王と側近_1
おふれを出してから約二週間が経っていた。
王宮は先のおふれに何の反応もないことにややいら立っていた。
執務室にはいつものように王と四人の側近がいる。
王リーンは執務机から席を移し、ざっくばらんに話をすすめようとしていた。
テーブルの奥側の向かって右にリーン、左に王弟アンリが座る。
リーンの向かい側に宰相ナイジェル、アンリの向かい側には魔術師バルトリスが腰かけた。
そしてリーンの右傍らには騎士のマキシムが立つ。
これがこういう時の五人の定位置だった。
戦争で荒れたままになっている東部の復興や、先王の時代に理不尽に上げられていた税率の問題など、ひととおりの議題が終わる。
最後に、おふれについての対応が議題に上ったところで、先ほどまで冷静に難題の数々を捌いていたリーンが、端正な顔立ちを曇らせ、珍しくやや気ぜわしげに口を開いた。
「おふれを出してから二週間が経つ。が、名乗り出る者も届け出る者はいない」
金色の双眸は少しだけ疲労の色を帯びている。
つかみどころも手応えもない問題だと十分にわかってはいる。
しかし、かといって何の手段も講じることができないのは歯がゆい。
彼の性分からして、そういうたぐいの問題はなかなかに耐えづらいものだった。
リーンの傍らに立つ、細身ながら骨格のしっかりした大柄の男がそれを受けてやや控えめな調子で言う。
「おふれに書かれているのはひとめでわかる特徴です。身近にそんな者がいれば、気がつかないはずがないのでは」
騎士のマキシムだ。
年齢はリーンの一つ上。
精悍な顔つきに赤い髪はきちんと刈り上げられていて、いつも通り姿勢が正しい。
焦ったところで答えの出てこない問題とわかったうえで、答えを出そうとしている様子に、リーンを第一に思う気持ちが伺えた。
そしてそれに続けて
「誰も何も言ってこないのは、そもそもそのような変わった特徴を持つ者などいないということではないのですか」
と今度はわざといささか間延びした口調で続けた。
おふれの内容を否定してしまうことになる自分の言葉によって、場の雰囲気がきつくならないようにという彼なりの配慮のようだ。
「それに、おふれの文面ですが、名乗り出た者がそのあとどうなるのか示されていないことを不安がる者もいると聞きます。もし、身近にそのようなものがいるとしても、名乗り出たらひどい目に合うかもしれないと思うと、わざわざ名乗り出る者などいないでしょうからね」
それを聞いて、リーンの斜向かいに座るナイジェルが顔を少しだけ綻ばせて口を開く。
リーンの従兄で、彼が王となった後は宰相となっている。
リーンとは同い年だ。
「確かにそうでした。それは迂闊だった。褒美のことでも書いておけばよかったか」
と、額を叩いて大袈裟に反応をした。
頭の回転も早く仕事もできるのだが、元来お調子者のところがあり、言わなくてもいいことをつい口にしてしまう。
今もそうだったようだ。何も考えずに、マキシムに話を合わせようとしたらしい。
ナイジェルの言葉にアンリが
「いや、その件はおふれを出すとき、褒美目当ての偽者が名乗り出ても、と言う話になって、とりあえず処遇については書かないことになったはずでした」
とまじめな顔で言い、宰相を除く面々が頷いた。
アンリはリーンの同母弟で二つ下だ。
リーンとよく似た容貌をしているが、彼ほど青みのない銀髪で、瞳の金色もやや薄い。
またリーンが怜悧な印象を与えるのに対し、アンリは相手に警戒心を与えない甘い表情をしている。
その面立ちにもかかわらず、兄以上に冷静沈着にものを見、状況を論理的に整理したうえで、客観的にものを考えるので、話が込み入ってきたり、膠着状態に陥ってしまったりしたときは、側近の中では最年少ながら、皆からとても頼りにされていた。
今度はリーンが引き継いだ。
「だからと言って、このままでは現状は打開できまい。必要があれば、先の内容に加えて、褒美についても言及した触書をこのあとすぐにでも出そう」
そして一拍置いて
「ただ」
と、自分の真向かいに座る男にゆっくりと目を向けた。
「そなたの夢占いも、今度ばかりは外れたのではないか、バルトリス」
咎めるというよりも、慰めるようなやや優しさのこもった声色だ。