離宮へ
リーンとアンリは祖父サーシの住む離宮に続く道を急いでいた。
「あの道を抜けると、一度平地に出ます。そこでいったん休憩しましょう」
数週間前に訪れたばかりのアンリには、勝手がよくわかっているようだ。
鬱蒼とした場所から、一転、明るい空間が広がる。
リーンもアンリも馬を下り、雑草の生えている草むらに並んで無造作に座った。
護衛もリーンたちのすぐそばで休憩に入る。
「それにしても、今回の貴族会議は有意義でした」
貴族代表会議が一昨日あり、そこで、通常の議題に加えて、婚約や結婚に関する諸々についても話し合ったのだ。
「あぁ、いつもは決まっていることを追認するだけのようなものだからな」
「記念品のデザインについて、あんなにいろいろな意見が出るとは思いませんでした」
「まあ、自分の領地の象徴を結婚の記念品に採用してほしい、という気持ちはわかるがな」
記念品のデザインには、すでに一つ決まっている案がある。
先日、リーンが持ち出してきた姿絵を図案にしたものだ。
ただし、肖像だけに改編は許されない。
あくまでもオリジナルに忠実に使用することなど、厳しい規定を設けられた。
そのため、デザインとしての使い勝手は良くない。
メンバーから、それだけではいろいろな品物に応用しにくい、もっと自由に使えるデザイン、という意見が出たのだ。
それに対して出されたのが、ルトリケとカラチロそれぞれのシンボルをあしらうという提案だ。
これについては、反対する者はおらず、満場一致で採用された。
そしてカラチロのシンボルをスズランとすることについてまではスムーズに進んだ。
リーンにとっては自分とトゥルーシナを結ぶ思い出の花であるが、何よりカラチロの国花である。
また、他国のことでもあり、誰からも異論はなかった。
揉めたのはルトリケのシンボルだ。
領地に深い森を抱える貴族は守り神の黒狼を推した。
農耕地帯の領主たちは牛や馬、あるいは麦や野菜を主張した。
王都に近い土地の者は犬や猫を。
「でも、スズランと黒狼とか、スズランと麦というのはさすがに」
「確かに推薦理由には頷けるものも多かったが、どれもスズランの花といっしょにあしらうにはと、却下された。推薦した者は残念がってはいたが」
「そうですね、スズランの花との組み合わせを考えると妥当な線に収まりました」
結局、決まったのはハクチョウである。
「ハクチョウはルトリケの国鳥でもあるし、どちらも白を基調にしている。意匠のことはよくわからないが、合わせやすい気もするな」
デザインとしてのスズランとハクチョウは、それぞれの図柄にも組み合わせ方にも制約がなく、自由に使用してよい。
王都では刺繍や絵皿などの工芸品のほか、パンや菓子などの製作も見込まれる。
ハクチョウ型のパンとスズランをかたどったクッキーの組み合わせも楽しいだろう。
リーンは、婚約発表の日から結婚式の日まで、毎日市が立つことを考えた。
「正式な日取りも決まりました。婚約発表まで余裕ができたのもよかったですね」
カルドリ帝との会談で一か月後をめどにしていたが、少しだけ延期した。
今から六週間後のリーンの誕生日に合わせることにしたのだ。
それに伴い、婚約発表までは時間的余裕が少しできた。
一方、結婚式は、リーンの即位記念一周年に合わせるため、変更はない。
今から八、九か月後だ。
それまでに、諸々の準備を整えなくてはならない。
「ああ、やはり時間があるに越したことはない」
発表の日の夜に開かれる舞踏会に参加する貴族たちにとっても。
記念品の企画、商品化に携わる人々にとっても。
記念事業の完成のためにも。
結婚式に招待する周辺国からの貴賓にとっても、日程は早めに知りたいだろう。
「貴族会議のこともおじいさまにお話ししましょう」
「そうだな、そろそろ行くか」
ひとしきり話をした後で、二人は再び馬に乗り、残りの行程を急いだ。
「開門」
幼いころ祖父と一緒に戻っていたときは気がつかなかったが、離宮の兵の配置には
まったく無駄がない。
リーンは感心する。
王太子だったときはほとんど来ることはなかった。
即位した父キーツにより、祖父は幽閉されてしまったから。
当時はここ離宮に来るということは、父王に叛意を持っているのと同義だった。
その父は今、自分に追放された。
リーンはアンリに気づかれないようにため息をついた。
長い廊下を歩いて祖父の居室の隣にある応接室に入る。
「おじいさま、お久しぶりでございます」
「うむ。よく来たのう。アンリはともかくリーンとは久しく会ってなかった」
「すでにアンリからご報告いたしましたが、このたび、カラチロ帝国の第二皇女トゥルーシナ殿下と婚約発表をすることになりました」
「おめでとう、と言いたいところだが、いささか、ぐずぐずしすぎじゃったな」
「っ、せっかく、おじいさまが調えてくださっていたことを、申し訳ありません」
「必要だったのだろう。そういう期間が」
「カラチロの皇帝陛下もよくお待ちくださいました」
「それを言うなら、あれじゃな、トゥルーシナ姫こそ」
確かにそうだ。
彼女が一番我慢していたはずだ。
リーンが黙り込んだのを見て、アンリが口を挟んだ。
「おじいさま、正式な日取りも決まりました。婚約発表は兄上の二十一歳の誕生日に執り行います」
「そうか、忘れられない日になるのう、リーン」
「おじいさまはお越しになれますか」
「カルドリ帝はどう言っている。彼が来るなら、わしも行こう」
「実は、まだ皇帝陛下の意向は伺っておりません」
日取りや出席に関しての連絡は、ナイジェルがカラチロに送っているだろうが、詳細を把握せずにここに来てしまった。
リーンがしぶしぶ答えると、アンリが横から
「おじいさま、まだ兄上は即位して数か月です。人望があり名君と謳われたおじいさまが後見してくださっていることを貴族や周辺国に示威する大切な機会でもあります。皇帝陛下がいらっしゃるかどうかにかかわらず、ぜひおいでいただきたく」
と熱望した。
サーシは満更でもない様子で頷く。




