王の葛藤
「なぜですか」
ぼそっと言葉を投げ出したまま、マキシムは黙り込んだ。
問われたリーンは驚く。
これまでに一度も見たことのないマキシムの態度。
自分が何か変なことを言ったのかと、一瞬口を押さえた。
アンリも「えっ」と変な声を出し、ナイジェルも呆気にとられている。
リーンは先ほどまでの会話を今一度反芻してみた。
リーンがマキシムに言ったのは、フォールシナ姫の行方を探す際にテクレ教の教会も調査してほしいという依頼だ。
それに対するマキシムの返事をリーンは待っていた。
ところが返事の代わりにマキシムが発したのは「なぜ」と理由を問う言葉だった。
普通に考えれば、テクレ教の教会も調査する理由となるが、それはその依頼の前にアンリも説明したし、何よりもマキシム自身が、セレナの言っていた教会はテクレ教の教会である可能性が高いと理解していたはず。
リーンは続く言葉を待った。
しかし、マキシムはそのまま、何も言わない。
マキシムはいつもは誰よりも気遣いをする男だ。
大柄でしっかりした体つきにもかかわらず、繊細な一面もある。
リーンは彼が何かを抱え込んでいることを察して、口を開こうとした。
そのとき、アンリがマキシムのほうに向いて尋ねた。
「なぜ、とはどういうことですか。何を聞きたいのですか」
マキシムはもごもごと口ごもる。
ナイジェルが
「フォールシナ姫がルティル教ではなくテクレ教の教会にいる可能性があるので、そちらの調査もお願いしたいということが理由ですが」
と言葉を補った。
マキシムがやっと
「そっ、そのフォールシナ姫を」
と口に出し、少し間が開いた後、
「そのフォールシナ姫の行方をどうしても探さなくてはならない理由が、俺にはわかりません」
と一気に言葉にした。
「細かなことに気がつきすぎるあまり、全体が見えなくなるのは、俺の悪い癖です。今も、全体を見ていないのかもしれません。でも、それでも、こんなにまでして、なぜ、フォールシナ姫を探す必要があるのか、わかりません」
リーンはマキシムの問いを自分のものとして考えてみた。
私はなぜ、こんなにまでして、フォールシナ姫を探しているのか。
バルトリスの夢見に依存しているのか。
それとも、カルドリ帝の言う龍痕による恩寵を手に入れたいのか。
あるいは、ただただ、愛するトゥルーシナのため妹を見つけようとしているのか。
突き詰めると、正直なところは自分でもよくわからなかった。
マキシムの言葉が耳に入ってくる。
「人探しは、はじめはバルトリスの現状を打破するには青い傷を持つ人物を見つけるしかないという夢見からでした。でも陛下はその時確かにおっしゃいました。占いの結果にすがりすぎて、青い傷を持つ人物を探すことばかりに労力をすり減らすことを危惧していると。王への不信の払拭はともかく、民の生活のためにはもっとやれることもあると。それなのに、今、リーンはその人物を探すことに躍起になっていらっしゃいます。それはどうしてなのですか。青い傷のある人物がフォールシナ姫であることが明確になったからですか。フォールシナ姫でなければ、さっさと諦めて別の手段を講じていたのではありませんか。フォールシナ姫だからこそ、執拗に行方を捜しているのではありませんか」
マキシムの言葉はいつになく辛辣だ。
アンリは黙っているが、思わずナイジェルは途中で声をかけて遮ろうとした。
それをリーンが止める。
大切に思い、信頼もしているマキシムの言葉を無視することはできない。
納得してもらう必要がある。
けれど、自分の知っていることをすべてを話すことはできない。
龍痕のことも、恩寵のことも、カルドリ帝とトゥルーシナと自分だけの秘密だ。
アンリにもナイジェルにも言っていなかった。
そう思ったところで、ふと気がついた。
もしかしたら、この二人もマキシムのように疑問を感じていた可能性がある。
そうだとすれば、私はなおさら、この疑問に対する回答を避けて通ることはできまい。
リーンは腹を括った。
秘密は話せない。
けれど、それ以外のことは正直に話そう。
三人には誠実であろう。
そう決めて、マキシムの先ほどの問いを肯定した。
「そうだ、マキシム。対象がフォールシナ姫だからこそ、執拗に探しているのだ」
「そうですか、やはり」
マキシムはそうだろうというように頷いた。
「でも、それと、民のこととは別だ。前は確かにマキシムの言うように、そうした危惧を持っていた。だが現状、国情はかなり安定している。私の不人気の解消はどうかわからないが、人探しの目的は当初の夢見の目的とはずれてきていると思ってほしい」
リーンはマキシムだけでなく、アンリやナイジェルにも視線を向けた。
「納得がいかなければ、説明はする。ただ、たとえ大切な君たちとはいえ、話せないことがあるのは承知してほしい」
「それは、フォールシナ姫に関わることですか」
アンリが尋ねる。
「まあ、そういうことだ。もちろん、いずれは話せると思うので、それまでどうか、待ってほしい」
リーンの返事にアンリが頷いた。
ナイジェルは捉えどころのない顔をしている。
もとからそこまでの拘りはなかったようだ。
リーンはもう一度マキシムに尋ねた。
「どうだろうか、マキシム。私は、今は話せないが、ある理由があって、フォールシナ姫を探しているのだ。この答えで納得してもらえないか」
マキシムが納得したかどうかはわからない。
だが、今のリーンがするべきことはひとつだ。
「マキシム、これは命令だ。すまないが、テクレ教の教会も当たってくれないだろうか。負担をかけるがよろしく頼む」
「畏まりました」
マキシムは搾り出すように返事をした。




