執務室の三人_3
セレナの聞き取り書をめくっていたアンリがふいに手を止める。
「セレナの話した内容ですが、明白な嘘と真実とまでは言えないけれど嘘ではないことが混じっています」
「どういうことだ」
「真実とまでは言えないけれど、嘘ではないというのは、先ほど話題になったようなフォールシナ姫を連れ去った後の状況です。それに対し、明白な嘘というのは、フォールシナ姫を連れ去るときのこと、つまり、カルドリ帝が双子を忌避したとか、カルドリ帝の命令だったとか、カルドリ帝がカラチロ以外の血筋を嫌ったとか」
「なんだか、カルドリ帝に関わることばかりだな」
「カルドリ帝に恨みでもあったのでしょうか」
とアンリが首を傾げた。
女性の心の機微に敏いナイジェルが遠慮がちに言う。
「いや、恨みというか、もしかすると、カルドリ帝に特別な感情を持っていたのかもしれませんね。単なる好意以上の気持ちを」
「なるほど、そういうことがないとも言い切れまい。それに確かにカルドリ帝はおっしゃっていた。カラチロでは貴族の令嬢が行儀見習いと称して、皇宮や高位貴族の侍女に入ることがあり、過去には後宮に入った侍女が皇帝の目に留まり、側室になることもあったらしい。侍女として皇宮にあがることがそういうことを意味するのなら、セレナも最初からカルドリ帝のことをそういう相手として十分に意識していただろう」
三人は顔を見合わせて黙ってしまった。
しばらくしてアンリが
「そうでなくとも、二十年前と言えばカルドリ帝も三十代ですしね」
と呟いたのに対し、リーンが、男盛りだな、と同意する。
「動機としてはありなんじゃないか、誰かから連れ去りを命じられたという線を除けば。カルドリ帝が、セレナのことはもういいとおっしゃっていたのも気になるが」
「セレナの横恋慕、というわけですか。そうだとすると、そんな大それたことを、と思いますが、こればかりはセレナ本人に聞くしか確かめようがありませんね。まあ今はもう手段もありませんが」
とナイジェルが締めくくって、今度はセレナの父方の系図を指さす。
「こちらを見てください。カルドリ帝の記憶通り、セレナの父方の祖母はルトリケ出身です」
その時アンリがふと呟いた。
「シエラディト辺境伯とお爺様は生年が同じだ。偶然でしょうが」
「そういえば、カルドリ帝がお爺様と辺境伯は親交があるとおっしゃっていた。どうにかして確かめたいところだ」
「手紙だとやっぱり難しいですかね」
「話の切り出し方が難しい。できれば直に会って、自然な形で聞きたいところだが」
二人の話を黙って聞いていたナイジェルが
「ついでを作って、会いに行っていただきましょう」
と片目をつぶる。
「どうせ婚約発表や結婚式のことなど知恵をお借りできそうなこともたくさんありますし」
アンリも額に手をやって
「せんだってお会いした時も、兄上のご結婚を至極喜んでおいででした。役に立てるようなら何でも言ってほしいとも」
と、思い出すように言う。
「わかった。日程については調整してくれ。あとは」
と、リーンがテーブルに広げられた地図を見ながら確認した。
「辺境伯について、今の時点でわかることはこれくらいか。カルドリ帝も、辺境伯については、よいとも悪いとも、取り立てて評価なさらなかったしな。連れ去りをセレナに命じたというのは考えにくいか」
アンリが広げられていた地図を見て首をかしげる。
「連れ去りの件は抜きにしても、これだけ広い領地を治めているのです。しかもそれぞれ、隣国と接している。自国内の関係は良好でも、隣国とは何らかの問題を抱えているという可能性はありませんか」
それにはリーンも同意した。
「父上は即位して最初にレキラタを侵攻したが、そのあと治めていた三年間、外交についてはほとんど手つかずだった。関心もなかったのだろうが、本来ならここに限らず、何かしらの火種があっても不思議ではない。こちらの問題こそお爺様に聞くべきだな」
ナイジェルは口に手をやり、考え込む。
「サーシ王の時代から何かある可能性がありますね。彼のところに行く前に客観的な事実として歴史的な背景を把握しておいた方がよいでしょう。今後のためにも」
「そうだな。お爺様が辺境伯のことをご存知なら、お爺様の辺境伯に対する評価をぜひ知りたいものだ。君の仕事がまた増えてしまうが」
リーンの言葉にナイジェルは軽くかぶりを振りながら、話題を次に移した。
「それで思い出しましたが、この地方は歴史的に独自の宗教や文化が発展していたように思います。宗教はルトリケともカラチロともテリク、レキラタとも違うものでした。いや違うと言うのは語弊がありますね。むしろすべてが入り混じったようなものです。しかも、細々と各国に布教されていると聞いています。かの地は領主のシエラディト辺境伯に代表されるようにさまざまなルーツを持っています。それゆえ他の国にも、もちろんごく一部の場所ですが、伝播していると聞いたことがあります。文化も同じで」
と、文化について言及しようとした時に、アンリがさっと手を挙げて遮った。
「お待ちください。その宗教の布教にはやはり教会が関わっているのでしょうか」
「そうだと思いますが、それが何か」
「もしかしたら、セレナの言っていた教会は」
リーンがはっとしたような顔をする。
「しかも、この話はカルドリ帝とは無関係だ。嘘ではない可能性が高い」
ナイジェルも気がついたのか、リーンと顔を見合わせた。
「マキシムに連絡しよう」




