執務室の三人_2
リーンがうんうんと頷く。
「確かに。意外と表情を出す方だったな。私が幼いころはともかく、父上と話していたところを思い出しても、もっと気難しいところがある方だと思っていたが」
おふれのことでカルドリ帝から厳しく追及を受けたことは、もちろん、二人には内緒だ。
あれは本当にびびった。
「それは、皇帝という言葉のイメージからきているところもあるのでは。兄上も、国王という言葉だけで怖がっている民が多くいますよ。もっとも、父上も同様の理由で恐れられていましたが」
「それはまずいな。威厳は必要だが、むやみに恐れられるのは本意ではない」
「カルドリ帝は、僕が幼いころにお会いした時もにこやかで包容力があって、尊大なところは一つもありませんでした」
「うーん、思慮深さに欠けるところは無きにしも非ずだったが、確かに私たちの幼いころお会いした時はそんな感じだったな」
とトゥルーシナへの無神経な言葉を思い出して、ちょっと苦い顔をしながら言う。
「まっ、国民の絶大なる人気を誇る御仁だ。あやかりたいものではある」
その言葉にナイジェルが頷きながら、書棚の端から書類を引っ張り出す。
そして
「それで、セレナの生家であるシエラディト辺境伯のことですが」
と本題に入った。
ナイジェルがテーブルの手前側の右側位置に座る。
引っ張り出してきた書類をテーブルの上に置いて、広げて見せた。
リーンがナイジェルの向かい側に座り、その隣にルトリケと周辺国の地図を手にしてアンリも座った。
隣に地図を広げる。
「貴族の名鑑からシエラディト辺境伯家の家系図をこちらに引き写しています。セレナから遡りましょう。カルドリ帝がおっしゃったようにセレナの母はテリク出身です。そしてその母親、つまりセレナの母方の祖母もテリク出身ですが、ここを見てください。彼女には兄と二人の妹がいます。そのうち末の妹がルトリケの商家に嫁ぎ、ハニウェル男爵ら息子三人を生んでいます。末の妹は異母妹ですが、セレナの母とは十五歳離れていますね」
リーンはかなり驚いた。
「なるほど、ハニウェル男爵とセレナの母はいとこ同士だったのか」
ナイジェルは頷いた。
「まぁこれだけでは、ハニウェルとセレナに元々面識があったのかどうかはわかりませんが」
アンリが立ち上がり、書棚からセレナの聞き取り書を持ってきた。
「彼女の話では、フォールシナ姫を連れ去った後、遠縁の者がいるこの国の西部の町に来て、紹介状を持って有力な商会の子女の家庭教師をしていたところ、商会の主の友人に見染められて今は王都にいるということでした」
「これを家系図に当てはめてみるか。遠縁の者をセレナの祖母もしくはその妹、紹介状をシエラディト辺境伯の手紙、有力な商会をルトリケの商家と読み替えると、あながち全くの噓とも言えないな。結婚相手が聞き取りでは商家の主の友人となっているのに対し、実際は商家の息子という食い違いはあるにしろ」
「セレナの逃走に親族が大きく関わっていたのなら、逃走のための資金援助も得られたでしょうしね」
ナイジェルが別の書類の束をめくって報告した。
「以前お話したハニウェル男爵家に潜ませた侍女から現時点で聞いている話です。セレナと男爵が結婚したのは、今から十七、八年前だそうです。セレナと男爵のなりそめについて知っている者は、残念ながらもういませんでした」
「というと、フォールシナ姫を連れ去って間もなく結婚したことになるな」
「セレナが結婚した時はすでにフォールシナ姫らしい女児はいなかったようです」
「そうなるとやはり、どこでフォールシナ姫を手放したか、だな」
聞き取り書をめくっていたアンリが顔を上げた。
「セレナの話では、カラチロとルトリケの国境にある森に、生まれて間もないフォールシナ姫を捨てたということになっています」
ナイジェルが眉をひそめる。
「その話を聞いたときも驚きましたが、あの森は人も立ち入らない場所です。あそこに捨てたら生存は難しいでしょう。もしその五年後に教会で見たという話が本当であれば、あそこに捨てたという話の信憑性はかなり低いのでは」
「そうだな。逆に教会で見たという話が本当なら、むしろそれ以外の場所で手放したと考えるのが自然だろう。だが、教会をこれだけあたっても見つからないとなると、森に捨てたという話のほうが本当かもしれない」
森に捨てた話のほうが事実なら、フォールシナ姫はおそらくはもう生きていないことになる。
執務室は重苦しい空気になった。




