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王子の来訪_2

「確かに。一般的には王族がお忍びで市井に出ることはよくありますし、市井の者と恋をすることもあるでしょうが、相手が教会の孤児だった少女というのは、貴国の王族や貴族の方々からすると向こう見ずと評価されても」


とマキシムがそこまで言って初めて気がついたというように尋ねた。


「殿下はルシィの素性のことをどこまでご存じだったのですか」


ナイジェルも同調する。


「ルシィは貴族としての嗜みも教育されています。何かお聞きになっていたこともあったのでは」


そう聞かれたエルベルトは、先ほどまでルトリケ側をまっすぐに見ていた視線を少し落として答えた。


後ろ暗いところがあるというよりは、少し恥ずかしげに見えた。


「ルシィと知り合ったのはたまたまでした。私がカラチロのシエラディト辺境伯に誘われて、ハーリード辺境伯に会いに行く途中で、スイネ教会に寄ったことがきっかけです。ルシィと親しいことが傍目にもわかるようになってからは、シエラディト辺境伯から何度か忠告されました。身分違いの恋は実らない、身を引くのが私にとってもルシィにとっても幸いだと」


それを聞いて、祖父のサーシからシエラディト辺境伯の若い頃のことを聞いていたアンリが意外そうな顔をした。


「シエラディト辺境伯は意外に常識的なことを言うのですね。ルシィがフォールシナ姫であるという話は」


「そんな話どころか、ルシィが貴族ということも聞いたことはありません。とにかく、私はルシィを諦めることができませんでした。こう言ってよければそのまま王籍を離脱し、平民となってでもルシィと添い遂げたいと思うほどに。どうしても彼女への思いを断ち切れなかったのです」


リーンは何の照れもなくそう語るエルベルトが羨ましかった。


我が身を振り返る。


私もずっとトゥルーシナへの思いを断ち切れなかった。


けれど、すべてを捨ててまで添い遂げようとしただろうか。


自分には恐らくできないことだ。


現に結婚相手など誰でもよいと一瞬でも思ったことがあったではないか。


私は王となるべく育てられ、王となるしかなかった。


アンリがリーンの気持ちを代弁するように、自分に引き付けて言う。


「僕も第二王子として生まれました。エルベルト殿下より一つ下です。けれど、自分の立場を考えるとそこまで、思い切ることはできません」


その言葉にエルベルトが頷く。


そして、洗いざらい話しましょうと微笑んだ。


「確かに、ルトリケとは事情が異なるかもしれません。ご存知の通り、三年前のルトリケ制圧の前後にテリクの王太子は私の兄のミセル殿下に決定しました。それまで等しく教育を受け公務を担っていた私は、その時点でよい意味でも悪い意味でも自由、放免とされたのです。アンリ殿下のように弟として王太子を補佐するような役割はありませんでした」


「では万一、王太子が損なわれたときは」


「その時はその時でしょう。すべては後継者争いを避けるための父の考えによるものです。王太子が決まれば、他方は用済み。でも」


そう言って、エルベルトは顔を曇らせた。


「自由になった私がどんな気持ちになったか、アンリ殿下におわかりになりますか。感じたのは重圧から解放されたという思いではなく、ただただ無力だという虚しさでした。これまでやってきたことがすべて否定される、何も報われない。そういう虚しさです。そんな時に、好奇心から出席した夜会でシエラディト辺境伯と知り合いました。私は長年テリクの干ばつ問題も研究し、テリク北東部の移民運動にも関心を持っていました。そしてその受け入れの当事者であるシエラディト辺境伯の話を聞き、感銘を受けたのです」


リーンがマキシムやバルトリスを見やった。


十日ほど前にスイネ教会に行った折、教会長もしていた話だ。


「確か三十年ほど前の話だと聞いている」


「国王陛下もご存じでしたか」


「ああ、スイネ教会の教会長から、テリクからの移民をまずシエラディト領のテクレ教の教会で受け入れ、その後、ハーリード領にもスイネ教会を作って受け入れたと聞いた」


「その通りです。私は自分の生まれる前からそういう問題が起きていたのに、その前の王はもちろん、数十年に一度の話だからと言って何も手を打ってこなかった父も許せなかったのです」


「それでシエラディト辺境伯やハーリード辺境伯と懇意にしていたというのだな」


リーンとアンリは、離宮で祖父のサーシから聞いた話を思い出していた。


そうだというように、エルベルトは首を縦にした。


「では、貴公に王位に就くという望みはないのか」


今度はエルベルトは首を振る。


そして、


「今はその気持ちは毛頭ありません。先ほども言ったように、ルシィのためなら王籍の離脱を考えているようなただの男です」


と口にした。


「今は」という言葉にリーンは反応した。


ここまでの話の中に嘘はないだろう。


エルベルトは信じるに足る人物だ。


リーンは話をするほどに、若者が気に入った。


若者、というほど自分は老獪ではないのだが。


というかむしろ一つしか違わないのだが、彼の素直さ、快活さは自分にはないものだと痛感した。


自分だけではない、アンリもナイジェルもおそらくそうだ。


このような男にシエラディト辺境伯やハーリード辺境伯は本当にルシィの素性に関わることを明かさなかったのだろうか。


「重ねて聞くが、シエラディト辺境伯からルシィの素性や今後の身分についての言及はなかったか」


「はい」


エルベルトは短く答えた。


そして、自嘲気味に笑う。


「ルシィがフォールシナ姫だと判明して、初めて自分が王子という身分であることに感謝しました。ただのエルベルトのままでは、姫を奪うにはあまりに遠いので」


リーンは、フォールシナ姫に龍痕という秘密がある以上、カルドリ帝はなかなか肯いだろうと想像した。


しかしエルベルトの力にはなりたい。


何か自分にできることはないか。


そう思いながらも、リーンは最後に確認したかったことを聞いた。


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