた。


「話を元に戻します。ルシィ、いえフォールシナ姫の結婚相手として誰かの名前が皇帝陛下の頭にすでにあり、こちらにいらっしゃったときにその根回しをするかもしれません。そうでなくても婚約式で彼女をお披露目するついでに、結婚する可能性のある相手の名を皇帝陛下が口にしてしまうかもしれないのです。そうなったら、もう私には何もできません。フォールシナ姫のお父上である皇帝陛下の言葉は絶対ですから。ですからその前に皇帝陛下にお会いして名乗りを上げ、ルシィへの求婚とそれに対する許可を得たいのです」


リーンは試すような気持ちで聞いてみる。


「ちなみにカルドリ帝の頭の中に、エルベルト殿、貴公のお名前は」


「ないですね」


エルベルトは即座に、きっぱりと言った。


「そもそも、私は皇帝陛下とほとんどお会いしたことがありません。十五年前に皇帝陛下が即位なさった折、テリクにもいらっしゃいました。けれどその時私は四歳でした。その後、ルトリケ制圧の際の調印式にもお見かけしましたが、その時はすでにミセル殿下の立太子も終わっていました。いずれにせよ私のことなど覚えていらっしゃらないでしょう」


リーンは意外に感じた。


「カルドリ帝はよく目配りをなさる方だと思う。私もアンリも祖父を通じて懇意にさせていただいたが」


と口を挟む。


するとエルベルトが


「テリクとルトリケとでは事情が異なるのではないでしょうか。シエラディト辺境伯から国王陛下のご祖父様サーシ元国王陛下とカルドリ皇帝陛下の強固なご関係については伺っています。その関係が国王陛下と皇帝陛下のご息女との婚約ひいては平和協定に結びついたとも。ですが、テリクとカラチロとはそこまで強いパイプもありません。むしろ、ルトリケのほうから仕掛けた戦争をテリクがレキラタを助けて退けたことをどう受け止めていらっしゃるか。テリクからすれば戦争を終わらせてレキラタを救ったのですから平和に貢献したわけですが」


と苦笑した。


「なるほど、そういうことなのか。テリクとカラチロが微妙な関係にあることはよくわかった。ただ、カルドリ帝の名誉のために言えば、彼も決してルトリケのレキラタ侵攻を容認しているわけではない。いやむしろ糾弾し、それを引き起こしたわが父キーツに対して言いようのないほど怒っていらっしゃるのだ。ルトリケとカラチロの関係は良好だが、カルドリ帝と先王キーツの関係は最悪だな」


最後のほうは自嘲気味に言った。


即位してから三か月足らず、いまだ内政に力を入れていて外交については十分とは言えない。


自国と他国の関係に目を奪われるあまり、他国間の繋がりに目を配ることを疎かにしてしまっていた。

いつも変わらずいいねをくださる読者さま。

本当にありがとうございます。

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