王子の来訪_1
執務室に残された四人は、みな複雑な表情だ。
「いきなりですね」
ナイジェルがそわそわしながら、全く関係のない書類のページを前にめくったり後ろにめくったりしている。
「どうされますか。対応は兄上だけでなさいますか」
アンリに問われたリーンは、躊躇なく
「いや。顔見せという意味合いもある。とりあえずは五人で会おう。そのあとどうするかは相手次第だ」
と答えた。
バルトリスが腕組みをしたまま
「問題は、彼がどういう意図をもって、ここに来たかということですね」
と言えば、アンリも悩ましげに頷いた。
落ち着きを取り戻したらしいナイジェルが
「たった一人でということは、個人的なことでしょうね。やはりフォールシナ姫の行方と婚約式についてでしょうか」
と書類を揃えてテーブルの上の書類の束に重ねた。
それに対し、「でも」とアンリが疑問を口にする。
「念のための確認ですが、まだ彼は自分がエディと同一人物とは言っていませんよね。あくまでこちらの推測だけで」
「そうですね」とナイジェルが同調する。
「確かにフォールシナ姫に関する依頼であれば、身元を明かさないわけにはいかないだろう」
侍従の「準備ができました」という声に、四人は隣室に移動した。
隣室は領主たちとの会議に使うこともある大きめの部屋だ。
ちょうど中央に、縦に長い四角く大きなテーブルが置かれている。
侍従が指示したのだろう、テーブルの上にはお茶の用意がされていた。
客人の到着がすぐわかるように、入口の扉は開放されたままにしておく。
出入口側を背にして向かって右側からバルトリス、アンリ、リーン、ナイジェルが腰かけた。
二つの足音が近づく音がし、やがて、マキシムとともにエルベルトがやってきた。
「テリクの第二王子エルベルト殿下をお連れしました」
マキシムの声に反応し、リーンはテーブルを挟んで自分の向かい側の席を勧めた。
マキシムはナイジェルの隣に座る。
エルベルトは
「お初にお目にかかります。先触れもなくご訪問したご無礼、どうぞご容赦ください。私はテリクの第二王子エルベルト・リューリュ・テリクと申します」
と挨拶し、リーンに促されて腰を下ろした。
全員がエルベルトに注目した。
言葉とは逆に挑むような眼をしているな、とリーンは思う。
肖像画と同じく金髪だが、より深い青い瞳。
彫りは深いが、凛とした気品のある顔立ちだ。
リーンが
「私がこの国の王、リーン・シュルツ・セオドア二世・ルトリケだ」
と名乗り、側近を順に紹介した。
そして
「突然のご来訪の用向きを聞こう」
といきなり本題に入った。
エルベルトは姿勢を正して、もう一度突然の訪問の非礼を詫びる。
その後少し躊躇いがちに、しかし、顔は真直ぐ挙げて、リーンの目を見ながら
「実は、お願いがあってきました」
と切り出した。
「願いとは」
「カラチロ国皇帝カルドリ陛下とのお目通りを叶えていただけませんか」
「どういうことだ、ここはルトリケだが」
エルベルトの意図を知ろうとして、リーンはとぼけた。
「十日ほど前にカラチロ国に皇帝陛下との謁見の申し込みをしたところ、皇帝陛下はすでにルトリケに出発されたあとでした。しかも、リーン陛下の婚約式まではルトリケに滞在すると伺っております。皇帝陛下がルトリケにご滞在の間に、どうしてもお話する機会をいただきたく」
「急を要する話なのだな」
「急を要する話です。皇帝陛下はまだ到着なさっていないのですか。できればなるべく早くお会いしたいのです、そうした機会をお作りいただくことは難しいでしょうか」
エルベルトの瞳が熱を帯びた。
ナイジェルが口を挟む。
「そこまでしてお会いになりたい理由を聞いても?」
「それは」
エルベルトが言い淀む。
だが、隠しては逆に疑念を抱かれかねないと考えたのだろう。
自分の考えを整理するかのように、ティーカップを取り、茶を一口含んだ。
カップを置く。
リーンがたたみかける。
「事情如何だ」
エルベルトはもう一度茶をすすった。
そして口を開いた。
「皇帝陛下に陛下の第三皇女フォールシナ姫との結婚をお許しいただこうと思っています」
やっぱりか。
先手を打たれた。
リーンは内心ひどく焦った。
が、再びとぼけた。
「はて、カルドリ帝の姫はお二人しか知られていないはずだが。どこでその名を」
エルベルトの目が再び真直ぐにリーンに向いた。
「国王陛下。私は、陛下がスイネ教会のルシィという女性をカルドリ帝の第三皇女フォールシナ姫だとおっしゃって連れていかれたのをこの目で見、この耳で聞いております」
糾弾するような強い調子で言いきる。
そして
「魔術師のバルトリス殿も、騎士のマキシム殿もその場におられたはずだ」
と名指しした。
アンリとナイジェルはやれやれという顔をする。
リーンはこういうとき、必ずやらなくてもいいことをやり、言わなくてもいいことを言うのだ。
公務や政治ではそつがなく、決して間違わないのに。
リーンが取り繕うように言う。
「エルベルト殿がその目で見、その耳で聞いたとは」
「ルシィは私の恋人で、私はエディと名乗っていました」
そして、「陛下もお気づきだったのでしょう」と微笑んだ。
アンリがとりなす。
「兄上、いえ、陛下。エルベルト殿下はとても聡明な方のようですね。また、裏表のない真直ぐな方だとお見受けしました」
「ああ。試すようなことをして悪かった。そうだ。その通りだ。エディと名乗る若者がエルベルト殿下であることをつい先ほど確認した。今この場にいる者たちは全員承知している」
エルベルトはアンリの言葉に
「聡明だなんて。むしろ向こう見ず、考えなしだとよく言われます」
と頭を掻いた。




