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[完結]王と青龍を抱く乙女  作者: 文近成季
第一部 第一章
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王と側近_2

バルトリスと呼ばれた、伸ばした黒髪を後ろにゆるく束ねている長身の男は、手元の紙を机に置きリーンに目を合わせる。


こげ茶色の瞳はとろりとした飴のようだ。


執務室の中では最年長の二八歳であるが、七、八歳年下のリーンらと同年代に見えた。


バルトリスをルトリケに連れてきたのは、祖父のサーシだった。


六、七年前にどこからか連れてきたのだ。


学者肌で研究熱心な彼は、知的な側面からも若いリーンたちを支えている。


一方で素直すぎて世間ずれしておらず、それゆえやや一本気なところもあった。


そのバルトリスがリーンに珍しく


「お言葉ですが」


と返してきた。


「陛下、いささか、気が短くはございませんか」


占術にも長けた魔術師は、これまでも数々の夢見を的中させてリーンを助けてきた。


その自信からか、今度も夢見の内容をいささかも疑っていないようだ。


そのせいか、いつもならこういう場では言葉遣いにも細心の注意を払う男が、そこまで気を回せなかったのか、「気が短い」という聞きようによっては不敬ともとれる表現を選んでしまった。


さすがに自分でもそれに気づきはしたのだろう。


一瞬、息をついだが、それでも夢見の正当性を伝えようとする。


「からだに傷やあざのある者は少なくはありません。しかし、今回のおふれでは、細かな指定をいたしました。形状や色などがそれに合致するか、迷っていて名乗り出ることを躊躇している可能性もあります」


「陛下が褒美の件を記したあらたなおふれを出せば、必ずや名乗り出る者がおりましょう」


これまでと同様、今回も自分の占いの結果を疑わない魔術師は、リーンの求めている答えからは少しずれた返事をした。


それをアンリが指摘する。


「いやいや、兄上のおっしゃるのはそういうことではないのではありませんか。まず、バルトリスの夢見を今一度整理してみましょう」


「そうだな、アンリ、頼む」


リーンに促されて、王弟は慎重に言葉を選んでいく。


「そもそも魔術師バルトリスの占いは、国民の生活の荒みや民衆の間に流れる王への不信といった現在の局面を打開するすべがないのかという目的でなされたものでした」


「バルトリスの占いによれば、この局面を打開する鍵は必ずあるということがわかりました。そして、その鍵は年齢や性別と言った細かなところはわからないものの、確かにこの国のどこかにいて、青い傷という特徴を持つ人物だということでした」


「つまり、現状を打破するには青い傷を持つ人物を見つけるしかないというのが、バルトリスの占いの結果ではありませんか。逆に言えば、青い傷を持つ人物を見つけなければ、現状を打破できないということでは」


「なお残念ながら、その人物を見つけ出したのち何をするべきか、と言ったところまでは、夢見ではわかっていません」


 アンリの話に頷き、リーンも自分の考えを整理しながら語った。


「今、アンリが言ったように、青い傷を持つ人物を見つけなければ、現状を打破できないというのが本当だとすると、それ以外には手段がないということになってしまう。それは真実なのか。もちろん、バルトリス、君に全幅の信頼をおいていることには違いないが」


そこで一度言葉を切り、テーブル上に置かれたグラスの水を飲みほした。そして


「私が危惧しているのは、これまでバルトリスの夢見に助けられることが多すぎたために、今回もまた、この占いの結果にすがりすぎて、青い傷を持つ人物を探すことばかりに労力をすり減らすことだ。王への不信の払拭はともかく、民の生活のためにはもっとやれることもあろう」


と、一息で言った。


それに対し、マキシムは王への忠義ゆえに、思わず「ですが」と言ったものの、そのあと「ほかに何を、もう十分すぎるほど陛下は力を尽くしていらっしゃるというのに」と続ける声は尻すぼみになってしまった。


バルトリスは「だからこそ、おふれのような画期的なことが必要なのでは」と呟く。


そしてその呟きを宰相は聞き洩らさなかった。


わが意を得たりという顔をする。


「画期的なこと!そう、画期的なことをやりましょうよ」


ナイジェルが急に大きな声を出して、椅子から立ち上がった。


先ほどの失言を挽回しようとでもするように。


言動がどうにもちぐはぐなのだが、敏腕であることは誰もが認めるところだ。


何を言い出すのだろうと、ナイジェルの声に一同が彼に注目して、次の言葉を待つ。


彼は「コホン」と咳払いをし、真顔でひとこと短く言った。


「王の結婚です」


予期せぬ言葉に「ええっ」とアンリ、マキシム、バルトリスが同時に声を上げる。


ちょうどその時、ナイジェルのカフェオレ色の緩く巻いた髪に折から日が差し、あたかも後光のように見えた。


マキシムが「神のお告げかよ」と柄にもなく茶化す。


バルトリスは「無双の魔術師も神には及ばない」と口元を緩めた。


アンリは


「しかし、王は今のところ、民に不人気だぞ。王の結婚が、さっき兄上の言った民の生活のためにやれることなのか。結婚式には莫大な金が必要だぞ。どういうふうに金を回すのだ」


としかめ面をした。


が、ただ一人リーンだけは落ち着き払って


「で、相手は誰だ」と尋ねた。


「それは」


ナイジェルが口にしたのは、誰も予想していなかった名前だった。

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