奇妙なおふれ
リーンが即位してから二か月の節目のその日、ルトリケ王国中に奇妙なおふれが出された。
『 次の人物は直ちに王宮に名乗り出よ。
また、次の人物を見つけた者は、直ちに王宮に届け出よ。
一 うなじから右肩にかけてケロイド状の傷のある者
一 傷の色は深い青
一 傷の形状は図の通り 』
文言の隣に首筋から右肩にかけて帯状に青色に塗られた背中の描かれた図が添えられていた。
その帯はうねり、川のようにも生き物のようにも見えた。
王宮にとってよほど大切な案件だったのであろう。
おふれがくまなくいきわたるように、識字率の低い場所へは知らせるための使者が遣わされ、住民の結束の高い地域では地域の長を通じて周知された。
「何としてでも見つけ出したい」という王宮の意思がはっきりとわかるような徹底ぶりだった。
おふれは人の流れを通じて、周辺国にも伝わっていった。
そのうちの一つ、カラチロのカルドリ帝は呟いた。カルドリとリーンの祖父サーシの親交は深い。
「まだ新王の足元も固まってないだろうに、このお触れはなんだ。間が悪すぎる。それに、うなじから右肩にかけての青い傷?どういうわけで、そんな人物を今探さなくてはいけないのだ」
また、サリクやレキラタの辺境伯で、ルトリケの国境に近い者たちの中には、おふれの意図を図りかね、ルトリケに探りを入れる者もいた。
一方で、おふれの内容を知った王都の人々は噂した。
「そんな傷がある人なんか見たことないね」
「王様はなんだって、そんなやつを探してるんだろう」
「そんな醜い傷ってことは、きっと災いをもたらすしるしだから、探されてるんだろうよ」
「傷があれば男でも女でもいいのか、赤んぼでも年寄りでもいいのか」
「いずれにせよ、そんな傷があるなら、服を着てても目立ってしょうがない。誰かがすぐに見つけるだろうよ」
「だけど、名乗り出よ、届け出よ、だけじゃ、そのあとどうされるか、わかったもんじゃねえ」
「災いのしるしだと、殺されてしまうかも」
「ああ、確かに。あの国王だものね。何をするかわかったもんじゃないよ」
「触らぬ神に祟りなし」
最後は王に対する悪口のようなものまで飛び出した。
しかし、そのような人物を見つけ出す手がかりのようなものは何ひとつ出てこなかった。
先に述べたように、「あの国王だものね」と言われたこの国の王、リーン・シュルツ・セオドア二世・ルトリケは、そのように言われるほど暗愚ではない。
それどころか、弱冠二十歳の若い王は、すでに先王の腐敗政治を少しずつだが良い方向、望ましい状況へと変えていたし、国民の声を拾い上げて、国全体が豊かになるすべを模索していた。
戦争で打撃を受けた産業に対しては、必要な機材の購入や労働力の確保のための補助金を交付した。
衛生状況を改善するための設備計画にも着手している。
それらの原資として、先王とその取り巻き貴族が不正に蓄財していた金品を躊躇なく用立てた。
その日の食べ物も事欠く人たちには教会を援助して、食事の便宜を図らせた。治安が良くなり、少しでも元の環境に近づけば、ルトリケを逃れた技術者たちも、戻ってくるだろうと予想された。
ただ、そのような中で出された今回のおふれが、リーンの実務志向からは少し外れたものであったことは確かだった。
実はリーン付きの筆頭魔術師が、彼の夢占いによって発案したものだったのだ。