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執務室の三人_1

リーンはゆっくりと扉を引いた。


久しぶりだな。


しかし、引き手の感触はやはり手になじんでいる。


扉の隙間から宰相のナイジェルがいつものようにてきぱきと動く姿が見えた。


その向こうでは弟のアンリがリーンの執務机で書類を捌いている。


結構な量だ。


アンリの仕事ぶりに少しばかり感心しながら、扉をさらに引いて、自分のからだを滑り込ませた。


気づいた二人が同時にこちらを向く。


「おかえりなさい」


「ああ、ただいま」


らしくもない挨拶に三人で苦笑いした。


早速、アンリが兄の顔色を気遣って聞く。


「兄上、昨日の今日ではないですか、お疲れでは」


「確かに。本当はもう何日かゆっくりしたいのだがな。アンリに任せておけば何の心配もないし」


弟の気遣いがうれしい。


それに、私の留守の間、立派に公務をこなしていたと聞いている。


滞っている案件があるどころか、むしろ、順調に流れているようだ。


リーンも弟の頑張りを褒めたくて、信頼している気持ちを言葉にした。


ところが姉妹しかいないせいか、ナイジェルには兄弟の心がわからないらしい。


「いやいや、陛下には早く戻っていただかないと」


と言ったあとで、慌てて


「あっ、決して、アンリがダメだというのではありませんよ


とフォローし、


「問題はこの忙しさです」


とこぼす。


そして


「大体この忙しさがいったい誰のせいかを考えてもらえれば、おのずとリーンもご自分のするべきことがわかるのでは」


と付け加えた。


ナイジェルの言いたいことはわかっている。


カラチロでカルドリ帝やトゥルーシナと話したことは、訪問前には思ってもいなかったほど重かった。


けれど、得たことは多い。


トゥルーシナの龍痕のことなど思いもしなかった。


そして、やるべきこともより明確になった。


ひとつはフォールシナやセレナのこと。


さらに婚約発表と結婚式のことだ。


そのどちらもできるだけ早く手をつけたかった。


それで伝令をとばして、一足先にアンリとナイジェルには知らせておいた。


そしてそのせいで、二人の負担が増えたのだ。


一方、カラチロに同行していたマキシムとバルトリスには帰る道すがら伝えておいた。


マキシムにはフォールシナの行方を引き続き探させている。


カルドリ帝は「もういい」とおっしゃっていたが、セレナのことはバルトリスとナイジェルに任せることになるだろう。


城に留め置いたときにセレナが不審な動きをしていたというアンリの報告も気になる。


一方、二人には儀式についての調整にも役割を果たしてもらうことになる。


こちらは日程があらかじめ決まっていることだ。


彼らの業務量は半端ないだろう。


行事を機として、国中を盛り上げられるようなこともやりたい


これはそれぞれの領主とも話をしたほうがよかろう。


リーンが段取りを考えていると、


「それにしても」


と意外そうにナイジェルが言った。


「まさかカルドリ帝の口からフォールシナ姫やハニウェル夫人の話が聞けるとは」


「いや実のところ、私も、よもや、あそこまで踏み込んだ話を聞かせてくれるとは思っていなかったのだ」


「それだけ兄上がカルドリ帝に信頼されているということでは」


「そうかな。それならうれしいが。ただ、やはり、訪問して顔を合わせて話をしたからこそ聞けたことだと思っている。手紙のやり取りだけではこうはうまくいかなかっただろう」


そう言ったあとで、ナイジェルのほうを向いて


「ナイジェル、君があらかじめ根回しをしてくれたおかげだ。親書のことや訪問のこと。君が何もしていなかったら、ルトリケをどうしていくか、なかなか見えなかっただろう。ありがとう」


と頭を下げた。


ナイジェルにはリーンの真直ぐな言葉が響いたようだ。


一瞬複雑な表情をしたのは戸惑いからだろうか。


しかし


「トゥルーシナ様とうまくいっているようで何よりです」


と微笑んだ。


リーンも


「ああ。三年もの間、時が止まっていた。あのままだと私も初恋を拗らせることになっていた」


と冗談めかして、おどけて見せた。


ナイジェルは、もう十分拗らせているくせにと小声で毒づきながら、手に持っていた書類を机の引き出しにしまうふりをして


「私は直接カルドリ帝と話をしたことはありませんが、リーンの話を聞く限りでは随分と親しみやすい方のようですね」


と話をずらした。

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