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翌日(執務室)

執務室には東側の窓からカーテン越しに日が差していた。


「昨日はたまたま陳情が二件続きました。どちらも物流に関することでしたが、婚約式に向けて道の整備が完了しつつあるので、解決も早そうです。みな納得して帰っていきました」


「そうか。助かる。それにしても式に向けてやったことが結果的に多方面に良いように作用して何よりだ」


リーンはアンリから前日の報告を受けていた。


一昨日、突然リーンがスイネ教会行きを決めてしまったせいで、アンリが代行することになった政務の報告だ。


そこにコンコンコンと扉をノックする音が聞こえた。


「ナイジェルだな」


リーンの呟きにアンリが頷き、


「どうぞ」


と呼びかけた。


ナイジェルが扉をゆっくりと開けて入室する。


「ナイジェル、昨日は、急なことをすまなかったな」


リーンは心から礼を言った。


「とんでもないことです。むしろ母はとても喜んでいましたよ」


前日、リーンは代行できる政務をアンリとナイジェルに任せてスイネ教会に行っていた。


そして「こともあろうに」というのはナイジェルの言葉だが、フォールシナ姫を連れて帰ってきてしまったのである。


慌てたのは城の侍女たちだ。


勢いで彼女を連れ帰ったのは仕方がないにしろ、王城には女性を世話するための「女手」が決定的に不足していた。


先王キーツの王妃、すなわちリーンとアンリの母はリーンが二、三歳の時、アンリを出産してすぐに他界していて、侍女の数が決定的に少ないのである。


城内に女性がいたという点では、セレナを留め置いていたこともあったが、男爵夫人で監視対象だった彼女とカラチロからの預かりものであるフォールシナ姫とでは待遇に雲泥の差がある。


このままでは、フォールシナ姫を十分にもてなすことはできない。


それでリーンが急遽、ナイジェルに頼み込んで、引き取ってもらったのだ。


ナイジェルの母はキーツの異母妹、すなわちリーンとアンリの叔母にあたる。


マナーや教養、社交等も当然身につけており、フォールシナ姫を任せるにはうってつけだった。


「しかも今日明日で終わりという話ではないからな」


「リーン、どうか気にしないでください。母のはしゃぎようと言ったら。娘ができたように喜んでいるのですから。とりあえず婚約式までは、と話したら、そんな短いのと残念がるくらいでした」


「それは本当にありがたいな。それに叔母上のことだ。ドレスや装飾品といった身の回りのことから、マナーなどの教育までしっかり見てくださることだろう」


リーンの言葉にアンリも安心したように頷いた。


そして思い出したように言う。


「そういえば、フォールシナ姫はあまりトゥルーシナ姫とは似ていませんね」


リーンは少し意外に思った。


あの時そっくりだと確信してからだが動いたから。


しかし


「私もそう思いました」


とナイジェルも同調する。


「と言っても、トゥルーシナ姫と会ったのはもう何年も前ですから」


アンリも


「双子にしては似ていないなと思った程度です」


と付け加えた。


「人の感じ方は不思議なものだな」


「まったく」と三人で笑いあった。


「さて、そのフォールシナ姫のことだが、このあとどうするべきだと思う。君たちの意見を聞かせてくれ」


「兄上はどうお考えなのですか」


「まずはカルドリ帝とトゥルーシナ姫に対面させる。そして婚約式に出席させる。そこまでしか考えていない」


「リーン、それはやって当然のことです。それじゃ何も考えていないのと同じですよ」


「そうか。ではナイジェルならどうする」


ナイジェルは顎に手をやって、


「そうですね。とりあえず、スケジュール的なことは考えましょうよ。一昨日、リーンの命を受けてすぐ、カラチロにはフォールシナ姫を発見したという連絡を入れました。あちらの準備期間も入れても、今日から十日後くらいにはお二人はこちらに到着するでしょう。そのあと婚約式までの約二、三週間は親子三人水入らずで過ごしていただきましょう。そして婚約式でフォールシナ姫をお披露目する」


「ナイジェル、僕、フォールシナ姫をお披露目するかどうかは、カルドリ帝やフォールシナ姫本人の希望を聞きたいです」


「あっ、無論そうですよ、アンリ」


「日程的には申し分ないな。あとはどこで過ごしてもらうかだが」


「カルドリ帝とトゥルーシナ姫とは王城で過ごしていただきましょう。侍女についてはカラチロから連れていらっしゃるでしょうから」


「フォールシナ姫はどうしますか」


「フォールシナ姫にはずっと私の邸で過ごしていただくつもりでしたが、カルドリ帝やトゥルーシナ姫と一緒にという希望があれば王城で。そのときは母に頼んで侍女も何人かつけてもらうようにします」


「なるほど」


「問題はそのあとだな」


「兄上、それはカルドリ帝トゥルーシナ姫がフォールシナ姫と相談して決めることでは」


「確かに」


「兄上、あと気がかりなのはシエラディト辺境伯のことです。教会長は時が来ればシエラディト辺境伯がフォールシナ姫を引き取ると言っていたのでしょう」


「ああ、そうだ。教会長には私が話をつけると言ってしまったが、厄介だな。婚約式の時では遅いか」


「遅いでしょうね」


「ナイジェルはズバッと言うなぁ。でも、それ以外に会う口実がないのだ。それだって結構勇気がいったぞ。隣国の貴族だから。婚約式の招待状は出したから、まず会えると思うが」


「だめです。婚約式でフォールシナ姫のお披露目まですることになるかもしれません。そうなるとなおさら遅い。会う口実がないのなら作るなりしてください」


「隣国の貴族だからなあ。いきなりはなあ」


リーンが渋る。


「兄上、ではまず手紙を書いてみてはどうですか。教会長から辺境伯のことは聞いているわけですし、フォールシナ姫を連れ帰った事情をまずしたためて、必要があればお会いになればよいのでは」


「それはいい考えだな。そうするか」


リーンがそう返事し、ナイジェルも賛成した。

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