王の問い
ひとしきり、婚約発表や結婚式についての話をし終わったあと、
「ところで」
とリーンは話を切り出した。
「即位してからまだ三か月ほどですが、今日は、周辺国の情勢について伺いたく」
「リーン、そなた、まだ、国内のことも十分掌握できておらぬようなのに、周辺のことを聞くとは。いくさでも始める気か」
サーシが挑発するように厳しい言葉を放つ。
「お言葉ながら、国内情勢が不安定ですと、逆に諸国からつけこまれかねません。いくさをするためではなく、避けるために必要な情報です。また、国内のほうも政策が少しずつですが奏功しております」
「なるほど。国内もなんとかなってきたか。だが、最近の情勢なら城に記録もあろう」
「おじいさまもご存知の通り、先王は三年の間ほとんど外交に手を付けていません。記録も残っていないのです。レキラタへの侵略の記録すら」
そこまで語ったところで、先王の愚行を思い出し、自分の父ながら、苦々しさが甦る。
振り払うように問う。
「レキラタとは今はどうなっているのでしょう。国境警備の者たちからは特に報告はありませんが、本当のところは」
サーシは今も他国に忍ばせている手駒を持っている。
一方、リーンにはまだそこまでの余力がなかった。
国外のことはどうしても二の次となる。
それもあってか、サーシは常々、時が来ればリーンに彼らを引き渡し、王直轄にするという意向を彼に示していた。
「キーツの侵攻とルトリケの敗戦以降現在に至るまで、レキラタにも、テリクにも、もちろんカラチロにも表立っての動きはない」
「本当ですか」
「ああ。そなたとカラチロ国皇女との婚約に伴う四国の和平に関する協定も生きておるしな。しかも、カルドリ帝はいざとなったら、協定をテリクやレキラタからルトリケを守る御旗にする腹積もりじゃ」
四国の和平とは、カラチロとレキラタ、ルトリケ、テリクが互いに不可侵であるという協定だ。
そもそも婚約はサーシとカルドリの間で執り行われた。
その当時、カラチロに次ぐ有力国だったルトリケの安全をカラチロが保障する代わりに、ルトリケはレキラタやテリクを攻めないという協定を結んだのである。
しかし、協定に背いて、先王キーツがレキラタを侵略した。
そしてそれをレキラタとテリクが手を結んで阻止。
カラチロのカルドリ帝が協定を盾に仲裁して決着する。
キーツの目論見は失敗に終わった。
結果、三国の国力が逆転しルトリケが最下位となって現在に至る。
今となっては、互いに不可侵という協定の文言がリーンにとってはこの上なくありがたかった。
しかも、サーシの今の言葉からすると、カルドリ帝は万一の時もルトリケを守るという。
先日カラチロを訪問した時にも聞かれなかったような心強い言葉だ。
リーンはアンリと顔を見合わせて安堵した。
国家間については今のところ憂うべきことはあまりない。
では、地方はどうだろうか。
レキラタやルトリケは中央集権国家で、国王の権力が強い。
それに対し、テリクは二つの国に比べればつながりは緩やかである。
一方、カラチロは広大な領土を持つこともあって、一部の地方貴族には自治も認めていた。
リーンは話題を徐々に自分の聞きたかったことへと誘導する。
「国全体とすればそういう動きはないと。では、国境近くでの小競り合いやいざこざについてはいかがでしょう」
「ルトリケの地形を思い出してみよ。各国境付近は人が住めないような深い森だ。その森のほとんどを所有しているのは誰じゃ」
「ハーリード辺境伯です」
髭を蓄えた精悍な顔つきを思い出す。
父のキーツよりも祖父のサーシに近い年齢だと思われるが、若々しい。
それでいて威厳のある風貌だ。
そして例の記念品のデザインに自領の守り神の黒狼を推した男だ。
森を抱えるだけではない。
ハーリード辺境伯が領都をおく西部地域には、テクレ教の教会が集中している。
「ハーリード辺境伯は昔から要注意人物だ」
あの男が。
父が王だった時代、一部の高位貴族が政治を蹂躙した。
リーンが王になり彼らを退けたが、ハーリード辺境伯だけは与していなかったのだ。
リーンは自分の迂闊さを少しばかり後悔しつつ尋ねた。
「それはどういうことですか」
「リーンやアンリは、彼をどう見た」
「威圧するような外見からすると意外でしたが、非常に柔軟な考え方、ものの見方をすると感じました。年齢を重ねると少なからず頑ななところが出てくると思いますが」
アンリが遠慮がちに言う。
年のことを言ってしまっているが、おじいさまも似たような年齢だ。
気を悪くしてはいけないと思ったのだろう。
そう思いながらリーンも言った。
「それで言うと、彼の治める西部地域には、少数宗教のテクレ教の教会が集中しています。ある意味ハーリード辺境伯の人となりに関係しているのでしょうか。で、彼が要注意人物とは」
「まさにそういうところじゃ。物事を柔軟に見るということは、新しいことを取り入れるにもためらいがない。少数宗教を受け入れる理由の一つには、多様性を尊重しているということもあろう。その意味では寛容という言葉も、彼を語る鍵語じゃ。領民の人口は決して多くはないだろうが、みな領主を慕っている。良くも悪くも要注意人物なのじゃ」
「いざこざや問題を起こすという意味ではないのですね」
アンリの言葉に頷く祖父を見ながら、リーンは似たような人物に思い当たった。
そしてその人物こそ、今日の話題にしたかった男だ。
ルーツをいくつも持つ家系。
歴史的に独自の宗教や文化を発展させた領地を所有する人物。
リーンは思い切ってその名を口にした。
「シエラディト、、おじいさま、おじいさまはカラチロのシエラディト辺境伯のことをご存知だと聞きました」




