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王の苦悩

前話「浮上した名前」ですが、少し加筆いたしました。

大筋は変わりませんが、お読みくださるとうれしいです。

リーンとアンリが祖父サーシに会いに行ってから二日後のこと。


執務室には例によって彼ら二人とナイジェルがいた。


三人は手分けして、国内の各領地の産業について、生産高や売上高を過去五年間遡って調査している。


サーシのところで聞いた二人の辺境伯の話題が刺激になったのだ。


「五年調べれば、サーシ王、キーツ王、リーン王の三代にわたって変化を見られますね」


「キーツ王の時代は戦争があったことも考慮して、それが数字にどう表れているかを産業別にきっちり分析したいところだ」


遠くのほうから何か音がする。


バタバタバタバタ。


その音が次第に話に割り込んでくる。


そしてどんどん大きくなってきた。


と思うと、部屋にマキシムがものすごい勢いで駆け込んできた。


突然の登場に居合わせた三人が驚く。


「いったい何事だ」


ナイジェルは思わず資料の束を床にばらまいてしまっていた。


「ナイジェル、だいじょうぶ」


資料を拾うのを手伝いながら、アンリが気遣う。


リーンが少しだけ咎めるような調子で問うた。


「どうした、マキシム。騒がしいぞ。ノックもしないで。らしくもない」


「じ、じ、じ、じ」


マキシムは息を切らしていて、なかなか言葉にすることができない。


見かねたアンリがテーブルの上に置いてあった水差しを取りグラスに水を注いで、マキシムに手渡した。


「マキシム、落ち着いて」


一気に飲み干す。


「ありがとう」


テーブルに空のグラスを置き、一息つくマキシム。


「だいじょうぶか」


「はい。たいへん見苦しいところをお見せしました。実は、配下の者から知らせがありまして」


「うむ」


「フォールシナ姫かもしれない女性が見つかったとのことです」


「なにっ」


「なんですって」


「本当に」


三人が声を上げた。


「詳しく話せ」


ようやくいつもの調子を取り戻したか、マキシムが説明し始めた。


「陛下のご命令どおり、リストにあるテクレ教の教会を西から順に探していきました。教会は全部で十数か所と少なかったので、人を実際に向かわせました。そして、各教会の管轄する地域に住む十八歳前後の女性を実際にひとところに呼び集めて検分しました。また、孤児院出身で十八歳前後の女性も対象にしています。フォールシナ姫は孤児として扱われている可能性もあるので」


「それで」


「集めた中から、翡翠色の瞳を持つ女性を探させました。十八歳前後の女性は人いま五十二人いましたが、その中で翡翠色の瞳を持つ女性は三人のみでした。そのうちの一人の髪色がややピンクがかったブロンドだということです」


「大切なのは青い傷の有無だが」


「それが、、そこまでは確認が取れておらず」


「兄上、これだけではフォールシナ姫かどうかも判断できませんね」


「うむ。三人とも候補といえば候補だし、候補ではないといえば候補ではない」


マキシムが顎に手をやり、少し考えて言う。


「陛下、どうなさいますか、城に呼びますか。今から配下の者に連絡すれば明後日には」


それに対しナイジェルが割り込んだ。


「陛下、私は、候補が三人の段階で呼ぶのは賛成できません。城に呼ぶにしろ、カラチロに知らせるにしろ、確証が取れてからにすべきだと思います。傷は、先のおふれを盾に自己申告させればどうですか」


「そうだな。自己申告もよいが、そうなるとこちらはそれを信じるしかなくなってしまう。自己申告に加えて、うなじが見えるように髪を上げさせて確認するのでよいのではないか。マキシム、頼めるか」


「承知しました」


「フォールシナ姫に間違いないと確証がとれたら、もう一度知らせてくれ。それと同時に、その女性の身上調査を頼む」


「素行や生活状況、人間関係といったことでよいでしょうか」


「そうだ。頼んだ」


「畏まりました」


「そのあと、私が実際に出向き、ひそかに最終確認する。間違いないと確証が持てたら、カルドリ帝とトゥルーシナに知らせて、フォールシナ姫の処遇を考えたい。ナイジェルやアンリの意見はどうだ」


「兄上、基本的には異存ありません。ただ、青い傷があるのなら、その時点でもうフォールシナ姫と確定してよいのではありませんか」


「私も基本的にはアンリに同感です。ただ、陛下はトゥルーシナ姫と最近会っています。陛下が実際にごらんになって、確かにトゥルーシナ姫の双子の妹だと判断をなさりたいのですよね」


「ナイジェルの言うとおりなのだ。手数をかけるが、よろしく頼む」


マキシムは一礼をして、執務室を出て行った。


本当にフォールシナ姫なのだろうか。


あれほど探さなくては、見つけ出さなくてはと思っていたのに、いざ見つかると、どこか躊躇している自分がいた。


複雑な気持ちだ。


本当なら何をおいても喜ばなくてはならないのに。


カルドリ帝の語った、トゥルーシナ姫とフォールシナ姫の龍痕にまつわる話が、リーンにボディブローのように効いてきた。


従兄のナイジェルにも弟のアンリにも言えないこと。


フォールシナ姫が見つかったなら、皇女たちの秘密に関わる話を自分一人で背負わなくてはならない。


“二人を引き離すことがないように"


それが、皇帝の妻であり双子の母であるアリシアナの頼みだったという。


"より大きな青龍の恩寵を受けようとするのなら、二人そろってこそ"


その責任が重くのしかかってくるようだった。


いっそ、龍痕に関わる話など、何も知らなければよかった。


知らなければ、私はただトゥルーを大事にすることを考えればよかったのだ。


龍痕など無関係に、そのままの彼女が大切なのだ。



フォールシナ姫のことも、見つかればただ喜んで、カルドリ帝トゥルーシナに報告だけすればよかったのだ。


でも、もうそれは詮無きことだ。


こうなった以上は覚悟を決めるしかないのだ。

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