教会長語る_2
「隣国で干ばつが続き、そこで生活するのが困難になったとしたら、あなたならどうしますか、ジョエル」
教会長から名指しされてジョエルが答える。
「えっと、隣町の親戚や友人の家に当分の間厄介になるとか」
「なるほど、独り身ならばそれもいいかもしれませんね。故郷に戻ることも容易でしょうし」
教会長はそう言って、今度は全体を見回しながら説明を続けた。
「でも、でもね。もうそこは人の住めない土地になってしまった。それがもう前の年から続いている。しかも、その地は代々そこで生活していて多くの者が血縁でつながっていました。頼れる親戚はその集落の外にはほとんどいない状況です。当時全部で約十世帯、六、七十人ほどの集落でした」
マキシムが口を挟む。
「それはかなり多いですね。どうしたのですか、その人たちは」
「集団移住です」
「集団移住?」
「そこで生活できなくなった人々は、国境を越えてカラチロに渡ったのです」
「なぜ、テリク国内を選ばずに国境を超えたのですか」
「移動する際、カラチロへの道のほうが平坦で容易な地域でした。移住者のうちの三分の二が子ども、大人のうち三分の一が高齢者でしたから。そして渡ってきた人々を迎え入れたのが、シエラディト辺境伯です」
っ、こんなところでシエラディトの名が出てくるとは思わなかった。
しかも慈善事業だ。
リーンは教会長の言葉に内心驚きながら、また、一方では何か納得しながら、教会長の言葉の続きを待った。
おそらくマキシムもバルトリスも同じような気持ちだろう。
「彼は自領にあったテクレ教の教会で彼らを保護しました。テクレ教はテリクとも関係が深いのです。しかしながら、流れてくる人々はあまりにも多すぎて、全世帯を一緒に受け入れるのは難しかった。そこで彼らのうち、さらにルトリケに移住を希望する人々を、シエラディト辺境伯と旧知の仲だったハーリード辺境伯が受け入れ、この地に私が派遣され、テクレ教の教会を立てることにしたのです」
「移住者受け入れのために教会を」
「そうです、テクレ教の神は各個人の中にありますから。まぁもっとも、今では移住者以外の信者のほうがはるかに多くなっていますが」
「なぜ、この地に決めたのですか」
「まずハーリード領であること。そしてやはり、広い敷地がとれたからですね。もちろん当時はここまで開けておらず、土地の開墾はしましたが。それでもこの地に建てることを了承くださったハーリード辺境伯には本当に感謝しています」
何がそこまでのことをハーリード辺境伯にさせたのかは、わからない。
ふと、サーシのハーリード辺境伯に対する評価が思い浮かんだ。
"民への思いは強いが、我欲に流されることはない"
そうだ、おそらくハーリード辺境伯とはそんな男なのだ。
「なるほど、それで今、ハーリード辺境伯はどの程度、この教会に関与しているのですか」
「関与、というか、特に何かの指示や命令は受けていません。毎年、多額の寄付金をいただいているだけです」
「それに対して教会からは何を」
「教会で収穫される農産物などですが、これは微々たるものです。あとはせめて、預かった子どもたちを養育し、それぞれを自立させることが恩返しでしょうか」
リーンは小さく溜息をついた。
ハーリード辺境伯のやっていることは完全に奉仕である。
教会長に言っても知らないだろうが、ハーリード領は決して産業に恵まれた土地ではない。
生産高や売上高は必ずしも多くはないのだ。
なのに領民のために税金は安く抑えている。
しかも必要な政策は漏らさず施行している。
だから辺境伯自身の資産もそこまでは多くないはずだ。
そのような中で、他国から逃れた人々や彼らのために作られた教会を援助している。
彼の行いを思うにつけても、リーンは心が打たれた。
追い打ちをかけるように教会長は言う。
「それは、シエラディト辺境伯も同様です」
シエラディトが出てきたのは、先ほど来の話の流れからだろう。
シエラディト領はハーリード領に比べれば、ずっと豊かな土地で、収穫量も多いし、工芸など産業も盛んだ。
シエラディト辺境伯個人の資産もそこそこあるかもしれない。
それでも他国から逃れてきた民を自領に留まる者たちを受け入れている。
しかもそれだけではなく、他国の領地に入った者たちにまで援助を続けているという行為。
聞く側の面々は誰一人何も言えなくなってしまった。
気を取り直したのか、バルトリスが尋ねた。
「教会長殿は、今、話に出てきた二人の辺境伯とどういうおつながりですか」
えらいぞ、バルトリス。
それは私の聞きたかったことの一つだ
リーンがバルトリスの横顔に向かって頷いた。
「先ほども少し申し上げましたが、私はもともとシエラディト領のテクレ教の教会で教会長をしておりました。移住者を受け入れた教会です。その縁でシエラディト辺境伯に派遣されて、ここに来たのです。ハーリード辺境伯とはこの地に派遣されてから付き合うようになりました」
「なるほど、では、お二方とも三十年近い知り合いということになりますね」
バルトリスが頷く。
しかし、せっかくここでシエラディト辺境伯の話が出てきたのだ。
リーンは一番確認したかったことをマキシムに尋ねさせる。
「そういえば約十五年前にルシィをこの教会に連れてきたのはシエラディト辺境伯でしたよね」
この聞き方はある意味賭けだ。
フォールシナ姫を預かった際の教会の記録には連れてきた人物の名は書かれていなかったのだから。
突然の問いかけに教会長は一瞬大きく目を見開いた。
明らかに動揺したのだろう。
だが、すぐ、元の表情に戻る。
マキシムがたたみかけた。




